第31話 アストライア聖教の狂信者
そんなトラブルはあったけど、誰にも見咎められない様にサエルミラの店から出た後、今度は寂れた冒険者ギルド支所を目指す。
ギルド支所内は相変わらず閑散としており、今日はギルドマスターではなく女性の受付さんが一人で座っていた。
俺達は受付さんに軽く会釈して、掲示板を見に行く。
すると、目当ての依頼が出ていたので、その伝票に手を伸ばそうとしたところ、後ろから野太い声が掛かった。
「坊主か、久し振りだな……」
「ああ。アンタはあまり元気そうじゃないな」
「まあ、色々あってな。嬢ちゃんも無事そうで何よりだ」
「はい、ありがとうございます」
そう挨拶し合った後、俺はミラグ村の依頼を遂行した事を伝える。
更に、新しく依頼を受けるつもりな事を告げたところ、ギルドマスターは多少の強引さを感じさせつつ俺達をカウンターへと連れていく。
さっきの女性の受付さんは、ギルドマスターと交代で休憩に入ったのか不在で、俺達は戸惑いつつもギルドマスターに従う。
「どうしたんだ? 何かアンタらしくないぞ?」
ギルドマスターの態度に不審を感じて問い掛けると、彼は声を潜めて告げる。
「……聞け。聖教国はお前らを異端審問に掛ける気だ。王都は今や半ば聖教国の支配下で、騎士や衛兵も奴らには手出しが出来ねえ」
「……もう、そこまで酷いのか?」
俺の問いに対し、ギルドマスターは重々しく頷く。
移動や通信の手段が限られた世界だから、ここまで早く事が動くのは想定外で、ティリアも口に手を当てて怯えた表情になっていた。
「そんな訳で、お前らはさっさと王都を出ろ。聖教国から離れれば、ここまで酷くはないだろうからな」
「それと、バレステインとガートルドの一派に気を付けろ、か?」
「そうだ。分かってるなら大丈夫だな」
ギルドマスターはそう言うと、自身のサインが入った名刺の様な紙片を差し出してくる。
「これは……」
「こいつを出せば、依頼票が無くても依頼を受ける事が出来る。俺からのせめてもの餞別だ」
なるほど。確かにこの場で俺達が依頼を受けてしまうと、次の目的地が分かってしまう訳で、予め聖教国が手を回してくる可能性も出て来るだろう。
翡翠の移動速度があるとは言え、奴らがどんな手札を持っているかは分からないから、用心するに越したことは無さそうだ。
「ありがたく受け取っておく。……アンタは大丈夫なのか?」
「ふん、坊主がいらん気を回すな。こんな事しかしてやれなくて、すまんな」
「いや、これで十分さ。この騒動が終わったら、またアンタの顔を見に来るよ」
ギルドマスターとそう言い合った後、俺達はギルド支所を後にした。
ところが、それから程なくして、俺達を尾行する幾つかの気配が感じられ、その数は着実に増えつつあった。
ギルド支所を張られていたのかもしれないし、すぐに姿を消した受付の女性が一枚噛んでいたのかもしれない。
ともあれ、一般人を巻き込まない様に人気の少ない通りに誘導していくと、やがてアストライア聖教の法衣を纏った者達が俺達の進路を塞ぐ様に現れた。
誰もが皆、危うい表情をしており、話が通じる相手とは思えなかったけど、念のため最も高位の格好をした人物に声を掛ける。
「すまないが、そこを通してくれないか?」
「それは出来ない相談ですね。貴方達には異端審問の請求が出ていますので。これから、私達と共に来て頂かねばなりません」
「ここはノートゥング騎士王国だ。聖教の教えがどうであれ、騎士王国の法が優先されるはずだが?」
試しに当然の主張をしてみると、男は肩を震わせて嗤い出し、冷酷な表情になって告げた。
「愚かな事です。聖教の教えこそが唯一絶対の真理。それが法と合っていないのなら、正すべきは法の方になりましょう」
「「神聖なる女神、アストレアのために!!」」
男がそう告げた途端、取り巻き共はめいめいに叫んだ後、武器を出して構え始める。
まるで話が通じない様子を見て、俺も剣を抜こうとしたところ、ティリアから待ったが掛かった。
「駄目です、フェリクスさん。彼らに危害を加えては、聖教国に口実を与えてしまいます!」
「だがどうする? 後ろにも罠が張られているから、引き返す訳にもいかない」
後ろからも複数の殺気を感じつつティリアにそう伝えると、彼女はアイテムポシェットに手を入れる。
「それなら、こうします!」
その間に、前方の狂信者共が奇声を上げて迫って来たのを見て、ティリアは手にしたアイテムを前方に投げつけた。
ティリアが投げつけたのは魔蜘蛛の糸で、それは狂信者共をまとめて絡め取り、動けなくする。
その結末に驚いたのか、後方の部隊から矢や魔法が飛んで来たけど、俺達はそれを回避して[浮揚]で前方の部隊を飛び越え、この場から離脱した。
「助かったよ。確かに、魔蜘蛛の糸なら安全に足止めが出来る」
「いえ。まさかとは思いましたけど、あり得なくはないと考えていましたので」
ティリアはそう言ったけど、起きて欲しくない事が現実になったというのは、その表情からも明らかだった。
その後、俺達は追手を撒いて[浮揚]で翡翠に騎乗し、王都を一気に離脱する。
晴天だったはずの空は、雨が降り出しそうな曇天へと変わっていた。




