第27話 アルジェント商会
ティリアと一緒に馬車を降りてから、まず目の前の建物の大きさに驚く。
その上、建物はただ大きいだけでなく中々に洒落たつくりをしていて、それを見ただけでもアルジェント商会の財力の凄さが伺えた。
「こちらが我が商会の本店です。ここでは商談や新商品の開発を主に行っておりまして、その他に私の住居も兼ねております」
ルーラントの説明は更に続き、実際の販売店は別にあって、そこはここよりも更に広いとの話で驚く。
また、ドニはこの建屋の一部を借りて薬の調合を行っているらしく、それ故に特急でここへ戻った様だった。
その様にルーラントから説明を受けている最中、アルジェント商会の本店から若い女性が飛び出して来て、ルーラントへ抱き付く。
「お帰りなさい、あなた。ドニとエリナもお疲れ様。道中は無事でしたか?」
「ただいま、アイリス。あちらの方々の助力もあって、何とかね。君を紹介したいんだけど良いかな?」
二人は再会をひとしきり喜び合うと、居住まいを正して振り返る。
「殿下、聖女様、こちらは私の妻でアイリスと申します。アイリス、お二方は竜王国の王太子殿下と聖女様だ」
「この度は、夫にご助力頂きありがとうございます。私はアイリス・アルジェント、ルーラントの妻です」
「フェリクスです。今の俺達は冒険者でもありますから、あまり気を使わないで貰えると助かります」
「ティリアです」
そう自己紹介をし合った後、俺達はルーラント達の居住スペースへと案内された。
居住スペースの応接間も結構な広さで、全員が着席した後、メイドさんがお茶を淹れてくれる。
一服した後に、ルーラントが今回の旅の概要を語っていったけど、野盗に襲われた後に魔物にも襲われ、絶体絶命だったとの話に差し掛かると、アイリスは顔を真っ青にしていた。
「……本当に無事で良かった。もう、危険な行商は謹んで下さいね」
「今回は特別さ、エルディン様の念願が掛かった任務だからね。とは言え、今後は無理をしない様にするよ」
「フェリクス様とティリア様も、改めて本当にありがとうございました」
そう言って、ルーラント夫妻は深々と頭を下げる。
とは言え、あまり畏まられても困るので、俺は話題の転換も兼ねて質問する。
「頭を上げて下さい、俺達は当然の事をしたまでですから。それと、念願という話を聞くと、セルファンス辺境伯は白命病の解決をそれだけ切望していたという事でしょうか?」
「そうですね。白命病はこの辺り以外ではほとんど見られず、一種の風土病の様に扱われておりますが、エルディン様――当時はまだ辺境伯ではなく、お父上の補佐でしたが――は、早くからその危険性を理解して対策に動いておりました」
それから、ルーラントは白命病の経緯を語っていく。
十年ほど前に突如流行したその病は、その後も度々領内で蔓延し、セルファンス辺境伯領の大きな問題となっていった。
エルディン――セルファンス辺境伯は、早くからその対策に動いており、アルジェント商会の先代やドニの師匠と連携して問題に当たっていたらしい。
やがて時は流れ、メンバーも代替わりした頃になって古文書からレシピが発見され、調合にも成功してその正しさが証明された事で、ルーラント達は急ぎ材料集めに奔走したらしかった。
「この様な経緯でしたので、殿下達に助けられたのは、僥倖という他ありません。商会に戻れた事ですし、すぐに謝礼も用意します」
「焦らずとも構いませんよ。今日はこの街で一泊するつもりでしたし」
「でしたら、是非我が家にお泊り下さい。ささやかではありますが、夕食会もご用意させて頂きますので」
ルーラントの提案に対し、ティリアと相談して今夜は世話になる事に決める。
そう決めてしまえばその後の動きは早く、まずドニとエリナが特効薬の調合のために工房へと向かい、ティリアはアイリスに連れられていく。
俺達への謝礼の一環として、ティリアの服飾を見繕って貰い、色々と着飾ってくれるようで、ティリアも期待した面持ちで付いて行った。
最後に残った俺とルーラントは、一緒に風呂に入った後に、男性用の礼服を見ていた。
「今回は出来合い物で合わせる事になりますが、採寸はしておきましょう。次に殿下がここを訪れた時に、ちゃんとした物をお渡ししますので」
「分かりました、お願いします」
販売店でないにもかかわらず、結構な点数の衣装が用意されたかと思うと、俺はそれらの服を順に試着させられていく。
その際にあまりに華美な物は避けて貰い、後はルーラントのお薦めに従ってみると、それなりな感じに落ち着いた。
とりあえず服装がまとまり、夕食までまだ時間もあったので、特効薬向け以外の素材についての商談なども相談していく。
「何と、虹色の宝石もお持ちでしたか!」
「ええ。取り扱いは可能ですか?」
「勿論です。では、こちらの分も今回のお支払いに上乗せしましょう」
ルーラントはあっという間に虹色の宝石を鑑定し、その売却額を提示する。
それを見ると売却益が中々凄い事になっており、当初目指した金額をほぼクリアしていたので、俺はとある事をルーラントにこっそり相談する事にした。
「……という訳で、可能ですか?」
「承知いたしました。殿下が次にこちらを訪れる時まで、腕の良い職人に当たりをつけてご用意いたしましょう」
ルーラントがそう答えた後に微笑まし気に笑っているのを見て、俺は無性に恥ずかしくなり、話題を変えにかかる。
「商談は以上ですが、今回の事で一つ聞いても構いませんか?」
「ええ。私が答えられる事でしたら、何なりと」
「野盗についてドニが何かを言いかけた時、貴方は止めましたよね。その事について語れるのであれば、教えて下さい」
俺の質問が想定外というか非常に危ういものであった様で、ルーラントは顔を強張らせて悩む素振りを見せたものの、しばらくしてから溜息を吐いて、覚悟を決めた表情になって答えた。
「……本来であればお伝え出来る内容ではありませんが、殿下になら構わないと判断します。但し、他言は無用にてお願い出来ますか?」
「それは約束出来ませんが、貴方に累が及ばない様にします」
対する俺の答えを聞いて、ルーラントは苦笑しながら声を潜めて続ける。
「ドニが言うには、あれは野盗などではなく聖教国の特務部隊との事です」
「な――」
俺は思わず声を出しそうになり、慌てて口を塞ぐ。
色々と疑問はあるけれど、ルーラントはそれに答える様に話を続けていく。
「私としては信じられない話でした。聖教国の特務部隊なら、我々など赤子の手をひねる様に始末出来るはずですから、逃げ切れる訳がありません」
「そうでしょうね」
ルーラントの言い分はもっともで、聖教国が襲って来る理由も不明だけど、そもそも特務部隊が相手なら、彼らが逃げ切る事など出来ないはずだ。
「ところが、実際にはドニが彼の師匠――ゴードン殿から託された魔道具の力により、我々は逃げ切る事が出来たというのです。ドニによると、その魔道具はゴードン殿が聖教国に対抗するために用意したものだとか……」
ルーラントもこの辺の真偽に自信が無いのか、伝聞のまま語る。
どうやら、隠蔽・移動など、複数の効果を発動する特殊な魔道具だったらしく、その全てを理解している訳ではないらしい。
「更に、その効果の中には聖教国の祝福を無効化するものもあったらしく、それ故に我々を追い切れなかった……というのです」
しかし、半信半疑な素振りを見せている割には、その野盗に聖教国の息が掛かっている事自体は、ルーラントも疑っていない様に見えた。
ゴードンは薬師を営む傍らで錬金術も修めており、薬の研究と魔道具の研究を並行して行っていたらしい。
また、ゴードンは聖教国を敵視していたらしく、それがドニの思想に影響を及ぼした面もあるけど、聖教国に対抗する術式などに間違いは無いらしかった。
「……とまあ、この様な理由から、ドニは聖教国が疑わしいと言うのですが……」
ルーラントはそこまで言うと、迷いが生じた様に言い淀む。
それでも、ルーラントはすぐに決心を固めた様で、決定的となる証言を語り出した。
「正直なところ、私は見てしまったのですよ。ドニの魔道具が発動した瞬間、野盗共の武具に込められた聖教国の紋章を暴き出し、その光を消していく様を」
「それは――」
「私は目が良いですからね。私以外は誰も気付かなかったと思いますが……」
疲れた様にそう語るルーラントを見て、彼が一瞬で虹色の宝石を鑑定した事を思い出す。
どうやら、ルーラントには特別な鑑定を可能とする眼がある様で、それ故に真実に辿り着いてしまったらしかった。
「この事を知れば、聖教国に狙われる危険が出てきます。ですから、もし誰かに伝えるなら、その覚悟を持ってお願いします」
「……分かりました。危険を承知で話して頂き、ありがとうございます」
ルーラントのお陰で、聖教国が予想外のところで暗躍していた事実を知り、俺は警戒を強める。
ゲームの時なら聖教国は頼もしい味方だったけど、今の俺達だと敵に近い立場だから、彼らがどの様な目的で動いているか注意が必要だろう。
それに、メインシナリオから外れて動いている事もあるのか、ゲームの知識ではカバー出来ない部分も多くなってきたから、必須イベントは早めに回収すべきかもしれない。
そう決意を新たにしつつも、今は心身を休めるべく、頭を切り替えて夕食会へ向かう事にした。




