第26話 空の特急便
「これが空を飛ぶ感覚ですか! 中々の恐怖ではありますが、商人としてこの速さは魅力的ですね!」
「ル、ルーラントさんは何でそんな余裕なんです! ち、ちょ……、こ、これ落ちますって、ヤバいですって!」
「ドニは少し静かにして! あたしまで怖くなってくるじゃない!」
空の旅の中、三人がめいめいに騒がしくしているのを聞いて、俺は苦笑しつつ、翡翠を駆ってセルファンス辺境伯領へと急いでいた。
俺の前では、ティリアが心配そうにオロオロしているけど、三人を助ける手だても無いので困った表情になっている。
ルーラント達が騒がしいのには訳があり、彼らは今、魔蜘蛛の糸に包まれた恰好で、翡翠に掴まれて宙吊りで天駆けていた。
魔蜘蛛の糸の粘着力と強度は中々であり、シルバースライムの逃げ足すら封じる程なので、人間を支えるだけなら問題無いらしい。
とは言え、初めての空の旅が蓑虫状態というのは結構な恐怖を感じる様で、特にドニは離陸直後からひたすら怯えて騒いでいた。
もっとも、気丈なエリナもずっと緊張している様なので、宙吊り状態での飛行は思った以上に怖いのかもしれない。
その一方で、ルーラントは翡翠の速度に商人の血が騒ぐらしく、恐怖より興味の方が勝っている様だ。
「それで、方角はこっちで合っていますか?」
「飛ぶ前に方角を確認しましたし、セルファンス辺境伯領に続く街道沿いを進んでいますから大丈夫です!」
ルーラントのお墨付きを得て、俺は翡翠を真っ直ぐに進ませる。
多少は飛行状態が落ち着いたからか、ドニが大人しくなった頃を見計らって、俺はルーラントに問い掛けた。
「それで、何処まで行けば良いですか?」
「このまま、セルファンス辺境伯領の領都イルーナへ向かって下さい。あそこには竜着き場が残っていますので」
「竜着き場……ですか?」
聞きなれない言葉にティリアが首を傾げていると、俺より先にルーラントの解説が入った。
「ええ。セルファンス辺境伯領は、リンドヴルム竜王国と隣接していますからね。古くからの友好の証として、各所に竜騎士用の竜着き場が残っているのですよ」
竜着き場とは、騎竜用の着地・滞在場所の事で、リンドヴルム竜王国では各所に見られたものの、他の国にあるのは珍しく、ティリアが知らないのも無理は無かった。
そういう意味では、竜着き場が今も残っているセルファンス辺境伯領はとても珍しいケースと言えるだろう。
「領主様は、今もリンドヴルム竜王国との友好関係を破棄していませんので、竜着き場もそのまま使えるはずです」
「……了解です。その言葉、信じましょう」
どうやら、リンドヴルム竜王国とセルファンス辺境伯は懇意にしていた様で、辺境伯が後に闇堕ちする可能性を考えると複雑な気持ちになった。
それから、幾つもの街を通り過ぎていくと、やがて一際大きな都市が見えてくる。
イルーナは辺境伯領の領都だけあって、かなり大きな都市らしい。
イルーナに着いてからは、ルーラントの指示の元、高度を下げつつ竜着き場まで飛んでいく。
竜着き場は結構広く、翡翠も問題無く着地出来たけど、長年使われていなかったところに見知らぬ騎竜が下りて来た事で、衛兵がすっ飛んで来た。
「何者だ!」
「落ち着いて下さい。この竜はあちらのお方の騎竜で、エルディン様から拝命した特務にご協力頂いた協力者になります」
「む……、其方はアルジェント商会の……」
しかし、ルーラントが前に出て説明した事で事情が飲み込めた様で、衛兵はルーラントと話し始める。
その間に、俺達はドニとエリナの糸も解いて、とりあえず[清浄]を施す。
そのうちにルーラントと衛兵の話も付いたらしく、ルーラントが戻って来た。
「さて、空の旅を終えたばかりですが、すぐに馬車が来ますので、殿下方もこのまま我が商会までお越し下さい」
「分かりました」
「それと、ドニはすぐに調合の準備を。病が広がり始めている様です」
「……わ、分かりました。まだ腰が抜けてますけど、が、頑張ります」
「あたしがドニの補佐をします。尻を叩いてでもやらせますから安心して下さい」
どうやら、想定以上に状況は悪化しているらしく、白命病が流行り始めているとあっては、俺達も急ぐべきだろう。
そのキーマンとなるドニは、腰が抜けていながらもやる気を出していたけど、エリナの発言を聞いて怯えた表情になる。
その様子を見てルーラントは苦笑しつつ、衛兵の用意した馬車が来たので号令を掛ける。
「では行きましょう。アルジェント商会へ最速でお願いします」
ルーラントの言葉通り、俺達が乗り込んですぐ、馬車は想像以上の速度で大通りを飛ばしていく。
馬車は意外と速くないという話を聞いた事もあったけど、今回は人が全力疾走する程度の速度は出ている様で、車内も相当に揺れていた。
下手に動くと危ないので、俺はティリアを抱いたまま馬車の柱を掴んで体勢を維持し、ルーラント達も何処かに掴まって飛ばされない様に踏ん張っていた。
乗り心地が最悪なせいか、誰もが皆、自分自身の事で手一杯だった様だけど、そんな地獄の様相は案外早く終焉を迎える。
到着が近いのか、速度が一気に緩んだかと思うと馬車はそのまま止まり、到着を告げる御者の声が聞こえた。
「……着きましたね。皆さん、無事ですか?」
「こ、今度は体を痛めた気がしますよ……」
「フェリクス様とティリア様は……、邪魔しちゃ悪いわね」
ルーラント達は無事な様なので、俺は腕の中のティリアに声を掛ける。
「大丈夫?」
「はい、フェリクスさんのお陰で何とか。こんなに速い馬車は初めてで、びっくりしました」
ティリアはそう言って、ちょっと恥ずかしそうに微笑む。
そんな彼女を見ていると、不可抗力とは言え、思い切り抱き締めていた事が気恥ずかしく感じられ、俺はティリアから身体を離しつつ手を差し伸べた。
「確かにね。手を貸すから、一緒に降りよう」
それに対して、ティリアはコクリと頷くと遠慮がちに俺の手を取る。
そんな面映ゆいやり取りをしながら、ルーラント達に続いて、俺達は二人一緒に馬車を降りていった。




