第2話 家族との別れと異世界転生
「初めまして、竜胆璃空都さん。私の声が聞こえますか?」
その言葉を契機に、俺は意識を取り戻す。
辺り一面は光に満ちた純白の世界で、目の前に女性と思わしき人影が見えるが、その姿を視認する事は出来ない。
最初は病院かとも思ったけど、ここまで純白で何もない訳がなく、であるなら、ここはあの世で、俺はあのまま亡くなったのだろう。
ならば、この人は神様なのかもしれない。
そこまで考えをまとめて、俺は目の前の女性に問い掛ける。
「はい、聞こえています。貴方は神様でしょうか?」
すると、女性は小考する素振りを示しつつ答えを返す。
「そうですね。私の事は神に類するものとご認識下さって構いません。この度は貴方へお願いしたい事があって、こちらまでお越し頂きました」
目の前の女性――女神の回答を受けて、自身の推測が正しかった事を認識すると共に、現世への心配もあって俺は思わず黙り込んでしまう。
その様子を見て、女神は思い出した様に話を付け足した。
「一つ伝え忘れていましたね。貴方のお姉さん――瑠璃さんは無事です。暴漢から危害を加えられる心配もありません」
「本当ですか! ……ありがとうございます」
女神の一言を受けて、俺は胸を撫で下ろした。
俺は助からなかった様だけど、あの状況から姉の無事を確保できただけでも僥倖だったと思う。
心配事が一つ解消した事で、俺は改めて女神と向き合い、それを見て女神は話を再開する。
「では話を戻しますね。貴方へのお願いですが、私の管理する世界に転生し、そして世界を救って欲しいのです」
すると、予想だにしない壮大な依頼が語られ、俺は反応できず呆然とする。
そんな俺の様子を見て、女神が微笑んだ雰囲気が伝わってきた。
「大丈夫。璃空都さん、貴方なら出来ます。何故なら、貴方は予測された運命を超えて、絶望の未来からお姉さんを救ったのですから」
「絶望の未来……ですか?」
信じ難い話に戸惑う俺に対し、女神は頷いて話を続ける。
「はい。本来であれば、貴方のお姉さんも今回の事件で亡くなるはずでした。更に申し上げるなら、たとえ異なる未来を選ぼうとも、結局はあの暴漢に囚われる運命からは逃れられない――それが定めだったはずなのです」
「だけど、姉さんは助かった……」
「それこそが貴方の力です。貴方の強い想いと行動が、変えられないはずの最悪の結末を変えた。だからこそ、私も貴方に願いを託したいと、そう思うのです」
女神はそう熱っぽく言い切ると、改めて俺へ向き直る気配がする。
「それともう一つ、貴方は私の管理する世界――アストレアの事を良く理解していますから、その点でも好都合でした」
「――え?」
「『アストレア・クロニクル』でしたか? あれは、私の管理する世界を模したものでしょう」
そして、続いて放たれた女神の言葉に、俺は頭が真っ白になった。
異世界を観測し、それを元にゲームを作る事など可能なのだろうか? と考えたところ、それを予想していたのか女神は解を語る。
「十分にあり得る事ですよ。例えば、夢の中で異なる世界を体感した事はありませんか? でしたら、それを元に物語を描く人がいてもおかしくはないかと」
ここまでの女神の話を受けて、俺は最早理解が追い付かなくなっていた。
その一方で、女神は俺の反応を待っているのか、話を止めて俺の様子を伺っている様に感じられる。
それ故、俺はここまでの話を一旦整理する事にした。
女神の話はどれも衝撃的なものであり、語られる度に戸惑い混乱したものの、要点をまとめてみると意外とシンプルな事に気付く。
「すみません。ここまでの話を確認しても良いでしょうか?」
「構いませんよ。どうぞ」
「まず、現世において俺は亡くなり、姉は助かった。それと、姉がストーカーに苛まれる心配も無くなった認識で合っていますか?」
「はい、間違いありません」
「続いて、女神様の管理する世界はアストレア・クロニクルとよく似ていて、その世界を救うために俺を転生させようとしている、という事ですね」
「ご認識の通りです」
色々と端折ったけど、こうしてみると理解できた気がする。
だけど、新たな疑問も生じたので、それも確認する事にした。
「追加の質問になりますが、俺が女神様の世界に転生したとして、世界を救うという目標は漠然とし過ぎて、何をすべきか分からないと思います」
俺の当然とも言える質問に対し、女神はポンと手を打つ。
そして、それに対する答えは、俺の意思を決定付ける重みを持っていた。
「確かに、もっともな疑問ですね。貴方へのお願いは、聖女ティリアを救い、その傍らにいる事です。それが世界を救う事にも繋がりますから」
「聖女、ティリアを、ですか…………?」
その名前が出てきた衝撃は大きく、俺は何とかそれだけを返す。
まさか、聖女ティリアを救う事が可能なのだろうか?
「はい。彼女を救う事が、世界を救う事に繋がると思って頂いて構いません」
女神の回答は是で、ティリア救済の可能性に俺は驚き、同時に大きな希望を感じた。
俺の頑張り次第でティリアが救えるのなら、是非もない――
そう逸る心を抑えて、俺は女神に提案する。
「ありがとうございます。そうでしたら、この転生を受け入れようと思いますが、俺からも一つお願いをして良いでしょうか?」
「構いませんよ。何でしょう?」
「家族と友人に、別れを告げさせて下さい。特に姉が心配ですので」
女神の快い答えを受けて、俺は親しい人達との別れの機会を依頼する。
特に、姉に関してはその目の前で亡くなった訳だし、トラウマになっているかもしれないから、それを少しでも和らげたいと思った。
俺の言葉を聞いて、女神が微笑む雰囲気が伝わって来る。
「はい、大丈夫です。それでは、今からその機会を設けさせて頂きますね」
女神のその言葉を契機に周りが白く光り輝き、やがて何も見えなくなった。
◆ ◆ ◆
ほどなくして光の輝きが落ち着くと、俺は生家のリビングを模した空間へ移動していた。
そこには両親と姉もおり、三人とも唖然とした顔をしている。
こういう時はどう切り出したら良いだろうと戸惑っていたところ、それより早く姉が俺のもとへと飛び込んで来る。
「りっくん!」
「わわっ、姉さん落ち着いて……」
姉はそのまま俺をきつく抱き締めて、嗚咽を漏らす。
そんな姉を宥めつつ、俺は両親へと目を向けた。
「璃空都……なのか?」
「うん。……こんな時は、何て言えば良いのかな?」
「……ただいま、で良いのよ」
「……そっか。それじゃ、ただいま」
そこまで話すと、両親ともに泣き笑いの表情になり、俺達は束の間の再会を喜び合った。
とは言え、女神から貰った時間にも限りがあるから、俺が本題に移ろうとしたところ、姉がいやいやする様に強く抱き着いてくる。
「……姉さん」
「……りっくんが帰って来るって約束するまで、離さないから」
それでも何とか姉を引き離すと、泣き顔の彼女へ俺のこれからを告げる。
「落ち着いて。俺は神様の要請を受けて、異世界に行く事になった。……多分、これがお別れになると思う」
「そんな! ……嫌、私を置いて行かないで」
再び泣き出した姉にあたふたしつつ、その涙を拭いながら、俺は何とか次の言葉を紡ぎ出す。
「良く聞いて。異世界の名前はアストレア、そして神様から受けた使命は聖女ティリアを救う事」
そこまで言うと、姉は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、驚きのあまりか涙も止まっていた。
「……嘘」
「噓じゃない。アストレア・クロニクルの元になった世界があって、そこの神様からの依頼だから。ここで姉さん達と再会出来たのも、その神様のお陰だよ」
俺の言葉を聞いて、奇跡と言うべき現状に気付いたらしく、姉は悲しみを堪える素振りを見せつつも俺へと向き合った。
「……そっか。なら、今この時間は、神様からのサービスなの?」
俺が頷くのを見て、姉は一瞬諦めの表情を見せたけど、何とか普段通りの表情を作って話を続ける。
「……分かった。りっくんが頑張れば、私達が望んだアストレア・クロニクルのエンディングに辿り着けるんだよね?」
「こっちのゲームに反映されるかは分からないけど、そのつもりさ」
そこまで話すと、姉は寂しげな笑顔を見せて、不意に俺をその胸へとかき抱く。
「うん。それなら、頑張ってきなさい。ハッピーエンド、期待してるから」
「了解。……姉さんもお元気で」
そうして姉と別れを惜しんでいると、周りが白く光り輝き始め、時間がきた事を理解する。
「それじゃ、行って来るね。父さんと母さんもお元気で。これまでずっと、ありがとう!」
その言葉を最後に、辺りは完全に光に覆われ、何も見えなくなった。