第18話 この想いの答えは
◆ ~Tillia's point of view~ ◆
聖域に辿り着いた後、早速私達は野営の準備を始めました。
山の中腹という事もあるのか、思ったよりも早く日は傾いており、フェリクスさんの見立てが正確なお陰で安全に進めている事を実感します。
フェリクスさんとの旅で野営をするのは初めてですし、聖女をしていた頃もさほど経験はありませんでしたので、今回が初めての事も多く、私は新鮮な気分でフェリクスさんのお手伝いをしていきます。
「それじゃ、ティリアは火の管理をしてて。俺はテントを設置してくるから」
「はい……って、テントって一人で設置出来るものなんですか?」
「俺が持っているのは魔道具だからね。その辺は心配ないよ」
それでも疑問が表情に出ていたのか、フェリクスさんは私の顔を見ると、魔道具のテントについて説明してくれます。
フェリクスさんが一人旅をしていた頃に選定したものだからなのか、このテントは非常に高性能で、ある程度の防御力と共に、敵意を感知して警告音を出す機能まで付いているらしいのです。
確かに、普通のテントだと一人旅で安全に眠る事は困難だと思いますので、この位の防衛機能が必要なのかもしれません。
「それとさ、魔物は聖域にはまず入って来ないけど、盗賊なんかには気を付けないとね。まあ、この辺を根城にしている様なのはいないだろうけどさ」
続くフェリクスさんの説明を聞いて、私は頷きを返します。
聖域で特に気を付けるべきなのは、敵意を持った人間に襲われる事ですが、確かにこんな険しい山を根城にする野盗はいないでしょう。
それから、フェリクスさんがテントを設置している間、私は出して貰った食材を使って簡単な料理をしていきます。
ミラグ村で頂いた調味料などもありましたので、ミラグ村の郷土料理を少しアレンジして、普段食している料理の味に寄せてみました。
用意出来たのは一汁一菜ですが、他に堅パンや果物もありますし、野営時の夕食ですからこんなものでしょう。
そのうちに、フェリクスさんもテントの設置を終えて戻ってきて、私の作った料理を見てぽかんとした表情を浮かべます。
「これはティリアが作ったの?」
「はい。……その、いけなかったでしょうか?」
私は少し不安になって、思わずそう問い掛けます。
ミラグ村のお祭りで色々あってすっかり失念していましたが、聖女だった頃は料理は厳に謹むよう、お義父様――バレステイン侯から言い付けられていた事を思い出し、私は思わず身を竦めました。
「ううん、ティリアが料理してくれて助かったよ。というか凄く美味しそうだし、食べても大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫です。……私が料理しても、フェリクスさんは変にお思いにはならないんですか?」
フェリクスさんの反応にほっとしつつ、かつての言い付けを破った事に咎を感じたのか、私は意図せず彼にそう質問していました。
それに対して、フェリクスさんは不思議そうに首を傾げた後、何かに気付いた表情になって答えを返します。
「……そっか。変には思わないし、むしろ助かると思ってる。俺自身、普通の王族じゃないし、聖女が料理をしても良いんじゃないかな」
フェリクスさんの肯定を受けて、私は思わず胸を撫で下ろします。
「それよりも、もう食べて良いかな? 美味しそうな匂いで、お腹が空いてかなわないからさ」
「あ、はい。どうぞ召し上がって下さい」
そんなフェリクスさんの反応を見ていると、聖女……というよりも侯爵令嬢だった頃の呪縛に囚われていた自分が馬鹿馬鹿しく思えて、吹っ切れた気分になりました。
フェリクスさんはミラグ村風の味付けに驚きつつも、私の料理を美味しいと言ってくれて、ちょっと多めに作った料理を全て平らげてくれました。
そんな彼に対して暖かな想いを感じつつ、食事の片付けなども終えて、私達はテントで就寝する事にします。
テントの中は意外と広かったのですが、それでも普通の部屋と比べると狭く、フェリクスさんの存在をすぐ傍に感じられてドキドキしてきました。
そうなると、どんどん目が冴えてしまい、最早眠れそうにありません。
「ティリア、眠れない感じ? ……俺は外に出ていようか?」
「い、いえ。確かに緊張していますけど、それなら私が外に出ます!」
そんな私に気付いて、フェリクスさんが声を掛けてくれましたが、私は緊張からか声を裏返らせてしまいます。
それを聞いてフェリクスさんは苦笑した後、身体を起こして私に手を差し伸べながら、一つ提案をしてくれました。
「ならさ、少し星でも見ようか。街で見るよりも綺麗に見えるはずだしさ」
このまま悶々と眠れずにいるよりはその方が良いでしょうし、私はその提案に頷くと、フェリクスさんの手を取って一緒に外に出ます。
そこで、私達は満天の星空を目にして、平地で見るよりも澄んだ美しい輝きに目を奪われました。
「わあ……」
思わず声が出てしまった事に気付いて口に手を当てますが、フェリクスさんも星空に目を奪われていて気付いていない様です。
そうやって、しばらく二人で夜空を見上げていると、気温が大分下がってきたのか、肌寒さを感じてきました。
「……くしゅっ」
「大丈夫? 寒くなってきたし、戻ろうか?」
「い、いえ。もう少しだけ、こうしていても構いませんか?」
くしゃみをした事でフェリクスさんに心配を掛けてしまいましたが、その一方で私に思わぬ天啓が降りてきていて、それを実行すべきか躊躇いつつ、思考の海に囚われていきます。
――これは、ひょっとしてフェリクスさんと密着するチャンスなのではないでしょうか?
身体が冷える事を理由にすれば合法的に実行出来ますし、この想いの正体が何なのか、はっきりするかもしれません。
ですが、その行為をはしたなく感じる私もいて、どうにも最後の一歩が踏み出せないまま、悶々として動けずにいました。
そんな私にフェリクスさんは毛布を掛けてくれて、驚いた顔になった私に対して微笑みかけてくれます。
「ティリアは星が好きなの? 身体は冷やさない様にね」
「は、はい。ありがとうございます」
フェリクスさんと密着する事は叶いませんでしたが、彼の優しさが嬉しく感じられ、私の胸は高鳴りました。
やはり、この想いは――
私は自らの想いを自覚しつつ、いつまでもこの様な時間が続いて欲しいと、美しい星空へ願うのでした。