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第16話 初めての想い

◆ ~Tillia's point of view~ ◆


 大斑蜘蛛の討伐を終えた日の夜、私達は討伐を祝した村のお祭りに参加していました。


 お祭りの発案は昨日の今日でなされたはずで、随分と急な日程だったと思いますが、村人たちは皆さん笑顔で協力し合って準備をしていて、素朴ながら温かみのある雰囲気が感じられます。


 お祭りが始まってみると、村人の皆さんが次々に私達の元を訪れて、感謝の意と共にお祭りの料理や村の作物等を手渡していきます。

 中には珍しい素材もあった様で、フェリクスさんも驚いていました。


 聖女だった頃には、その地の領主と協力して魔王軍と戦った事もありましたが、その際はジェラルド殿下が私達を取り仕切って下さり、相手方も領主が代表で礼をされていたので、今回の様に村人さんから直接お礼を言われるのは初めてでした。

 初めて尽くしで戸惑いもありますが、皆さんからの感謝の気持ちがとても嬉しく感じられます。


 やがて、皆さんお酒が回ってきた事もあるのか、お祭りはどんどん賑やかになっていきます。

 私もフェリクスさんもお酒は断っていたのですが、雰囲気に流される様にお祭り騒ぎに巻き込まれてしまい、気が付けば離れ離れになっていました。


 それに気付いてフェリクスさんの元へ戻ろうとしたところ、お祭りの料理を取り仕切っている女性から声を掛けられ、お料理を教えて下さるという話もあって、私は調理場へと連れて行かれます。

 調理場では既に料理は終わっていましたが、色々な料理を試食しながら調理方法を教えて貰っていると、一人の女性から質問を受けました。


「ティリアも料理なんてするんだね。良いところのお嬢様って感じなのにさ」

「いえ、その……変でしょうか?」

「いいや。お高くとまっているより、よっぽど良って。本当に貴族のお嬢様なんかだったらこんな事に興味を示さないだろうし、アタシらも何話して良いか分かんなかっただろうしさ」


 そんな風に言われて、私はどうして良いか分からず、困った様に微笑む事しか出来ません。


「アンタ、そりゃ偏見だわ。貴族だって色々いるんだし、中には料理の一つ位こなせる奴だっているさ、多分」

「そう言うもんかね。ならさ、最近噂の聖女様ならどうだい?」

「聖女様は魔王討伐で忙しいんでしょ? 料理なんてしている暇無いって」

「だろうねぇ~。まあ、私達にとっては、ティリアこそ聖女様だけどさ」


 そう言われて思わずドキッとしつつ、それを表情に出さない様に困った顔の微笑みを継続します。

 そんな私を見て助け舟を出そうとしたのか、リーダー格の女性が近付いてきて、話題を変えるように思わぬ事を問い掛けてきました。


「それで、覚えた料理は恋人に振る舞うのかい?」

「え……」


 彼女のその言葉に、周りの女性達は色めき立って黄色い声を上げます。

 その反応を見た時は困惑したものの、すぐに皆さんがあらぬ誤解をしている事に気付きました。

 変に誤解されたままだとフェリクスさんにも良くないと思い、私は彼女達の認識を訂正しようと口を開きます。


「ええと……、フェリクスさんは仲間ですし、私を救ってくれた恩人ですけど、私達はそう言う関係ではないと申しますか……」


 そんな私の答えを聞いて、周りの女性達は一様にぽかんとした表情になりましたけど、皆さん我に返ってから矢継ぎ早に質問をしてきます。


「二人きりで旅してるのに、恋人じゃないなんておかしくない?」

「急かすな急かすな。その一歩手前の初々しい関係かもしれないじゃない」

「そもそも、どうやって知り合ったのさ? 彼って絶対良いとこのお坊ちゃんでしょ?」

「すっごく綺麗な顔してるし。男を見てそう思ったのは、お姉さん初めてよ~」


 皆さんの質問攻めに目を白黒させていると、リーダー格の女性が苦笑しつつ、私達の間に入って取り成してくれました。


「皆落ち着きなって。ティリアが困ってるでしょ」

「あ~、ゴメン。こんな初々しい恋バナって中々無いからさ~」


 私達に関する誤解を解く事は叶いませんでしたが、リーダー格の女性が間に入ってくれたお陰で、皆さんの追及は何とか落ち着いた様です。


 その事にお礼を言おうとしたところ、彼女は少し遠くを見ていて、私は思わずその視線を辿ります。

 すると、フェリクスさんが村の少女と二人きりで談笑しているのが見えて、しかもその距離がやけに近く感じられ、それに気付いた途端に心の中にもやもやした想いが沸き上がってきて、私は思わず戸惑いました。


「あ~、タニアの奴、あれは狙ってんね」

「ま~、見るからに優良物件だしね~。分からんでもないけどさ」


 周りの女性達が何事かを喋っていましたけど、私は心のもやもやを抑えるのに精一杯で、彼女達の言葉が耳に入ってきません。

 そんな私を見て、リーダー格の女性はニヤリと笑うと、私の肩に手を回して話し掛けてきました。


「アンタの仲間だけどさ、ずっと村の連中に話し掛けられて、あまり料理を食べていないだろ? だからさ、これを持って行きな」


 そう言って渡された料理を、私は思わず受け取ります。


「これは村の男衆が好む料理でさ、多分アンタの仲間の口にも合うよ。ああ、食べる時はアンタが『あーん』して食べさせてあげな。この村では、女が男に感謝の思いを示す際のしきたりみたいなもんだからさ」


 それから、リーダー格の女性に『あーん』のやり方を教えて貰ったのですけど、フェリクスさんにこんな事をして本当に良いのでしょうか……。

 正直なところ、少々はしたないのでは? という思いの方が強いものの、郷に入っては郷に従えとも言いますし、村の女性達の後押しもあって、私はフェリクスさんの元へと送り出されました。


 そのままフェリクスさんの前まで来てみると、私以外の女性と歓談しているのを目の当たりにしたからなのか、心の中のもやもやは大きくなるばかりで、私はやむを得ずバレステイン家で習った作り笑いの表情で二人に話し掛けます。


「フェリクスさん? 随分と仲良く談笑されていましたけど、そちらの方をご紹介頂けますか?」


 すると、フェリクスさんはびっくりした顔になって、隣の女性――タニアさんは怯えた表情になります。

 その後、二言三言言葉を交わすと、タニアさんは所要を思い出した様で慌てて去っていきました。


 フェリクスさんと話してみると、タニアさんとは世間話や冒険譚を話していただけらしく、その落ち着いた語り口に心の中のもやもやが晴れていきます。


 その事にほっとしていると、今度は村の女性達が身振り手振りで応援しているのが見え、私は躊躇を覚えつつも勇気を振り絞って、フェリクスさんに『あーん』を決行しました。


 何とか『あーん』が成功して、恥ずかしく思いつつも達成感を感じていると、村の男性から思わぬ事実が告げられます。

 どうやら、『あーん』は恋人同士でする事だったらしく、フェリクスさんもそれを否定しませんでした。


 私とフェリクスさんが恋人同士……。


 そう考えた瞬間、顔から火が出た様に熱くなり、何も考えられなくなります。

 心臓は壊れるのではないかと思う程に早鐘を打ち、その大きな鼓動で周りの音は全く聞こえなくなりました。

 その一方で、私の心は嬉しいような恥ずかしいような、それでいて幸せや高揚感が綯い交ぜになった、これまでに感じた事のない想いに戸惑います。


 この想いは一体……?


 フェリクスさんの心配そうな表情が目に入りましたが、私の胸の鼓動は大きくなるばかりで、彼の顔を直視する事が出来ません。

 私は初めての感情に戸惑いながら、村の女性達から言われた事を思い返していました――

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