第10話 始まりの朝
◆ ~Tillia's point of view~ ◆
翌朝、穏やかに差し込む朝日を感じ、私は目を覚ましました。
寝起きこそぼんやりしていたものの、昨日の事を思い出して一気に目が覚めると、思わず身だしなみを確かめます。
ですが、私の恰好はお風呂上りの時と一緒で乱れもなく、続いてソファーで眠るフェリクスさんに気付いて、ほっとしてしまいました。
正直なところ、昨夜は色々と覚悟していたのですが、フェリクスさんは印象通り紳士な方だったようです。
フェリクスさんにまだ目覚める様子はなく、私はそっと彼に近寄ると、間近でそのお顔を拝見します。
この人が、私を救ってくれた騎士様――
最初は少し怖く感じましたが、こうして見るととても綺麗な顔立ちをしていますし、寝顔も随分と可愛らしく思えます。
昨日の事を思い返すと、元々優しい方の様ですし、無防備な寝顔だとそれが顕著なのかもしれません。
そんな風に彼を見つめているうちに、あんな事があったにもかかわらず、随分と心が落ち着いている自分に気付いて驚きました。
聖女の称号、仲間、家族――、全てを失ったというのに不思議なものですね。
あるいは、それらは私にとって重荷になっていたのかもしれないと思いつつ、失った時の絶望感を思い出して身震いします。
……そうですね。
今、私が穏やかでいられるのは、この人が私を信じてくれるから。
そして、この人なら信じられると、私も感じているからなのでしょう。
そんな事を考えていると、何故かドキドキしてきました。
そうしているうちに、フェリクスさんの寝顔を見つめたままの自分がいけない事をしている様に感じられ、私はそっと彼から距離を取ります。
少々火照った顔に戸惑いつつ、私は寝起きのままでいた事に気付いて急に恥ずかしくなり、身だしなみを整えるべくその場を離れたのでした。
◆ ~Felix's point of view~ ◆
「――さん、起きて下さい。朝ですよ」
名前を呼ぶ柔らかな声に合わせ、身体を優しく揺すられている事に気付き、俺は目を覚ます。
すると、目の前で天使の様な美少女が微笑んでおり、ここは天国か……等と寝ぼけつつ、アストレア・クロニクルの元となった世界に転生した事を思い出す。
やがて、意識も覚醒してきたので、俺は目の前の天使――ティリアに挨拶した。
「……おはよう」
「おはようございます、フェリクスさん」
ティリアは微笑みつつ挨拶を返したけど、そのうちに困った様な顔になりながら、謝罪を口にする。
「その、すみません、気を遣って頂きまして。ソファーだと疲れが取れませんでしたよね……」
「案外快適だったから大丈夫だよ。起こしてくれて、ありがとう」
時計を見ると結構遅い時間だったので、それからは急いで身だしなみを整え、朝食を頂く。
昨夜は意識する余裕もなかったけど、この世界の料理は案外舌に合う感じで、食生活は大丈夫そうに思えて一安心する。
朝食を摂り終えた後、俺達は今日の予定を確認し合った。
「これからだけど、まずはティリアの装備を整えようと思う」
「……お手数をおかけします」
昨日、ティリアは装備一式をほとんど返してしまったので、今は普通の衣服などしか持っていない状態になっている。
一応、ばれない範囲で必要な物は予め抜いておいたけど、それでも今の恰好で街の外に出るのは無謀だろう。
「気にしなくて良いよ。丁度良い店も知っているしさ」
俺の言った事は気休めではなく、物語の中盤以降に解放される店がタイミング良く使えるので、報奨金もあるし、買い物に困る事は無いはずだ。
その後は宿を出て大通りを進み、途中で脇道に逸れたところで目当ての店へと辿り着く。
店の外観はかなりおどろおどろしく、良く知らなければ近付こうとすら思わないだろう。
実際に、ティリアは腰が引けている感じで、無意識なのか俺の服の裾を掴んでいた。
とは言え、ここが一番品揃えが良い店なので、俺は迷わず中へと入る。
店の中も外観に違わず不気味な気配が漂っており、ティリアは少々怯えていて、俺にぴたりとくっ付いて後に続く。
そんな俺達を見て、古の魔女の様なしゃがれた声で店主の老婆は呵呵と笑い、声を掛けてきた。
「おやまあ、随分と可愛らしいお嬢さんをお連れだねえ。この店に来るのは、その子にはまだ早いんじゃないか?」
「俺が連れて来た子なんだから、変な演技は止めて普通にしてくれ。その姿の通り『婆さん』と呼んだら怒るだろうに」
俺が皮肉を交えてそう返すと、店主は押し黙ってつまらなさそうな顔をする。
「……まあ良っか、坊ちゃんの連れだし。ま、『婆さん』なんて言ったら叩き出すけどね」
今の姿とはまるで結び付かない若々しい声で店主はそう言うと、持っていた指揮棒を振りかざした。
すると、店内に掛かっていた幻術が解けて店の雰囲気が一変し、品揃えが良く清潔感が感じられる様相へと一変する。
それに合わせて、店主の姿も老婆から妙齢の女性へと変わり、ティリアは驚いて声も出ない様だった。
「ようこそ、サエルミラのお店へ。――元聖女ちゃん」
続いて、店主――サエルミラが何気なしに放った言葉に、ティリアは顔を強張らせる。
それを受けて、俺はティリアを後ろ手に庇いつつ、サエルミラへ問い掛けた。
「……どこまで知っている?」
「さあ~、どうかしらね? 最近、風が騒がしくてさ、精霊達が色々教えてくれるのよ」
サエルミラの人を食った様な答えを聞き、俺は驚きながら警戒を強める。
そんな俺達を見て、一杯食わせた事に満足したのか、サエルミラはにんまりと笑って告げた。
「ま、アンタ達は客だし、無理に詮索する気も無いから安心しなさい。それで、何をお探しかな?」
そう言って敵意無く笑うサエルミラを見て、俺達は緊張感を緩める。
どうやら、普通に買い物をする分には問題無い様で、俺は必要な物を挙げつつ品物を見せて貰う事にした。
ティリアは血の繋がった家族が亡くなって少し経った後に、バレステイン侯爵家に引き取られています。
このため、バレステイン侯爵家から捨てられた事で、天涯孤独の身となりました。