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第1話 アストレア・クロニクル

 筆休めに異世界転生の一対一の男女恋愛ものを書いてみたら、内容がどんどん膨らんでいきまして、折角なので七夕の日に公開を始める事にしました。

 恋愛ありの物語を書くのは初めてですが、楽しんで頂けると幸いです。

「聖女を騙った時点で重罪だと言うのに、この期に及んで聖女ローゼマリー様の邪魔をするつもりか!」

「自分の身すら守れない者が世界を救おうだなんて、烏滸がましいとは思わないのかしら」


 それは幾度となく目にした主人公ヒロイン交代劇の一幕で、ゲームと比べても更に酷い罵倒に不快感を感じつつ、俺は主人公ヒロイン――ティリアを救うべくその場に急行する。


 ティリアを糾弾していたのはアストライア聖教の縁者二名で、白の聖騎士が白銀の『真の聖女』に付き従う様は、あたかも深窓の姫君とその姫君を守る騎士を連想させるものではあったけど、その悪意に満ちた表情や言動は聖女や聖騎士に相応しいものとは到底思えなかった。

 他の仲間達もティリアを守ろうとする者はおらず、ティリアは完全に孤立して絶望的な状況にあり、ゲームで見た時も反吐が出る様なシーンだと思ったけど、それが現実になってみると一段と醜悪に見えた。


 そんな主人公ヒロインの窮地に対し、この世界に転生した目的――ティリアを救うために、俺はこの茶番劇に割って入る。

 ティリアはゲームと同じく純朴な少女で、聖女の称号を簒奪せんとする悪意に抗う術を持たない彼女を庇いながら、この茶番劇から連れ出すべく手を差し伸べる。


「俺が攫ってあげるから、一緒に行こう」


 ティリアが思わずという風に俺の手を取ったその時から、二人の逃避行――やがては世界を救うに至る旅が始まった。



 これは、亡国の転生王子と追放聖女が織り成す、恋と救世の物語――


◆ ◆ ◆


 主人公交代――

 アニメやゲーム、漫画等を嗜んでいるなら、偶に目にする事もあるだろう。


 その理由は、登場人物の世代交代であったり、あるいは従来の主人公が物語から一時離脱というパターンもあるかもしれない。

 また、主人公の相方としてのヒロイン・ヒーローの交代なら、更に頻度は高くなるだろうし、ファンの人気に応えたケースもあるに違いない。


 とは言え、それは物語の大幅な路線変更に繋がりかねないものでもあり、それ故に一歩間違えれば、ファンからの厳しい批判に晒される可能性もある。

 ましてや、それがファンを顧みない一方的なものであれば、その確率はぐんと上がり、やがて作品への忌避感にすら繋がってしまうだろう。



 そして今、俺は姉と一緒にそれを目の当たりにし、ただ呆然としていた。



 アストレア・クロニクル――

 姉一押しのゲームメーカーが打ち出した新シリーズのRPGであり、有名クリエイターがデザインした美麗なキャラが織り成す恋愛要素を売りにしている一方で、RPGの部分でも王道かつ没入感の高いストーリーとシステムが用意されていて、ゲームメーカーとしても社運を賭けただろうと思われる程の大作だった。


 その世界観は剣と魔法のファンタジーで、シナリオは魔王の復活と魔族の侵攻が迫る中、聖女の力を発現した主人公ヒロインが仲間達と共にその魔の手に立ち向かうという、正に王道と言えるものだった。


 実際に、体験版の時点でゲームの完成度は非常に高く、公式サイトには発売日が待ち切れない旨の書き込みが続出していた。

 俺自身、時には姉の恋愛ゲームの手伝いなどをしていた事もあって、女性の主人公や恋愛要素への拒否感も無く、購入後は姉と競う様にのめり込んでいった。


 その要因としては、主人公ヒロインの聖女――ティリアがとても良い子で、自分でも不思議な程に共感できた事が大きかったと思う。

 ティリアは真面目な努力家で、聖女の力に驕る事なく、果たすべき役割へと邁進していく。

 そうやってティリアが一生懸命に試練を乗り越える度、更に彼女に感情移入していったように思う。


 そして、有名クリエイターのCGを最大限に生かした仲間ヒーロー達とのイベント。

 王侯貴族や勇者の仲間ヒーローが四名登場し、当初は聖女の力に懐疑的だった彼らも、ティリアのもたらす奇跡とひたむきさに打たれ、徐々に絆を育んでいく。

 正直なところ、何度かそこを代われと思った位にはハマっていた。


 しかし、一緒にゲームをプレイしていた姉は、早くから不穏な雰囲気を感じ取っていたらしい。

 と言うのも、ティリアと仲間ヒーロー達との関係が中々進展せず、恋愛感情を匂わせるシーンもほとんど無い事を不審に思ったのだとか。

 それを聞いた当初は、恋愛要素を入れ過ぎない様にした結果だろうと高を括っていたのだが、この時の姉の勘は正しかった。



 やがて物語が折り返しを迎える頃、突如として真の聖女を名乗る女が現れる。


 真の聖女を名乗る女――ローゼマリーは主人公ヒロインを偽聖女と罵倒し、聖女の証たる杖を無理やり奪う。

 すると、聖女の杖は主人公ヒロインが使う時よりも強く光り輝き、これこそがローゼマリーが真の聖女である証明だと言うのだ。


 このイベントが発生した時、俺は驚きつつも、ここから仲間ヒーロー達が主人公ヒロインとの絆を示すシーンに繋がるのだろうと思った。

 ところが、仲間ヒーロー達はあっさりとローゼマリーを真の聖女と認め、ティリアを偽聖女としてパーティーから追放してしまう。

 ティリアも、自身を上回る力を示したローゼマリーと、彼女を聖女と認めた仲間ヒーロー達には抗えず、そのままパーティーから離脱する。



 このイベントを見終えた時、俺は何の冗談かと思った。

 それは姉も同様だったらしく、姉弟揃って啞然としたのを覚えている。


 その後、やむを得ずゲームを進めてはみたものの、結局ティリアがパーティに戻って来る事はなかった。

 それだけでなく、ティリアが主人公ヒロインだった頃は一向に進展しなかった恋愛パートが、主人公ヒロイン交代後は一気に進展した事も俺達の気持ちを逆撫でした。


 ティリアとの関係は義務感だけで絆など無かったと言わんばかりであり、その反面、主人公ヒロイン交代後はローゼマリーに傅き愛を囁く仲間ヒーロー達のイベントが続く。

 姉曰く、あたかも『乙女ゲーの逆ハーレムルートを見せられている』様で、俺同様にティリアに入れ込んでいた身としては、見ていられないシーンばかりだったようだ。


 ゲームを進めるため、『真の聖女』ローゼマリーを何とか受け入れようともしたものの、ティリアと正反対な彼女を主人公ヒロインと認めるのは俺も姉も難しかった。


 ティリアが真面目で純朴な少女なら、ローゼマリーは華やかで唯我独尊ながら、その実力とカリスマで周りを引っ張っていく女性という感じになるのだろう。

 実際にユニット性能としては、回復要員に過ぎなかったティリアに対し、全てにおいてトップのローゼマリーという具合に、圧倒的な差があった。


 そんなローゼマリーの強さもあってか、そこからは驚くほどサクサクと物語が進んでいく。

 そして、最後にはそのまま魔王すら一蹴し、選んだ仲間ヒーローとのエンディングを迎える事になった。



 この結末には姉弟共に納得がいかず、そのやり切れない思いから、普段の生活にも支障が出た程だった。


 更にネットで評判を見てみると、俺達同様に納得出来ないファンが多数いた様で、既に複数のサイトが炎上していた。

 やはり、突然の主人公交代、それも不意打ちかつ、まるで正反対のキャラへの変更を受け入れられなかった人は多かったらしい。


 中でも、公式サイトはメーカーが必死の対応をしていたが、正に焼け石に水であり、そのうちに制作側に近しい筋からの告発と取れる書き込みがあった事で、特に激しく炎上していた。


 その書き込み曰く、事の始まりは制作責任者プロデューサーが急遽『真の聖女』を捩じ込むよう要求してきた事らしく、それにより当初想定していたシナリオは破綻し、その後も制作責任者プロデューサーの希望に沿った結果こうなってしまったらしい。

 更に、制作責任者プロデューサーは『真の聖女』に必要以上に入れ込んでいたとか、制作責任者プロデューサーが女性という事もあってか『真の聖女』は制作責任者プロデューサー自身を自己投影したものであるなど、真偽不明の書き込みが次々と成されていき、公式サイトの掲示板は最早制御不能の体になっていた。


 この様な状況を目の当たりにして、姉はアストレア・クロニクルに見切りを付けた様だったが、それでも俺はティリアのその後を知るべくゲームを続けた。


 しかし、パーティーから離脱したティリアの行方は杳として知れず、俺がゲームをコンプリートした頃には、メーカーが非を認め、今後のシリーズ化も白紙にする旨の通達が出されていた。



 この事実を前に、俺は軽い鬱になった。

 ティリアに感情移入し過ぎていたが故、ショックが大きかったらしい。


 そんな俺を見て、姉もアストレア・クロニクルを勧めた責任を感じたらしく、俺に対して姉が献身的な対応をみせる事が増えた。

 そんな姉を見ていると、俺も落ち込んだままではいられず、ティリアの事こそ忘れられなかったものの、表面上は何とか元の生活へと戻る事が出来た。



 だがその一方で、今度は姉に魔の手が忍び寄っていた。


 アストレア・クロニクルで受けたショックを忘れるべく、姉はゲームそのものを一時封印し、大学の友人・知人との会合に積極的に参加していたらしい。

 ところが、そこで厄介な先輩に目を付けられてしまい、誘いや交際の要求に否を返した結果、その先輩がストーカー化したのだという。


 憔悴する姉を見て、俺は先の恩を返すべく、姉の彼氏役と警護を買って出た。

 友人からは同棲中のカップルかと冷やかされる事もあったが、それでストーカーが姉を諦めるなら歓迎すべきだろう。

 事実、俺が姉と一緒に行動する様になってから、ストーカーの行動は鳴りを潜め、姉を諦めたかに思われた。



 しかし、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。


 いつもの様に姉を迎えに行った帰り道、人通りの無さに不審を感じた頃、俺達の前にストーカーが現れた。

 ストーカーは俺達を見ると、憎悪の籠った目で睨みつけ、声を張り上げた。


「瑠璃、なんだその男は!? てめえも何様のつもりで人の女に手を出してんだ、ああ!?」


 ストーカーの言葉を聞いて、姉は震えつつも否を返す。


「私は彼とお付き合いしています。ですから、先輩の誘いは全てお断りしましたよね!」


 しかし、姉の気丈な対応が琴線に触れたのか、ストーカーはにやにやした顔になると、信じられない自論を語り出した。


「ああ? 何言ってんだ? 俺がお前を俺の女と決めたからには、お前に拒否権なんざ無えんだよ!」


 己の身勝手な妄執に囚われ、話の通じないストーカーの様子を見て、想定以上に危険な相手と気付き、俺達は助けを求めるべく辺りを見渡す。

 そんな俺達を見て、ストーカーはニヤリと嗤って告げた。


「残念だったな。邪魔が入らねえ様、通行止めの看板を置いといたぜ。んな訳で、改めて二人で話し合おうじゃねえか」


 ここに至って俺は覚悟を決め、ストーカーに聞こえない様に姉に囁く。


「姉さんは逃げて助けを呼んで。俺が足止めするから」

「危険だよ、りっくん!」


 そう一度は反論したものの、姉も一刻の猶予もない状況を理解し逃げようとする。

 しかし、ストーカーは既に姉の間近まで迫っており、俺は姉を守るべく二人の間に割り込んだものの、奴と接触した瞬間、感じた事の無い激痛に見舞われ地に伏した。


「ははは……、俺の女に手を出した報いだ!」

「りっくん!」


 気が付けば、俺の身体にはナイフが刺さっており、地面には赤い液体が広がり始めていた。

 ストーカーは俺を一瞥すると、足を止めてしまっていた姉を難なく捕らえる。


「さて、後は瑠璃、てめえの教育だな。すぐに、あのガキの事なんざ忘れさせてやる」

「離して! このままじゃ、りっくんが……」


 姉は嗚咽混じりに抵抗したものの効果はなく、ストーカーはにやにやと嗤いつつ、姉を攫おうとする。

 それを見て、最悪の未来を避けるべく、俺は最後の力を振り絞ってストーカーの足を掴んだ。


「……姉さんを離せ」

「ああ!? んだ、てめえ。いい加減しつけえんだよ!」


 ストーカーはそう言うと、激昂して俺を立て続けに蹴りだした。


 だけど、奴の目が俺に向いたのはチャンスでもあり、俺は奴の攻撃に耐えつつ、姉を逃がす機会を伺う。

 そして最後、ストーカーが止めと言わんばかりに強く踏みつけようとしたのを見計らって、俺はそれを全力で回避した。


 目標がなくなった事で奴の踏みつけは空を切り、更に段差に躓いて転倒する。

 その際の打ちどころが悪かったのか、ストーカーは呻き声を上げるだけで立ち上がれなくなっていた。


 ストーカーが無力化された事で、姉が急いで俺に駆け寄って来る。


「りっくん、ごめんなさい。すぐに救急車を呼ぶから頑張って!」

「姉さん、無事で良かった……」


 泣きじゃくる姉にそう一言を返したのを最後に、俺の意識はかき消えた。

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