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100キロ少女

 樫馬村へのアクセスは一日一本しかないバスのみだ。

 そのバス停までに徒歩で一時間以上かかるため、住むなら車か二輪が必須となる。

 バスで大きな町までおおよそ40分、大型スーパーやコンビニが生活の一部となっていればとても住める立地ではない。


 村の住人達は車を持っているが透子はそもそも16歳なので免許は習得できない。

 では彼女の移動手段は何か?


「透子ちゃん、速いねぇ! 疲れない?」

「全然」


 自転車で道路脇を滑走する透子の姿があった。

 透子は今、樫馬村を出て町のホームセンターを目指している。

 ここで古民家の修繕に必要な道具一式を買うつもりだ。


 ついでにサヨにも現代の町を見学させてやりたいと思っている。

 サヨは一度も古民家から出たことがないので、現代文明には疎い。

 動画一つでおおはしゃぎだったサヨの反応が透子には楽しみでたまらないのだ。


 道路を悠々と走る車にも感動している。

 謎の箱に車輪がついて高速で移動しているのだから、当然透子の移動手段が気になった。


「透子ちゃん、あれに乗らないの?」

「あれに乗るには年齢と免許とお金がいるの。それにこれで十分だよ。車よりは遅いけどちゃんと速いでしょ?」

「でも大変そう」


 サヨは心配するが透子は汗一つかいていない。

 速度に関してもやろうと思えば車と競争できる。

 怪異トーコさんはかつて道路を時速100キロで走っていたため、100キロ少女などというフレーズが誕生した。


 100キロで国道を爆走する少女を見た。

 国道で車と並走していた。

 国道で車を追いかけていた。


 さすがに自分で怪談を量産するわけにはいかないということで今は自重している。

 一説には100キロババアから派生したデマとされているが真実だ。

 透子としては自重しているつもりだが、先ほどから追い抜いていく車の運転手の視線を集めていた。

 これはとある夫婦の会話だ。


「あれ……?」

「あなた、どうしたの?」

「なんか今の自転車さ。やけに速かったような気がするんだけど……」

「あら、確かに言われてみれば……。サイクリング部の子でしょ?」


 そんなとぼけた会話が展開されているとも知らずに透子は自転車で走る。

 走行している車が透子の自転車を引き離すのに時間がかかるのだから仕方のないことだった。


「ね、車に乗ってたおじさんとおばさんがこっちを見てた気がするんだけど……」

「もしかしたらサヨちゃんが見えたのかもしれないね」

「えぇーー! ホントにぃ!?」

「そうじゃなきゃ私なんか視界に入れたところでスルーするでしょ」


 見当違いな透子の発言だがサヨはそっちの方向で捉えてしまった。

 透子は怪異という点を除けば美少女であり、人の目を引きつけるのだが本人に自覚などない。

 サヨもそういった透子の無自覚な点にも疑問を抱いていた。


「私なんかってさぁ。透子ちゃんって美人だから男の人も放っておかないと思うよ」

「そうかな? 美人な女性なんてそこら中にいくらでもいるでしょ」

「そんな虫みたいな……」


 サヨが呆れるほど透子はその手の話に興味がない。

 透子が熱中しているのはあくまで実話怪談集めだ。

 実際に怪異に遭遇した話などそうあるものかと多くの人は思うが、透子にしてみれば石ころのように転がっている。


 例えば今、透子が目にした車は若い男が運転して助手席の女と楽しそうに談笑している。

 しかしその後部座席には青白い顔をして目が肥大化した女が乗っていた。

 それも身を乗り出して二人の顔を交互に絶え間なく血走った目で凝視している。


 二人への恨みを募らせているのか、いずれにせよ近いうちに事故でも起こすと透子は思っていた。

 紛れもなく悪霊だが、透子は正義の味方ではない。


 災いの木やヤマコのように無差別に人を襲うようなものは邪魔であれば排除してきた。

 しかし生前の恨みを晴らそうとしている霊は悪霊だろうと放置している。

 むしろその場合、透子は悪霊を応援していた。


「こうして走っているだけでも小説のネタには事欠かさないんだよね。例えばほら、あそこの車は事故車だよ」

「わっ! 血まみれの女の人が窓に張り付いている!」

「あれは並みの退魔師じゃきついかもね」


 透子ならば追いかけて浄霊することができるが、そこまでの義理はない。

 運転手の男は青い顔をしていて、姿は見えないまでもすでにその存在に気づいている。

 近いうちに売り払うか処分すれば助かる可能性は十分あった。

 ただし呪いの強さでいえば災いの木のほうが圧倒的に強い。


 このことを透子は自分が見たものとして小説に書き記す。

 筆者である透子自らも霊感があるというのは読者も承知だ。

 本当は霊感どころの騒ぎではないのだが。


「そろそろ町に着くよ。あの赤いM字の看板が目印だね」

「あれってなーに?」

「ファストフー……ハンバーガーという食べ物を売ってる店だよ」

「はんばーがー?」


 透子がサヨにハンバーガーについて説明すると涎をすすり始める。

 サヨの時代には存在しなかったファストフードだが、透子の具体的な味の説明が実にリアルだった。


「……というもので今や老若男女問わず大人気の食べものなんだよ」

「透子ちゃん! 食べたい! 食べたい食べたい食べたいーー!」

「帰りにね」


 サヨが自転車の後ろに座りながら手足をバタバタさせている。

 普通であれば落ちるところだが、そこはさすがの霊だ。

 澄ました顔をしているが透子もハンバーガーは嫌いではない。


(ダブルチーズバーガーセットにしようかなぁ。ポテトとドリンクは……)


 今度は古民家でハンバーガーも作ってみようかと考える。

 必要な食材のうち、せめて野菜だけでも畑で作るためにまずは種の購入だ。

 ホームセンターが見えてきたところで、ふと視界に異物が入った。


(あぁ……このホームセンターすごいな)


 黒い影がホームセンターの壁を並行に移動していた。

 訪れている客には当然ながら見えていない。

面白そうと思っていただけたら

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― 新着の感想 ―
ターボサッカ! こういう体験したのを小説にしてるってことは、読者の中に「これ自分のことでは」となるのもいるのでは?
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