古民家の夏
「こんにちはぁ!」
うだるような暑さの午前中、古民家に元気のいい声が響いた。
仕事中だった透子は手を止めようとしたが、サヨが玄関まで確認に行く。
「サヨちゃんじゃ見えないでしょ。私が行くよ」
「あ、そっか」
最近、サヨは自分が霊である自覚が薄れているのではないか。
透子はそう思ったがマヤに見られてしまっているので仕方がない。
玄関の戸を開けて出迎えるとそこにいたのは創也と華鈴だった。
「あら、こんにちは」
「ひ、人が出てきた!?」
「ソーヤ君! 失礼でしょ! すみません! 私達、先日助けていただいた八谷華鈴でこっちは幼馴染の創也です」
透子は面食らった。
二人のことは覚えているが、なぜここがわかったのか。
そもそもなぜ訪ねてきたのか。
気絶している時に部屋に運んだはずだと透子はかすかに困惑した。
しかし現実として二人はここに来ている。
家もそれなりに離れているので今更ご近所挨拶とも思えない。
出迎えたものの、透子は何も言えなかった。
「その、お地蔵様から助けていただいてありがとうございます!」
「なんで知ってるの?」
「あれからお地蔵様の話が全然なくなって……気になってお父さんとお母さんに話したんです。そしたらものすごい怒られて……」
華鈴の話をまとめるとこうだ。
夢だと思っていたものの、あれだけ騒いでいた大人達が地蔵の話をしなくなった。
そこで夢じゃなかったのかという疑問が湧いて両親に夜中に地蔵に襲われたことを話したのだという。
当然のごとく夜中に外に出たことがバレて壮絶に怒られてしまう。
それから間もなくして地蔵の怪異は神社の巫女によって鎮められたと知った。
両親がお礼を言いにいけということで樫馬神社にて有道やマヤと話したところ、透子のことを教えてくれたという顛末だ。
マヤの活躍はすでに村中に知れ渡っている。
今やそれこそ子どもでも知っているとのことで、恐るべし村のネットワークと透子は感心した。
やたらと笑顔で挨拶されるようになったのはそういうことかと納得する。
「なるほどね。でもあなた達を助けたのはマヤさんだよ」
「でもあの巫女のおねーちゃんは透子ねーちゃんのほうが強いっていうんだ」
「は? そんなこと言ってたの?」
「あの人がいなかったら今の自分はなかったって言ってた」
創也がどことなく目を輝かせている気がした。
マヤがとんでもなく余計なことを言ったと透子はやや苦笑する。
華鈴は改めて頭を下げた。
「透子さんは村の大人達からすごくいじめられていたんですよね……。今まで気づかなくてごめんなさい」
「いや、すごくっていうか無視されたくらいだけどね」
「でも無視するのもいじめだって先生が言ってました!」
「よく教育されている……」
粗暴な男の子と違って華鈴は礼儀正しいと透子は見比べた。
その粗暴な創也は透子をずっと輝いた目で見上げている。
「と、透子ねーちゃん。地蔵を倒したマヤねーちゃんより強いんだろ?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「オレ、強くなりたい! オレを鍛えてくれ!」
「はい?」
目の輝きの意味を知った透子は思わず引いてしまう。
子どもの純真さは時として愚かと言い換えることができる。
怪異は単純な腕っぷしだけでどうにかなるものではない。
創也の霊力は凡人のそれである以上、とても退魔師のようなことは――と透子が結論づけようとした時だった。
その身に宿る霊力が明らかに常人よりも多い。
「あ、そっちは誰だ?」
「え? 私が見えるの?」
「当たり前だろ。なに言ってんだ、お前」
「うそぉー」
創也はハッキリとサヨを見ている。
加えて華鈴もサヨと目を合わせていた。
「お前、誰だ?」
「サヨだよ」
「透子ねーちゃんの妹か?」
「違うよー」
深夜に透子が二人を見た時、これほどの霊力はなかった。
時を経てここまで霊力が上がった原因は一つしかない。
怪異に遭遇した人間の中には目覚めてしまう者もいる。
これについては退魔師協会でも解明されていない部分が多い。
おそらく怪異がもたらす霊力に当てられて体が順応してしまったのだろうというのが妥当な見解だ。
ウイルスに感染して抗体を持つように、人の体はたくましい。
一度でも霊を見ると次からも見えてしまうということがあるが、これがその一種だ。
マヤが並外れた怪異に遭遇したことによって目覚めてしまったように。
常人の二人の霊力が一段階ほど高くなってしまった。
「ねー、透子ちゃん。この子達、私が見えるよ」
「そうみたいだね。元々素質があったってことかな……」
なまじ霊力が上がっていいことはあまりない。
霊力が高い人間の中には相手の寿命がわかるとか、少し先の未来がわかる者がいる。
一方でそういった者達以外にもマヤのように霊媒体質となって苦しんでいる人間も少なからずいた。
この二人が目覚めてしまった以上、後者となる可能性がある。
透子はどうしたものかと考えた。
マヤのように大人であれば現実を受け入れて修行に励むが、子どもにそれを求めるのは酷だ。
「ねぇ、創也君。私なんかよりもっと強くしてくれる人がいるよ」
「え? それ誰だ!?」
「有道さんだよ。今度お話をしに行こうか」
「はぁー? あのへたれにーちゃんがー? 昔は暴走族を一人で壊滅させたとかイキってたけど、与一にーちゃんの前じゃすげぇヘコヘコしてるんだぜ?」
思わぬところで有道の評判を聞いてしまって透子は笑いそうになる。
どうしてしょうもないウソをつくのか、透子にはわからなかった。
「まぁとにかく今度ね」
「しょーがねーなぁ……。ん、なんかいい匂いがするな?」
台所ではモモが蕎麦を打っている。
そば汁も一から本格的に仕込んだもので、今日の昼食は冷やし蕎麦だ。
「二人とも、お昼はまだだよね。よかったら食べていく?」
「い、いいのか!?」
「どうぞ」
蕎麦は人数分だけ打つというわけにはいかない。
どうしても多くなってしまうため、透子としては助かる。
二人を古民家に上げたところで間もなく悲鳴が響いた。
「ひ、人魂! ひとだま!」
「お化けーーー!」
モモ、アオ、レンを見た二人が畳の上で腰を抜かしてしまう。
霊力が上がったはずの二人だが、人魂達には怯えてしまった。
これには透子も笑いそうになる。
つまり人魂達は地蔵よりも霊力が上ということになるのだが、そんなはずはない。
三人の霊力自体はとても低いのだ。
サヨの場合、常に透子と一緒に外に出ているので自然と霊力を押さえる術を身につけている。
しかし人魂達はずっと古民家に住み着いているため、そんな加減など知らなかった。
「あらあらぁ、かわいらしいお客さんだこと」
「威勢のよさそうなガキどもだな! 大工でもやってみるか?」
「ダ、ダメですよ……完全に怖がってます……」
ゆらゆらと楽しそうに揺れる人魂に対して身を寄せ合って怯える二人。
害意がないのにここまで怖がらせてしまうほどの人魂とは。
三人の正体が気になる透子だったが、今はお腹が空いて仕方がないのですぐに皿を用意し始める。
「さ、おいしそうなお蕎麦だよ。食べよっか」
「うゆぅー」
透子の膝にユタローが足をかけて蕎麦を催促する。
タヌキに蕎麦はどうなんだろうかと考えたものの、すでに小麦粉入りの素麺を食べさせていたのを思い出す。
あまり深く考えずに透子は優雅に蕎麦をすすり始めた。
「あ、あ、あの、あの……」
「なぁに?」
「ひぃっ!」
華鈴はおそるおそるモモに話しかけるも慣れない。
今日も古民家の昼は暑さと共に過ぎていく。
これにて完結となります!
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