静かな信頼
「マヤさん。お疲れ」
霊体化していた透子が姿を現した。
マヤは倒れた地蔵を立て直したところで、透子の姿を見て安堵する。
マガルカから一人で見回りをするようにとは命じられたものの、透子がついてくれていた。
「透子先生、いてくれてよかった……」
「マガルカ様から手を出すなとは言われていたけどね。それでも本当に危ない時は助けたよ」
「マガルカ様、厳しすぎるんですよぉ」
「神様だからね。匙加減なんてわからないだろうね」
そのマガルカが透子のすぐ横でジト目をしている。
マヤは軽く悲鳴を上げたが、透子はそれで驚くタマではない。
「マガルカ様。マヤさんの初仕事はどう?」
「まぁまぁといったところぞよ。わらわならものの一瞬で終わらせることができたぞよ」
「だから人間の退魔師にそういうの求めないでよ。それにマヤさんはあくまで怪異に寄り添う道を選択したんだからさ」
「解せんぞよ。そうでなければもっと上を目指せていたものを……」
マガルカが言う通り、マヤが選んだ道は茨だ。
退魔師とは除霊や浄霊を行う存在であり、そこに霊へ寄り添う術はない。
悪霊がどれほど悲劇的な存在であろうと祓うのが務めだ。
一方でマヤはあくまで霊という個を見て接することに決めていた。
退魔師の中には過激な手段で強制浄霊を行う者もいるが、マヤは霊ができるだけ安らかに逝けるように方法を考える。
聞く者が聞けば甘いだとか退魔師を舐めているなどと憤るだろう。
「そのお地蔵さんはどうするの?」
「ひとまず神社で祀ろうと思います。それがお地蔵様達の望みでもありますから……」
「普通は奉納して無力化させるんだけどね。そんな風に考えられるのもマヤさんのいいところかもしれないね」
透子は素直に褒めた。
彼女がかつて相対したどの退魔師とも違う。
そんなマヤを温かく見守ろうと思ったところで視界の端に二人の子どもを捉えた。
「あの子達は? こんな時間になんでこんなところに?」
「私もわからないんです。村の子どもだと思うんですけど、お地蔵様に襲われていました」
「ふーん。肝試しか何かでやってきたってところだね」
透子の予想は当たらずとも遠からずだ。
創也は突然現れた透子の存在を今更ながらに恐怖する。
そして透子が近づいたところで昏倒してしまった。
華鈴もとっくに意識を失っていてどうにもならない。
「気絶しちゃった。どうしよ?」
「どこの家の子かもわかりませんし……。村長さんに聞きにいきます?」
「そうだね。こんな時間だけど怪異を鎮めてあげたんだから起きてもらおうか」
こうして透子は二人の子どもを村長の家まで運んだ。
インターホンを何度も鳴らしてようやく出てきたのは寝起きですこぶる機嫌が悪そうな孝蔵だった。
目をこすりながら今にも怒鳴り散らしそうな雰囲気だったが、相手が透子とあって萎縮する。
「こ、こんな時間に何の用だ!?」
「何の用だはないでしょ。マヤさんがお地蔵様を鎮めたんだよ」
「なんだと! それは本当か!」
「少なくともお地蔵さんに関する怪異は起きないよ。それでこの二人の子どもなんだけど、家わかる?」
それから二人は家に送り届けられた。
翌朝、起きると創也はベッドに寝かされていて夢を見ていたのかと錯覚する。
しかし間もなくして地蔵の怪異の話は鳴りを潜めて、創也は夢ではなかったと思うようになった。
* * *
「おはようございます。透子先生、お参りですか?」
地蔵の怪異が収まってから数日後、マヤはやってきた透子を冷やかした。
透子が今更この神社でそんなことをするはずがないと見越している。
しかしそれに乗った透子はわざと参拝して見せた。
「マガルカ様。今日も健やかに過ごさせてください」
「何をほざくぞよ。そなたを脅かせる者がおったらこの世はとっくに魑魅魍魎に支配されているぞよ」
マガルカは口を尖らせて神社の階段に腰を落としている。
境内の掃き掃除をしていたマヤはクスクスと笑う。
「あれから村の人達に挨拶されるようになったよ。こっちは?」
「あ、噂をすれば、ですよ」
神社の階段を上がってきたのは孝蔵だ。
蟹股で歩いてきたところで透子達を見つけて一瞬立ち止まる。
が、すぐに素通りして神社の前で手を合わせた。
「あの人は相変わらずか。別に愛想よくしてほしいわけじゃないからいいけどね」
「でも昨日、お裾分けもらったんですよ。煮物おいしかったです」
「ホントに? 私には何もないんだけど?」
「素直になれないんですよ」
透子とて煮物が欲しかったわけではない。
今の孝蔵を見ていると、涙を流してお願いしてきた人間とは思えなかった。
孝蔵はじっくりと手を合わせてまだ黙祷している。
「前は適当な参拝だったのに今日はずいぶんと熱心だね」
「昨日もそうでしたよ。そして次は……」
参拝を済ませた後、孝蔵は神社の傍らに置かれている三体の地蔵にも手を合わせた。
そして懐から紙に包まれた饅頭を置く。
「わぁ……あんなものまで供えちゃって。よっぽど恐ろしかったんだね」
「でもお地蔵様、すごく喜んでいます」
「あれから悪さはしてないみたいだね。普通は奉納して無力化させるのにここまで無害化させるなんて……」
「元々悪い神様じゃないみたいですからね」
堕ちた神が祟り神になるケースも珍しくない中、マヤは地蔵達を更生させた。
透子はあえて言ってないが、これができる退魔師はそういないだろうと思っている。
「あ、終わったみたいですね。倉石さん、この前の煮物おいしかったです。奥さん、お料理得意なんですね」
参拝を終えて戻ってきた孝蔵はまた透子達を素通りしかけた。
「……煮物は妻の得意料理だからな」
「そうなんですか。今度、何かお返ししますね。今、お料理を勉強しているところなんです」
「そうか」
短く答えると孝蔵はずかずかと歩みを再開する。
自分には一言もなしかと透子が呆れたところで、また孝蔵が立ち止まった。
「透子さん。今度の祭りなんだがな。あんたにも手伝ってもらうぞ」
「え?」
「あんたも村の一員なんだ。今度、村の会館で会議をする時は来てもらう」
「うん」
それだけ言うと孝蔵は早歩きで境内の階段を下りていった。
やれやれとばかりに透子はポーズを取る。
「いきなり村の権力者会議に参加とはね。一気に出世しちゃったなぁ」
「いいじゃないですか。あの人なりにお礼を言ってるつもりなんですよ」
村八分にされても気にしない透子だが、これはこれで少し面倒だとも思ってしまう。
透子がため息をついて神社の縁側に座るとマガルカがからかうようにしてニヤニヤしている。
一方で三体の地蔵がほほ笑んだ。




