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喋る地蔵 6

「付喪神は霊とは違う。魂がないからね」


 マヤは透子から付喪神について教えられた。

 付喪神には霊体というものがなく、それ自体が意思を持っている。

 この話に強く頷くのは有道だ。


「だからね、マヤちゃん。付喪神ってのは退魔師泣かせなんだよ」 


 有道もその道を歩んでいるので、退魔師のそういった話を耳にしていた。

 除霊、浄霊。どれも通じないのだから取れる手段は限られている。

 怪異が活性化しやすい夜に見回りをして、地蔵が動いたところで対処するというのが透子の考えだ。

 実際に退魔師としての修行をさせているのはマガルカだが、透子のほうが怪異の本質を理解している。


「なんで動いている時じゃないとダメなんですか?」

「動いていない時はほとんどただの物体として存在しているだけなの。つまり意識がハッキリしているうちに思い知らせてやらなきゃいけない」

「じゃあ、動いてない時に壊してもダメなんですね」

「壊したところで肉体じゃないからね。形には何の意味もない。破片のまま意思を持つだけなの」


 微粒子単位で完全消滅でもさせない限り、物理的な破壊には意味がない。

 破壊した欠片が他どころへ混ざってそちらで怪異を引き起こすケースも多かった。

 三流退魔師がそのような対処をして事態を悪化させることも多い。


「付喪神とは下らんものぞよ。神の名を冠するのもおこがましい下劣な存在ぞよ」

「ではマガルカ様ならどうされますか?」

「わらわならばその存在ごと浄化してやるだけぞよ」

「ど、どういうことかな……」


 神の所業など何の参考にもならない。 

 マヤはあくまで退魔師なので退魔師として対処するしかなかった。

 その方法とはただ一つ。


「あなた達を封印します」


 マヤは札を構えた。

 そう、退魔師が付喪神に対して取れる手段は封印だ。

 それから神社に奉納して時間をかけてただの物体に戻す。


 要するに分を弁えさせるしかない。

 ただの物体ごときが意思を持つ必要はないと根気よく思い知らせる必要があった。

 マヤは創也の前で庇うように立つ。


「下がっていてね」

「だ、大丈夫、なのか……?」


 創也は不安を口にする。

 今の自分は子どもを安心させられない新米退魔師だとマヤは深く胸に刻んだ。

 だったら実績を積み上げていくしかないと、三体の地蔵に札を見せつける。


「なンだ」

「コいツ」

「ヨわソウ」


 地蔵がケラケラと笑う。

 長年にわたって樫馬村の地蔵だったものの、マヤの存在など認知していない。

 巫女を務めていた有道の祖母ならまだしもマヤを恐れる理由などまったくなかった。


(大丈夫。やれる、私ならやれる。絶対にやれる)


 マヤは緊張で手が汗ばむ。そして三枚の札を地蔵に放つ。


「ぎャっ」

「わオ」

「なンダ」


 札が地蔵に張り付いた途端、鎖のようなものが花咲くように放たれる。

 鎖は地蔵をミシミシと縛り付けていく。

 地蔵がぐるぐるともがいて動き回るも鎖の拘束がやや強い。


「静符! 封ッ!」


 マヤが印を結ぶと鎖が肥大化して地蔵を本格的に閉じ込めた。

 青い光が雷のようにバチバチと音を立てる。


「うゴけナイ」

「なンで」

「あぁァァ」


 抵抗して暴れる地蔵達。

 マヤは印を維持しているものの、霊力の消耗は無視できない。

 それに加えて放出していく霊力の制御が未熟であるため、地蔵達は未だもがいていた。


「はらタつ」

「くソおンナ」

「こロしテヤる」


 鎖をまとったまま地蔵達は飛び上がる。

 マヤが咄嗟に逃げた直後、勢いよく落下して地面に丸い窪みを作った。


「ひっ……」

「ゆルさナイ」

「うヤまエ」

「タたエろ」


 地蔵達は鎖を纏ったままマヤに頭突きを放った。


「守符ッ!」


 マヤが札を花びらのように舞い散らせると簡易的な結界が出来上がる。

 地蔵の頭突きが結界に衝突して押し返された。

 ぐらぐらと揺れた地蔵だが、設置タイプのサンドバッグのように起立してしまう。


「はぁ……はぁ……!」


 マヤは片手で印を維持しているものの、あまり長くは持たないと感じていた。

 修行を始めてから日が浅いながらもマヤは爆発的な成長を遂げている。

 退魔師協会の関係者が見れば確実にマヤを勧誘するだろう。


 しかしそんな事実など今のマヤには関係ない。

 力及ばず封印に至らないどころか押されかかっているのだから。


(どうしよう……やっぱり私じゃダメなのかな……)


 幼少の頃、そして学生時代の記憶がマヤの頭にフラッシュバッグする。

 猛勉強をしても試験の成績は学年の真ん中、マラソン大会に向けて体力作りをするも下から数えたほうが早い順位。

 マヤの努力をあざ笑うかのように結果を勝ち取る者達。


 いつしかマヤは平凡でいいとさえ考えるようになった。

 なんとなく生きていければいいと中堅の企業に就職するも、なぜか先輩の水島俊樹に気にいられてしまう。

 恋愛経験がないマヤにとって、俊樹の遠慮のないアプローチは苦痛だった。


 欲しいものは手に入らず、いらないものが寄ってくる。

 そんな現状にマヤは嫌気が差していた。


――大切なのは心なの。なんでもそうでしょ?


 記憶の濁流に押し流される中、モモの言葉だけが残る。

 マヤはその言葉を掴むかのようにグッと手を伸ばす。

 まるで記憶の渦から逃れるように、海で溺れる者が海面から手を伸ばすように。


(そうだ! 私が何をやりたかったか! 私はこのお地蔵さん達を……!)


 マヤは気を引き締めて新たな札を手に取った。

 札には陽の文字が刻まれている。


「光陽符ッ!」


 マヤが放った札は光を放って地蔵達を包んだ。


「エ」

「ナニ」

「眠くナる」


 鎖に抵抗していた地蔵達が動きを止めていく。

 光陽符。それはマヤが独自で作り出した札で、対象を光に包む。

 暗闇の中でもがいている迷える霊魂に光を見せてあげたいと願って作った札だ。


「温かイ」

「気持ちイい」

「眠イ」


 認められたい、崇められたい。

 そんな暴走した意思を持つ地蔵の付喪神にとって、光はまるで仏から差す後光に見える。

 迷える自分達を導く救いの光、それは付喪神達の視野を広げる一手となった。


 もう苦しまなくていい。休んでいい。

 光は温かくて誰も拒まない。

 霊魂ではない付喪神とて心はある。


 マヤは悪霊共々、彼らを救いたいと願った。

 柏家の霊のように救える存在がいるならば、それこそ退魔師になる意味がある。


「これが私の……心です」


 地蔵達は光の中で静かに眠る。

 やがて夜の闇が戻ろうとも地蔵達が動き出すことはなかった。

 そこにあるのは倒れている古びた三体の地蔵だけだ。

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