守護霊というもの
「徳さん! おい! しっかりせんか!」
倒れた戦三郎に駆け寄った孝蔵が体をゆすっている。
戦三郎はゆっくりと目を開けて孝蔵と目を合わせた。
「徳さん! すぐに救急車を呼ぶからな!」
「いや……その必要はない」
戦三郎が強い口調で孝蔵を嗜めた。
戦三郎は村の最年長者であり、村で唯一村長である孝蔵にも口を出せる。
村の会合でも度々大声で意見を口にしていた戦三郎の落ち着き払った声は孝蔵も初めて聞いた。
「徳さん?」
「今のは効いた。見事な札じゃった」
「徳さん、頭でも打ったのか?」
「なんだか頭が冴えた気がする」
要領を得ない戦三郎の発言に孝蔵はただ困惑するばかりだ。
孝蔵が知る戦三郎はここまで穏やかではない。
子どもの悪戯にすら激怒して村中を追い回して、親の家にまで押しかける。
そして木刀をバシバシと床や地面に叩きつけて、相手が折れるまで説教をしていた。
その戦三郎がさきほどまで説教をしていたマヤを褒めたのだから、頭の打ち所が悪かったと考えるのが自然だ。
戦三郎がゆっくりと立ち上がってマヤの前に立ち、笑顔を見せた。
「伊月さんじゃったか。さっきはワシが悪かった。すまなかった」
「え、それは、いえ、はぁ……」
孝蔵以上にマヤは困惑して言葉を紡げない。
透子のほうをちらちらと見るも、彼女は澄ました顔をして目を閉じている。
さすがに説明してほしいところだが、この場で聞けるわけもない。
「よく考えれば有道もいい子を見つけたもんじゃ。伊月さん、あの小僧に何かされとらんだろうな?」
「それは大丈夫です、はい……」
「そうかそうか。この神社はワシが子どもの頃からあってな。よくここで遊んだものじゃ。昔は相撲大会なんてやっていたのう」
「はぁ……」
別人のようになった戦三郎は好々爺のように語る。
そんな話など頭に入るはずもなく、自然と透子に寄っていた。
そんなマヤを気にせずに戦三郎は延々と昔話を展開している。
「と、透子先生。これどういうことですか?」
「守護霊が反省したんだよ。今までの荒々しい性格は守護霊のお侍さんのせいだったんだろうね」
「そんなことあるんですか?」
「守護霊はその人の体調だけじゃなくて性格にも影響することがあるの。今まで急に性格が変わった人を見たことがない? そういう人は守護霊が交代した可能性がある」
戦三郎の守護霊である侍は透子の前で正座している。
小刀を取り出して切腹せんばかりだ。
透子という霊を超越した何かに対して、侍は瞬時に悟った。
これは自分が抗える存在ではない、と。
(戦場では悪鬼のような男とも渡り合った。しかしあれは鬼より恐ろしい。肝に銘じよう、分不相応というものを……)
その時代では名を馳せて武家として成功を収めた家柄の誇りなど失われた。
仕えていた徳川の時代が終わりを告げようとも彼は戦ったというのに。
そんな人の時代の流れすらいかにちっぽけなものか、彼は悟ってしまった。
そんな彼に透子は一瞥すらくれない。
興味がないというより反省しているのが見て取れるからだ。
戦三郎の変貌ぶりが何よりの証拠だった。
「と、徳さん。なんだか頭の打ち所がよくなかったみたいだな。とにかく病院に行こう。な?」
「何でもないと言ってるじゃろう! 孝蔵! 冴えた今だからよくわかるが、移住者に優しくせんか!」
「なっ! 本当に一体どうしてしまったんだ!」
「今までのワシはどうかしていた! まるで夢を見ていた気分じゃよ! なぁ孝蔵! そこの岩古島さんがお前達に何をした!」
戦三郎は唾をまき散らして言いたいことを言うと、今度は透子に向き直った。
土下座をして頭を地面に打ち付ける。
「岩古島さん! 今まで孝蔵共々悪かった! 不肖ながら何か困ったことがあったらワシに言ってくれ!」
「いいよ。私は気にしてないからね」
「孝蔵! 貴様も頭を下げい!」
孝蔵が戦三郎に謝罪を促されるも唇を歪めている。
「ふ、ふざけるな! 余所者が何をしてきたか、知っているだろう! 私は認めんぞ!」
「孝蔵ッ!」
「徳さん! あんたもどうかしてしまったようだな! やはり余所者が関わるとろくなことがない!」
「おい! 待て! 待たんかぁーーーー!」
頭に血を昇らせた孝蔵が境内の階段を下りていった。
戦三郎が追いかけていって辺りが静かになる。
「な、なんというか、すごい人でしたね……」
「あれが本来の性格だったのかもしれないね。それよりマヤさん、さっきの護符はすごかったよ」
「マガルカ様が背中を押してくださったおかげです」
一部始終を見ていたマガルカはユタローと戯れている。
マヤの視線に気づいてユタローを抱き上げた。
「わらわが言った通りぞよ。そなたはあの有道よりも遥かに優秀ぞよ」
「自分でも信じられません……。何をやってもパッとしなかった私が……」
「そなたの内なる霊力、そして何より守護霊はなかなかの人間ぞよ」
マヤの背後には大正時代に人のために生きた献身的な女性がいる。
終生、誰かに尽くして落とし物探しや人探しまで行っていた。
後に彼女を知る者は大正の母と呼ぶようになる。
彼女は死後、多くの慕った者達によって丁寧に弔われた。
それがマヤのご先祖であることはマガルカはあえて言わずにおく。
「高い霊力ではないが誰よりも優しい女ぞよ」
「私には感じることができないのですが……」
「そなたがもう少し修行を積めば存在を感じ取ることくらいはできるようになるかもしれないぞよ」
「わぁ……だったらがんばります! 今日まで健康に生きてこられたことを感謝したいですから!」
並外れた霊力を持ちながらマヤが悪霊の餌食にならなかったのは大正の母のおかげだ。
高い霊力ではないが故にホームセンターでの霊を追い払うまでには至らない。
それでも大正の母は微力ながらも彼女を全力で守ってきた。
「これからはがんばって修行して、あなたの手を煩わせないようにします」
マヤがどこにいるともわからない守護霊に向かってお辞儀をした。
マヤには見えていないが大正の母はにっこりとほほ笑む。
強い霊ではないものの、一人の女性を正しく導いた彼女に透子もまた感謝をして頭を下げた。
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