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見えるの?

「う……」


 伊月マヤが目を覚ますと、そこは透子が住んでいる古民家だった。

 状況が掴めずにゆっくりと瞬きをしていると突然おかっぱ頭の少女の顔が視界に入る。


「きゃっ!?」

「あ! 透子ちゃん! 目が覚めたみたいだよ!」


 透子は伊月マヤの同僚探しに協力した青年団と話していた。

 屈強な青年達が揃って茶をすすって落ち着き払っている。

 というよりもようやく気が落ち着けられた。


 つい先ほどまでは彼らも状況が飲み込めずに困惑していたところだ。

 青年団は山の中まで分け入って必死に伊月マヤの同僚を探した。

 普通に考えるなら柏家の中で失踪したなら屋敷にいる。


 しかし相手は怪異だ。

 怪談話の中には失踪者が現場から遠く離れた場所で発見されることも少なくない。

 それも生きた状態ならまだいい。

 膨大な霊力に当てられたせいで気が触れてしまったとしてもだ。


 怪異の世界、変わり果てた姿で怪死を遂げている者など珍しくない。

 いつどこで何が起こるかわからないのがいわゆるあちら側だ。

 結果的に伊月マヤの同僚は屋敷内の蔵で見つかって救急搬送された。


 透子は匿名で119番した後はその場をすみやかに立ち去る。

 救急車が到着した頃には2人の成人男性が柏家の屋敷の前で倒れていた。

 先に助かった西岡留美はすでに家に帰されている。

 救急隊員は通報者が見当たらないことに疑問を持つが、そもそも名前を思い出せない。


 自分が誰から通報を受けたのか。

 男であったか女だったか。

 透子はそのすべてを忘れさせていた。

 

 怪談に例えるなら霊界からの電話といったところだ。

 通報者の件はともかくとして救急隊員は無事に石岡夏雄と水島俊樹を救急車に乗せて帰っていった。

 二人は凍傷がひどいものの命に別状はない。


 といった一連の出来事を透子は青年団に話し終えたところだ。

 伊月マヤは起き上がろうとしたが吐き気がこみあげてくる。


「うぅ……」

「まだ寝ていて。強引な降霊術は体に負担をかけるからね」

「透子さん、せ、成功したんですか?」

「うん。見事だったよ。二人は成仏した」


 そう聞いた伊月マヤはまだ夢見心地だった。

 それでも安全な場所に来られたという安心感が勝り、胸をなでおろす。

 そのやり取りを見て頃合いを図った与一が湯飲みをテーブルに置いた。


「なぁ、透子ちゃん。これであの柏家は無害になったってことか?」

「今のところはね。ただあんな場所だからまた浮遊霊が居つく可能性はあるよ」

「そうか……。あの柏家がなぁ。ガキの頃から近寄るなって言われてたってのに……」

「確かにあのレベルの呪いはあまりないかもね」


 腕っぷしでは誰にも負けない与一だが、透子という異質な存在には畏敬の念を抱いている。

 彼自身に霊感はないものの、昔から村に伝わる様々な不思議な話を聞かされていた。

 血の気が多かった与一は口には出せないような罰当たりなことをしている。


 もしその頃に透子と出会っていたら、彼女の怒りに触れることをしていただろう。

 巡り合わせのタイミングに恵まれたと与一は肝を冷やした。


「透子ちゃん、今回のことをオヤジ達に話してもいいか? もしかしたらわかってもらえるかもしれない」

「無理でしょ。余計にこじれて怖がらせちゃうだけ」

「しかし君は悪い人間ではない。オヤジ達だってそうだ。この村の人間が排他的なのは理由がある」

「へぇ、それは?」

「この村にも何度か移住者がやってきたんだ。最近の田舎暮らしブームってやつの影響だろうがな」


 樫馬村に関する噂はネットでも有名だった。

 立ち入ると村人が鎌を持って襲いかかってくる。

 日本の法律は通用しないと書かれた看板が立てられている。


 どれも根も葉もない噂だ。

 更に村の至る所に心霊スポットがあるせいで、多くの者達が訪れた。

 柏家もそのうちの一つだ。


 面白がった者達がやってきて村人に心ない質問をしたり、時には民家の器物を破壊した。

 無許可で撮影するなど、村人達の訪問者に対する鬱憤は次第に溜まっていく。


 元々そんな現状にも関わらず、田舎暮らしに憧れて移住してきた者達がいた。

 しかし都会暮らしをしていた人間が田舎の風土や風潮に合わせられるはずもなく、次第に対立していく。

 村の事業を手伝わない者、行事に参加しない者、交流を拒む者。


 諍いの中、一人の移住者が樫馬村でのトラブルをネットに公開してしまった。

 湾曲された情報に操作されたネットの者達は樫馬村を批判する。

 動画配信者がやってきてモラルのない撮影を行った者もいた。

 

 一連の話を聞いた透子は目を細める。


「そうだったんだ」

「だからといってオヤジ達がやった仕打ちは許せんけどな」


 透子としては話を聞いても歩み寄る気はない。

 孝蔵が行った災いの木や人が消える家への誘いは洒落では済まないからだ。

 郷に入れば郷に従え。逆らうこともせず、かといって媚びることもない。

 それが透子のスタンスだ。


 透子が樫馬村での怪異を綴って本にすれば、更に知名度は加速するだろう。

 もちろん場所の特定はできないように配慮するものの、昨今の特定力は凄まじい。

 そう考えれば透子のしようとしていることは村にとってよくないことだ。


 しかし透子はあえて書く。

 そもそも透子は悪いことをしていると思っておらず、むしろなぜ無法者に配慮しなければいけないのかと思う。

 ここで自粛してしまえばそのような連中の思うつぼだ。

 だから透子はあえて書く。


 無法をすればその者達が裁かれるだけだ。

 それに行き過ぎた場合、透子にも考えがある。

 ついこの前までは人魂達の存在が退魔師協会に知れたら、などと考えていたが今は吹っ切れていた。


「あの、透子先生。お屋敷ではありがとうございます……。同僚のために救急車まで呼んでいただいたみたいで……」

「礼ならこちらの青年団にもね。あなたの同僚を探してくれたんだよ」

「あ、ありがとうございます」


 強面揃いの青年団に伊月マヤはやや気圧される。

 一方で与一は反応が鈍く、口を半開きにしたままだ。


「おい、よっちゃん。どうしたんだよ?」

「あ、あぁ、いや、なんでもない。伊月さんだったか。無事でよかったよ」


 仲間に声をかけられて与一は鼻の下を指でかいた。

 この仕草からして青年団のメンバーにある程度の察しがつく。

 ただそれを口に出す雰囲気ではないのと、そうすれば与一が激怒する。


「オ、オレはオヤジ達のところに戻る。救急車の件とか色々とごまかしておくよ」

「よっちゃん?」


 与一はそそくさと玄関に向かう。

 青年団のメンバーも続いて古民家から出ていって、伊月マヤだけが残された。


「な、なんだったんでしょうか……」

「さぁ?」

「私、帰りますね。いつまでも長居するのも悪いので……」

「まだ体が弱ってるでしょ。今日は泊って」

「でも……」

「明日は日曜日で会社はお休みだよね」


 伊月マヤはあくまで遠慮したのだが、透子の圧によって首を縦に振る。

 ごろんと伊月マヤの膝元で寝そべったユタローに視線を落とした。


「この子は普通のタヌキじゃないですよね?」

「うん。数百年も生きる化け狸だよ」

「あちらの子は妹さんですか?」

「え?」


 伊月マヤが指したあちらにはサヨがいる。

 青年団の帰りを見届けた後、玄関からパタパタと走ってきた。


「マヤさん、もしかしてサヨちゃんが見えるの?」

「はい?」


 この短い間で透子は伊月マヤに二度も驚かされた。

 そんな困惑をよそにサヨは首を傾げて、ユタローは伊月マヤにすり寄る。

面白そうと思っていただけたら

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