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柏家の因習 7

 伊月マヤには修行経験などなく、降霊術の類も習得していない。

 つまりぶっつけ本番で男の霊を降ろそうとしている。

 どう考えても無謀であり、成功の見込みなどないと透子もわかっている。


 透子自身、彼女の申し出を突っぱねるようなことはしたくなかった。

 自由がない、認められない悔しさは誰よりも知っている。

 透子は伊月マヤに自分を投影していた。


「マヤさん。あなたは私が守るから集中して」

「はい!」

「私はイタコじゃないからコツは教えられないけど、とにかく五感や全身で感じて」

「やってみます!」


 伊月マヤは目を閉じた。

 再び凍てつきつつある透子の体だが、後ろにいる伊月マヤには被害が及んでいない。

 透子自身が防波堤のようになっており、ある種の結界にもなっている。


「サヨちゃん。蔵にいる人達をどこかに連れ出して。あなたの力なら成人男性を動かすことくらいできるでしょ」

「う、うん!」


 サヨはぴゅーとばかりに飛んでいく。

 子どもの霊である黒い影は透子に怯えて動けないので邪魔される心配はない。

 これで透子にできることはここまでだ。


 花嫁姿の霊は生身でいえば瀕死の状態だが冷気の勢いはあまり衰えない。

 折れた首をぷらぷらとさせながらも口から白い息を扇状に吐き出す。


「ふーーーっ」


 透子が同じように息を吐くと、花嫁姿の霊の息が煽られて逆風となる。

 返された白い息が花嫁姿の霊にかぶさり、霧散していく。


――さむ、かろ


「はいはい」


 霧状の冷気が辺りに充満していよいよ冷凍庫の様相を醸し出す。

 一方で透子に守られた伊月マヤは全身全霊で集中している。

 降霊術の知識や修行経験などまるでない伊月マヤは己の霊媒体質を信じるしかなかった。


 幼少の頃、道端に佇んでいる事故死した人間の霊が家までついてきたこと。

 泣きながら今は亡き祖母に祓ってもらったこと。

 小学校に上がった頃、遠足で歩いた国立公園の中で見た不気味な人面動物のこと。


 夜、一人で寝ていると突然金縛りにあって布団が叩かれたこと。

 別の日には顔面蒼白の女性が目を見開いたまま覆いかぶさってきたこともあった。

 ひどい時には閉じている目を強引にこじ開けようとしてきたこともあった。


 その頃にはすでに祖母も亡くなっているので、退魔師協会に所属している神職がいる寺に駆け込んでいる。

 その時にきちんと修行をしたほうがいいと言われていた。

 しかしかなり長期間の上に厳しい修行となるため、高校への入学を諦めなければいけない。

 高校に一浪することを考えた伊月マヤは結局進学を選択した。


(もっときちんと修行しておけばよかった……)


 後悔するもその後の伊月マヤは順調に大学に進学して大手企業に就職している。

 霊が関わらなければ彼女の人生は順風満帆といっていい。

 しかし社会人として暮らし始めてからも心霊現象に悩まされており、心身ともに疲れていた。


 そんな時に出会ったのがトーコ著の実話怪談集だった。

 書店で手にとって少し中身を見るとそこには自分と似たような体験の話が綴られている。

 自分だけじゃなかったと伊月マヤはわずかに心が軽くなった。


「はぁ……はぁ……」

「マヤさん?」

「うぅ……」

「まずいかも……」


 まともに修行をしていない状態で付け焼刃の降霊術を行うものだから、当然体への負担がかかる。

 そもそも伊月マヤのやり方が正しいのかも不明だ。

 それでも伊月マヤは諦めなかった。


 蔵に閉じ込められていた時、彼女は見た。

 花嫁姿の霊が年端もいかない子ども達を愛でている姿が。

 そして涙を流していた。


 その時に花嫁姿の霊の感情が伊月マヤの中に流れ込んできた。

 想いの人と引き離されたこと、屋敷では虐待を受けていたこと。

 そんな中で使用人として働いていた想いの人だけが心のよりどころだったこと。


 悲しみの感情に翻弄された伊月マヤは気がつけば泣いていた。

 縁もゆかりもない柏家に感情移入してしまった伊月マヤを突き動かすのは何か。

 電車でお年寄りが立っていれば必ず席を譲る。

 落とし物があれば必ず交番に届ける。

 迷子の子どもがいれば必ず一緒になって親を探す。


 伊月マヤはごく当たり前と考えているが、それは紛れもない善の資質だ。

 今回もその心につけ込まれた形にはなる。


「たい……ろ……ん……」

「マヤさん、なんて?」


 伊月マヤの変化に透子はわずかに動揺した。

 降霊術成功の兆しが見えているものの、必ず目当ての霊が降りるとは限らない。

 もし悪霊であれば透子にも伊月マヤを救う手立てはなかった。


「たいち、ろう、さん……そこに……そこに、いるなら……!」

「えっ……」


 伊月マヤの体が大きく痙攣した後、頭を垂れた。


「おさと……」


 伊月マヤではない男の声が放たれた。

 花嫁姿の霊が動きを完全に止める。


「おさと……すまなかった……」


 花嫁姿の霊の周囲に立ち込める冷気が薄れていく。

 吐く白い息が空中にかき消えて、わなわなと震えた。


「僕のせい、で……あの時、僕が……外に、連れ出さなかったら……見つからずに……君は……」

「田一郎さん……」


 そう呟いた花嫁姿の霊に光が宿っていた。

 白粉の肌に潤いを感じる赤い唇、それは生前の美人顔だ。

 花嫁姿の霊は伊月マヤこと田一郎の前にしゃがむ。


「僕は……愚かだった……嫁いだ君を遠くから眺めていれば……」

「私こそ、我慢できずに……耐えられなかった……毎日叩かれて……そんな日々で、あなたがそこにいるのに……手を伸ばすことすら許されなくて……」

「許されるなら君を幸せに……したかった……」

「私の花嫁姿は……あなたと共に……ありたかった……」


 花嫁姿の霊ことお里は田一郎に抱き着いた。


「おっかぁ……」

「かあちゃん……」


 お里は黒い影達を抱くようにして涙を流した。


「お前さん達、寒かろ……寒かろ……」


 黒い影達がお里と田一郎に溶け込むようにして一つになる。

 そしてお里や田一郎達と共に昇っていった。

 好青年は袴姿となり、花嫁衣装を着込んだお里と並ぶ。

 幼い子ども達は生前の無邪気な笑顔を見せている。

 互いに優しく抱き合い、夜空に照らし出された。


「お里……愛している」

「田一郎さん……私も……来世ではあなたと……添い遂げたい……」


 二人の姿は夜空に溶け込んで消えた。

 わずかな霊力の粒子が散って、見える者には見える一瞬の煌めきの光景となる。

 透子は思わず見とれてしまった。


(すごい……)


 透子のその言葉には、これほどまでに見事な成仏に対する敬意が込められている。

 初の降霊術を成功させた伊月マヤという逸材に対する畏敬の念もあった。


「マヤさん!」

「う……」


 柄にもなく透子は大声を出してしまう。

 それから彼女を背負って屋敷の出口へと向かった。

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