放課後の教室で私たちは約束する
放課後の教室は静かで、夕陽が窓からオレンジ色の光を投げかけていた。
私は黒板に残された数式を消しながら、ふとため息をつく。
窓に映った自分は少し疲れた顔でこちらを見てくる。
でも、最近心がざわつく理由は仕事じゃない。
「千崎先生、また遅くまで残ってるの?」
その声に振り返ると、そこには綾芽先生が立っていた。
保健室の先生で、私よりも二つ年下なのに、生徒によく頼られている。
綾芽先生は近くの机に腰を下ろし、ポケットからチョコレートを差し出してきた。
「これ、保健室に生徒が置いてったの。食べる?」
私は眼鏡を直しながら、彼女をちらりと見て微笑んだ。
「まだ仕事中ですから。それと学校にお菓子を持ち込むのは禁止です」
「相変わらずマジメだね千崎先生は」
いつもどおりの他愛もない話。
でも、私の胸の中には、ずっと隠している気持ちが渦巻いている。
綾芽先生の笑顔を見るたび、心がドキドキする。
彼女の優しさに触れるたび、もっと近くにいたいと思ってしまう。
「ねえ、千崎先生さ、最近疲れてるみたいだけど大丈夫そ?」
綾芽先生が心配そうに顔を覗き込んでくる。
その距離が近すぎて、私は思わず目をそらした。
「うん、大丈夫。ただ、ちょっと考え事してて」
「ふーん、私でよかったら相談に乗るよ?」
綾芽先生はいたずらっぽく笑った。
その瞬間、心臓が跳ね上がった。
彼女の指先が温かくて、逃げ出したくなるくらいドキドキした。
「綾芽先生、私、じつは」
言葉が詰まる。
言おうか、言うまいか。
でも、綾芽の柔らかな視線に背中を押され、私は勇気を振り絞った。
「綾芽先生のこと……ずっと」
「あ、忘れてた」
「へ?! あ、はい、なんですか?」
「職員会議あるから先生のこと呼んできてって言われたんだった」
「ちょっ、そんな大事なこと忘れないでくださいよ!」
「ゴメンて。私非常勤だから関係ないんだもん」
「もうっ!」
私は慌てて教室を出ようとしたけど、腕を掴まれて止められた。
「へ?」
瞬間、口に触れる柔らかな感触とチョコレートの味。
「はい。お裾分け。お菓子じゃないからセーフでしょ」
「いや、あの……え?」
「ほら、はやく行かないと。遅れちゃうよ」
「は、はい……」
すましているけど、私は綾芽先生の頬がほんのり赤らんでいるのに気付いてしまった。
「あ、あの、綾芽先生! 今日……一緒に、帰りませんか!」
精一杯の勇気だったのに、綾芽先生はプッと小さく笑った。
「高校生みたいな誘い方するじゃん」
「うっ……」
「……保健室で待ってる。あんまり遅いと帰っちゃうよ」
「す、すぐ終わらせてきます!」
驚きと喜びが胸の中で混ざり合う妙な気分。
何が起きたのかまだ理解が追いついてない。
けど、微かに残るこの甘さは、チョコレートのせいだけじゃない。
大人百合って最高ですよね。
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