5.
そして迎えた音楽会の日。
会場は満員で、両陛下は王族のために用意された特別席に座っている。ルークはそこではなく、他の生徒と同じ1階の席でアリアの隣に座った。そしていよいよ開演するという時にルークはアリアの横顔をそっと見ていた。
本当は想いを告げたかった。だが婚約者が決まればアリアとは離れなければならない。結ばれない未来が分かっているのに王族に告白なぞされたら、アリアはきっと苦しんでしまう。ならば、と気持ちに蓋をする決断をしていた。
1番目の人はピアノを演奏した。次の人はハープで、その次にエミリヤが登場した。
シンと静まる会場の中、エミリヤは歌い出した。その瞬間観客が息を呑みその歌声に引き込まれていることを肌で感じた。アリアは自分の心の奥底に閉じ込めていた黒い気持ちが表面に出てこようとするのを必死に抑えた。
ーー悔しい。私の歌声を返してよ…
普段は気にしなくて済んだが、さすがに自分の声を奪った犯人がその声で歌い、周囲に賞賛される様を目の前で見るのは辛かった。
エミリヤが歌い終わると、会場中のあちこちから割れんばかりの拍手が響いた。彼女は深くお辞儀し、頭を上げる時にこちらを見た。正確にはルークを見て微笑んだ。ルークの横顔をチラッとみたが、表情は固く感情は読み取れなかった。2階の王族席を見上げると、両陛下が頷き合っているのが見えた。
そうしてその後も楽器や歌を披露する令嬢たちだったが、エミリヤを超える実力者は現れなかった。そして最後にサンバリーナの登場である。
彼女は演奏前にアリアの方を見て優しく微笑んでくれたようにみえた。そして弾き始めたその演奏は素晴らしいという言葉では足りないほどに、観客の心を掴んだ。
一つ一つの音が美しく、人々の心に響いていく。
彼女は家柄も申し分なく、魔力も強い。加えてバイオリンの腕は一流で、魔力をこめて演奏するそれは誰にも真似できない唯一無二のものであった。
これは、と皆が思ったであろう。会場中がサンバリーナが王太子妃になる未来の姿を想像した。
そして演奏を終え、出場者が舞台に一列に並び、陛下が労いの言葉と最優秀者の名を読み上げた。
「サンバリーナ・ドルトン」
その瞬間、会場はワッと沸き上がったが、例の彼女が黙ってはいなかった。
エミリヤは癇癪を起こし、一歩前に出たサンバリーナに鬼の形相で近づいていった。