3.
あの事件があってから暫くは、両親は娘が声を失ったことに酷くショックを受けていたが、時の流れとともに現実を受け入れ、今まで以上に愛を注いでくれた。
宮廷魔導士のもとに通い、喉の状態を診てもらったこともあったが、原因不明、魔獣に襲われたショックによる精神的なものと言われてしまった。
そのまま10年経ち、私は王立学院で学生生活を送っていた。
私は声が出せない代わりに魔法で筆談出来るよう練習し、特に不便は感じていなかった。でもエレミヤという女の子が下げていた石の事を誰かに伝えようとすると、酷く息苦しくなり、魔法での筆談も、ペンを持って紙に書こうとしても思うように手が動かなくなり伝えることは出来なかった。アリアは最初こそ絶望したが、それでも前向きに明るさと優しさを失わずに成長していた。学院では友人にも恵まれ、あの日からルーク殿下にも気にかけてもらって仲良くしている。
今日はこれからその友人のお屋敷でお茶をする予定だ。
「アリア!よく来てくれたわね。さぁお掛けになって。
彼女はサンバリーナ・ドルトン。ドルトン公爵家の長女で王太子妃候補…つまりルーク殿下の婚約者候補で最有力の人だ。
《サンバリーナ様、お招き頂きありがとうございます。》
「もう、今日は2人だけのお茶会なんだから敬語は嫌よ」
《ふふっ分かったわ。》
それから他愛もない話をした後、サンバリーナが今度開かれる学院内の音楽会について話題を振った。
「ねぇ、アリアは出場しないの?声は出ないけれど、楽器も上手いじゃない。」
《とても出場するレベルじゃないわ。サンバリーナは出るのよね?バイオリンで。》
「えぇ。でもこの音楽会、両陛下もいらっしゃるそうよ。出場者は魔力の強い子か家柄のいい子よ。実質ルーク殿下の婚約者決めってことよね。嫌になっちゃう。」
そう、サンバリーナはルーク殿下のことを全くそういうふうには見ていないのだ。むしろ…
《ノア殿下の婚約者決めなら良かったわね》
その言葉にサンバリーナは顔がみるみる赤くなる。
「しーっしーっ!もう!言わないでよ!秘密なんだからっ」
《ごめんごめん。でもね、あなたが婚約者にならなければ…おそらくエミリヤ様が選ばれるわね…》
「子爵家でも、かなりの魔力持ちと噂よね、だってあの歌声だもの…。」
そう、あの事件の日以降、アリアは美しい歌声を失ったが、代わりに今度はエミリヤの歌声が周囲に持て囃されるほど評判になったのだ。
アリアは理解した、故意だったんだと。
魔獣もそうなのか分からないが、間違いなくエミリヤは自分の声を奪う目的で癒しの力を使うふりをし、石に声を取り込んだんだと。
もう恐らく戻りはしない、奪われた自分の声…。それを使って王太子の婚約者候補まで上り詰める彼女を恨む気持ちもある。だが諦めの方が強かった。だって誰にも真実を伝える術が無いのだから。
アリアの暗い顔を見てサンバリーナは問いかけた。
「ルーク殿下のこと、いいの?」
アリアは答えられなかった。歌声を褒めて笑ってくれたあの日から、ルークは特別だった。声を失ってからも手紙と見舞いの品をよく送ってくれた。学院に入ってからもアリアを見かける度に声をかけてくれて、楽しい時間を過ごさせて貰った。だからもう良いのかもしれない。嵌められた自分に落ち度があった。それで声を奪った彼女が王太子妃になっても、どれだけ理不尽でもそれが運命なのだろう。
《ルーク殿下が幸せなら、私はそれでいいの》