2.
「わぁ、素敵なバラ園!」
アリアは王家主催の茶会が催されている庭から少し外れた場所にあるバラ園まで歩いて来ていた。ちょうどベンチがあるので座ってひと休みする。そして歌うことが好きなアリアは1人で歌い出した。
その声はとても美しく、魔力を帯びた声は不思議な魅力を放ちながら周囲へ響いていく。
その声につられて1人の男の子がやって来た。
「なんて美しい声なんだ。」
男の子はアリアが歌い終わるまで待ってから声を掛けた。
「素晴らしい歌声だったよ。君は?」
「!!わ…私はアリアです…。」
「アリア…そうだ、母上が言っていたな。魔力が強く歌が上手い子がディスキン伯爵家にいるって。君がそうか。」
「恥ずかしいです…」
「素晴らしかったよ!また聞かせてね。僕はルーク。もうそろそろ茶会に行かないと。君も一緒に会場まで戻ろうよ。」
「ルーク…殿下⁈ しっ失礼しました。」
「ふふふ、構わないよ。初めて会ったんだから。」
照れるアリアの手をそっとルークがとり、一緒に歩き出そうとした時、2人の背後に犬のような魔獣が現れた。
「!!なぜここに魔獣が!?アリアっ逃げよう!走って!!」
「はっはい!」
しかし魔獣はアリアに飛びかかり、アリアは地面に倒されてしまった。
「アリア!くそ!」
咄嗟にルークが魔法を放ち、風の刃を魔獣目掛けて飛ばした。しかし威力が弱く、アリアはまだ魔獣に押さえつけられたままだ。
ーー私…このまま死ぬのかしら…
そう思った時、鋭い氷の槍が魔獣を貫きアリアを押さえつけていた力が一瞬でなくなり、魔獣は霧散して消滅した。ルークがアリアを抱え上げて心配そうに見つめて来た。
「アリア!大丈夫かい⁈」
氷の魔法は護衛の魔法騎士が放ったようで、大人たちが数人慌てて駆け寄ってくるのが見えた。きっとルーク殿下を探しに来た人達だろうと思っていると、それに紛れて1人の少女もアリアに近づいて来た。
「大丈夫ですか?私、回復の魔法が少し使えます。任せてください。」
「本当か、助かる!」
アリアは押さえつけられていただけで怪我はしていなかったが、魔獣に襲われたショックが大きく身体が重かった。とはいえ回復魔法をかけてもらうほどじゃないので断ろうとしたが、その女の子が首から下げている石に手を当てて、光を放ったかと思うと急に息が苦しくなってきた。
ーー喉が熱い…苦しい…
そう感じた次の瞬間、ふっと身体が軽くなり癒しの力を感じた。
「もう大丈夫ですよ。」
「ありがとう。君は…」
「エミリヤと申します。」
自分もお礼を言おうとアリアは口を開いたが、何故だか声が出てこない。言葉を出そうとするも、口がパクパク動いているだけだった。アリアは自分の喉に手を当てて声が出ない現実に顔がみるみる青ざめていった。
「どうしたんだい?アリア。」
「もしかしたらショックで声が出ないのかもしれません」
その様子をみたエミリヤが言った。アリアは彼女のその首から下げられている石に目をやると、自分と同じ魔力が閉じ込められているのを感じた。
ーーーまさか、私の声を奪ったのは…この石の力?だとしたらこの子は…わざと癒すふりをして私の声を?
だが周りの人は気づかない。これも石の力なのだろうか。ルーク殿下や大人達に訴えようにも声が出ず、騎士に呼ばれた陛下や両親たちに囲まれ、あっという間に馬車に乗せられ屋敷へ帰らされた。ルークとは言葉を交わすこともできないまま、お別れすることになった。
その騒動の端で、エミリヤは醜く笑っていたが、誰もそれに気付かなかった。