気前のよい男 Ⅱ
「イムシーダたちのグレンモアランまでの遠征や諸々の残務処理にはそれなりの時間は必要でしょう。すべてが完了し、王都に報告にいくまではここでのんびりと休暇。ということにしましょうか」
自称「気前が良すぎる男」アリスト・ブリターニャ。
先ほどはフィーネに阻まれ中断してしまったため、彼が改めておこなったその宣言。
それに続いたのはファーブだった。
「そうだな。もともと十日間の休暇を取るつもりだったのだからそれはいい提案だ。そして、せっかくだ。親不孝兄弟はこの機会にたっぷりと親孝行しろ。この俺を見習って」
もちろんそれは冗談と皮肉を混ぜ込んだささやかなアドバイスではあったのだが、相手にとっては余計なお世話以外のなにものでもない。
空返事をするか聞き流して終わり。
大概の場合、その言葉の扱いはその程度のものでしかない。
だが、それがファーブから兄弟剣士へのものとなれば話はまったく別なものとなる。
先ほどとは違う意味で彼には似合わぬそのセリフにはすぐさま相手からのお返しがやって来る。
「ふざけるな。親不孝の見本であるファーブにだけは言われたくない」
「まったくだ。他人に説教する前に、自分のおこないを深く反省しろ。そして泣きながら死ね」
言わなくてもよかった不似合いなセリフに、同じく言わなくていい盛大なお返し。
もうこうなれば止まらない。
「なんだと。ブランこそ馬鹿兄貴と一緒に小便を漏らしながら死ね」
「そういうファーブは糞尿に塗れて死ね」
「まったくだ。そして、死んだおまえを俺たちはおまえが愛してやまぬ牛や馬の糞尿で埋めてやる。もちろん最後に忘れずにブランとふたりで手向けとしておまえの死に顔に小便をたっぷりかけてやる。ありがたく思え」
「ふざけるな。この糞尿兄弟」
「それはこっちのセリフだ。糞尿勇者」
さらにこの後も三人の剣士の口からは文字にはできない様々な言葉が続々と飛び出し、それらに彩られた別の世界の小学生並みの恥ずかしい口喧嘩が続く。
「彼らを『勇者とその仲間』などと崇めるこの世界の人々だけではなく、三人によってあの世に送られた誇り高い魔族の戦士たちにだってこの様子は絶対に見せられませんね」
「まったくです。ついでに言わせていただければ、そこまで高い見識をお持ちなら、彼らの名誉、それからこの世とあの世の安寧を守るための重要な役割をあなたは十分に担えると思うのですが、いかがでしょうか?」
「なまじ関わると三人の馬鹿がうつるのでそれだけは遠慮しておきます。それに、皿に入った芋の数だけで大喧嘩する馬鹿な三人にとってこれはいつものこと。疲れるか、それとも語彙が底を尽くかすれば、黙っていてもやめるでしょうから放っておいても問題ありません。もっとも、この私をこれだけ待たせているのです。町に帰ってからのお仕置きは予定の十倍くらいは苛烈なものになりますが」
「はあ……」
口にした嘲りの言葉に乗じて助力を求めたものの、その相手である女性魔術師にあっさりとそれを断られた大国の第一王子は大きなため息をつく。
「……仕方がありませんね」
そう言って渋々「ブリターニャ王国の第一王子」という自らの地位にはまったくそぐわぬ、レベルの低い口喧嘩の仲裁という仕事に乗り出したアリストであった。