気前のよい男 Ⅰ
「チョット待ってください」
ラフギールを巡る騒動が一段落し、集結宣言を口にしたアリストの言葉を遮るように、強い口調で強引に割り込んできたのはその場にいる唯一の女性の声だった。
その女性フィーネの言葉はさらに続く。
「……王都を出発するとき、アリストがもっともらしい言い訳を口にしていたのでとりあえず引きましたが、そうであっても、たかだか百人程度の私兵を鎮圧するのに精鋭千人という数はあまりにも多すぎる。私はそう思っていました。もしかして、あの千人の兵とはそこまで考えて準備していたものなのですか?」
もちろん、フィーネはこの時点ですでにそうであることを爪の先ほども疑っておらず、実際にそうであったことはこの後すぐに相手の口から語られる。
「まあ、実を言えばそうなります。ついでにいえば、今回の騒動を鎮圧した褒美としてラフギールからグレンモアランまでの土地を私に与えられることが王から内々に伝えられています」
「と言うことは、あなたは私を騙したのですね」
「騙したというか、その部分を言い忘れただけで……」
言い忘れた。
もちろんこれはそれを口にした人物がアリストであるかぎりありえないことである。
そして、その言葉は当然のように火に油を注ぐ結果となる。
目を吊り上げたフィーネがもう一度口を開く。
「問答無用。あなたの個人的利益のために働いたのですから、私の手伝い賃の請求はそれ相応のものになることを覚悟しておきなさい」
「もちろんお望みのままにお支払いいたします。その点はご安心を……」
アリストはそう言ってフィーネの怒りをなんとか抑え込んだのだが、せっかくである。
その顛末についても語っておこう。
すべての残務処理が終わったあとにアリストがフィーネに支払った報酬。
それはアリストたちが強制的に幕を閉じさせた今回の茶番劇で最も早く出番が終わり望まぬ形で舞台を下りたアリリオ・ショーモアが所有していた広大な農地。
そのすべてだった。
それはフィーネが自らの報酬としてアリストに要求した「あなたが手に入れた土地の半分」に合致するものであった。
だが、この要求はさすがに大きすぎる。
その要求を聞いた誰もが心の中でそう口にした。
そして、実際のところ彼らの心の声はまちがったことを言ってはいない。
つまり、その要求は過大なもの。
それも相当な。
それにもかかわらず、フィーネからの理不尽ともいえるその要求をアリストが一銭たりとも値切ることなく笑顔で支払ったのにはもちろん理由がある。
まず、フィーネは日頃の言動を知る者にはやや意外に思えるのだが身内以外の者の目を過度に気にするところがある。
その自称博愛主義者であるフィーネが農場のオーナーとなれば、そこで働く小作人たちの待遇が格段によくなる。
さらに、彼女が所有する他の農場とその周辺で起こっていることを考えれば、ここで植えつけられることになる農作物は周辺全体に富をもたらすことは確実。
財布の紐が異常に硬いアリストとは思えぬ太っ腹ぶりにはそのような裏事情も隠されていた。
そして、その農地は翌年にはアリストの予想通り、いや、予想以上に豊かな実りを彼女にもたらすことになる。
当然フィーネは大喜びし、そこで働く農民たちも農場主から支払われた大金を手にしてお互いに満面の笑みを披露しあうことになるわけなのだが、もちろん浮かない顔をする者も幾人かは存在した。
そのなかのひとりが、他人には絶対に言えぬ理由を笑顔の裏側に隠し、快くフィーネにその土地を提供した、というより、してしまったあの男である。
「……少々気前が良すぎましたかね。いや。フィーネ相手につまらぬ策を弄したバツですね。これは」
本来は自らの領地なるはずだったその場所に広がる見事な光景を目にし、その男は苦笑しながらそう呟くことになる。