魔術師の述懐 Ⅱ
転移後、やってきた兵の大部分をあの場に残して、フィーネを含む三十人ほどの集団がその町に到着したとき町は異様な緊張に包まれていた。
ここを襲撃しようとする集団があることをエマに告げられていたところにそれらしい集団が現れたのだから当然である。
一応応戦の準備はしたものの、所詮素人の集まり。
抵抗は形だけのものでただ蹂躙されるだけ。
その覚悟をした。
だが、やってきたその集団のなかに住人がこの国の王族の中で唯一顔を知る者を見つけると、その緊張は一機に解ける。
ただし、長たる者、それをただ喜んでばかりはいられない。
なにしろ彼らでなければこの後本物の武装集団がやってくるのだから。
「アリスト殿下。わざわざお越しになったところ申しわけありませんが、まもなく不届き者がこの町にやってきます。騒動に巻き込まれぬよう早々にお引き取り願いたく……」
おそるおそるという音が聞こえてきそうなくらいに恐縮する村長アーロン・フォアグレンのその言葉は途中で途切れる。
この国の第一王子アリスト・ブリターニャが右手でそれを途中で遮ったのだ。
一瞬後、アリストの口が開く。
「ファーブたちから連絡は受けていますので事情はおおかた知っています。当然、私たちはこの町に来たのは偶然ではありません」
「この町を救いにきました」
「ありがとうございます。殿下」
そこから始まったフォアグレン村長の感謝の言葉は銀髪の女性を閉口させたが、立場上このようなことには慣れているアリストは何度も頷きながらそれを丁寧に聞く。
ようやくそれが終わったところでアリストが再び口を開く。
「それで三人はどうしました?」
「出かけました。昨日」
「出かけた?」
「はい」
背後から聞こえる「あらあら」という嘲りの成分が濃い女性の声に、心の中で激しく同意しながらアリストは確認のためさらに言葉を続ける。
「なるほど。ちなみに迎撃に出かけたのは三人だけですか?」
「娘も同行すると言ったのですが、三人だけで十分だと……」
「なるほど」
まず浮かんだその言葉を飲み込んだアリストは実に無難な言葉を口にした。
もちろんここを何度も訪れているアリストはその娘の剣技のほどは知っている。
軽いが、その鋭さと技術は並みの剣士に劣るものではない。
だが、その彼女でさえ今の彼らとは歩調を合わせて戦うことができない。
つまり、彼らにとって彼女は足手まとい。
そもそも相手は彼女の手を借りなければならぬほどのものではないと彼らが考えているのはあきらか。
アリストはすべての状況を把握し、予定していた策を微調整し終わると、口を開く。
「……相手が現れるのは早くても二日後。もちろん私たちが来たからにはこの町で狼藉者たちが暴れまわることなどありえませんのでどうぞご安心を」
「ありがとうございます。ところで、殿下はこれからどうされますか?」
「明後日の朝に出かけて彼らのもとに向かいます。それまでは……せっかく来たのですから、ここで皆さんとゆっくり……」
「そんな悠長なことを言っていないですぐにマロたちを追ってください」
王子と村長の会話に背後から強引に割り込んできた声の主。
それはアリストを見つけると大急ぎで駆け寄ってきた少年と間違えそうな容姿をした年頃の娘だった。
「エ、エマ。殿下に対する失礼は許さぬぞ」
慌てた娘の父親でもある村長アーロン・フォアグレンが彼女を押さえつけようとするが、それを払いのけたその娘の剣幕は止まらない。
女性らしさの欠片もない平らな胸を張って怒鳴り散らす。
「いいえ。ここは言わせてもらいます。殿下が何を根拠に二日後などと言っているのかは知りませんが、それで間に合わなくなったらどうするのですか?彼らはあなたの従者なのでしょう。主ならもう少し従者を大切に思ってください」
「……アリストの従者。……いいですね。従者という言葉。まあ、下僕のほうが彼らにはふさわしいですし、甚振りがいもあるのですが」
背後から聞こえるなにやら怪しげな香りのする呟きを聞こえなかったことにしたアリストはその少女エマ・フォアグレンが何を焦っているかも当然わかっている。
アリストは小さく頷きながら黙ってエマの熱弁に聞くが、当然それをよしとしない者もいる。
「あなた。この国の第一王子に対してその言葉は無礼でしょう」
王子と村長との会話に割り込んだ、口論というには一方的なそのやりとりに、さらに割り込んで入ってきたのはエマとそう歳が変わらぬ女性だった。
大好きな兄上に無礼を働いたあなたを絶対に許しません。
その少女の顔にはそう書いてあった。
だが、王族という兄と自身の立場というものもある。
さすがにダイレクトにそうとは言えず、どうにか形式を整えた言葉で相手を非難したわけなのだが、すでに勢いがついている言われた方はその程度の言葉では止まれるはずがない。
当然のように睨みつける。
大好きなマロを救うための自分と王子との大事な交渉に割り込んだ邪魔者でしかないその女性を。
「誰ですか?あなたは」
「私はホリー・ブリターニャ。この国の王女です」
「そうですか。ですが、今の私にはあなたごときと話している暇はありません。黙っていてください」
「な、なんですか。ごときとは」
「はいはい。そこまで」
大局的にみれば非常に小さい出来事ではあるが、彼女たちにとっては非常に重要ことであるその諍い。
いや。
その内容からはもう乙女の戦いといってもよいそこに割って入ったのは、さきほど「従者」という言葉に過剰に反応していたこの場にいるもうひとりの女性だった。