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魔術師の述懐 Ⅰ

 ラフギールでの騒動に表面上の決着がついたときから遡ること数日。


 いつもどおりの朝を迎えたブリターニャ王国の都サイレンセスト。


 「王者の門」という名のとおり、王族以外の者は特別な場合を除けば利用できない王都と外の世界を繋ぐ五つの門のひとつを警備する兵たちの視線は一点に集中していた。


 長い銀髪。

 品がある美しい顔。

 さらに異性を引き付けるためだけにあるような優雅な曲線を描くフォルム。

 そのすべてが魅力的な女性が彼らの視線の先にあるものだった。


 ただし、彼女はそれらとは相反するものをひとつ身に着けていた。

 まるで彼らの好意のすべてを拒絶するために存在しているような腰に差された細身の剣がそれである。


「……最近王都で人気の吟遊詩人の歌に登場する勇者と旅をする『銀髪の魔女』そっくりだ」

「きっと本物もこのようなものなのだろうな」

「いや。吟遊詩人は常に事実を誇張している。見た目だけならこちらの方が上なのは疑いない」

「それで誰なのだろうな?あの女騎士は」

「あの場にいるのだ。関係者には間違いないが……」

「護衛だろう。女性ということはおそらく王女殿下の……」

「なるほど。だが、殿下と離れて護衛の仕事になるのか?」

「知らん」


 城外の広場に集まる大集団からひとりだけ離れて立つ、白で統一された、装飾は少ないがどう見ても戦闘向きではない衣装に身を包むその女性自身には聞こえないように小声で話す兵士たち。


 もちろん彼らは知らない。

 彼女こそ、その「銀髪の魔女」なのだということを。


 フィーネ。

 正しくはフィーネ・デ・フィラリオという名のその女性。

 現在彼女は自分を挟んで城門と反対側で整然と作業する大集団に目をやりながら大量の不機嫌オーラをまき散らしていた。


「アリスト」


 集団から離れ、自分のもとにやってくるこの国の第一王子アリスト・ブリターニャを見つけると、彼女はたっぷりと溜まったその不機嫌さを詰め込んだ声でその男の名を呼んだ。


「尋ねます。私はいつからブリターニャの傭兵になったのですか?」


 その男の名に続いてフィーネの口から問いという形で流れ出たその言葉はもちろん最高級の嫌味である。

 だが、それとともに、それは当然来るべきものだともいえる。

 なにしろアリストの後ろに控えているのはとても少数とはいえない数の完全武装の兵たちだったのだから。


「まあ、そう言わずに」


 だが、詰問に近い言葉でフィーネにそう尋ねられたアリストは怒ることも臆することもなく笑顔のままで口を開く。


「彼らについて一応説明しておけば、ここにいる大部分は将来私が軍を率いなければいけなくなったときにともに戦う兵士となります。よく訓練されていますし十分に優秀ですよ」

「それはよろしいことで」


 微妙ではあるが、とりあえず肯定の側にあるその言葉をフィーネは口にする。

 だが、それはあくまで言葉だけのもの。

 その表情は和らぐことはない。


 アリストはフィーネが不機嫌になっているもうひとつの理由についても言葉をつけ加えることにした。


「今回彼女がここにいるのは、戦闘とはどのようなものかを見せるという意味で私が連れてきたもので、決して彼女自身のお遊びや気まぐれとかそのような類のものが理由ではありません」


 そこまで言ったところでアリストは振り返り、男だけの集団の中で浮きまくっているその人物の様子を確かめ、それからすぐに不機嫌の権化と化しているフィーネに視線を戻すと会話を再開する。


「もちろん、身を持ってそれを知るような危ない場所に、戦場で戦うだけの心得を持たないホリーを引き出すというわけではありません。その点はご安心を」

「……いいでしょう」


 一瞬の数十倍ほどの時間が過ぎてから口にしたその言葉によってようやく二段階ほど不機嫌の度合いが下がったものの、笑顔というまではまだ程遠い表情のフィーネが再び口を開く。


「彼女がここにいる理由はわかりました。ですが、ファーブたちを迎えに行くついでにおこなう田舎で起きた小さな私闘の仲裁と言いながら、正式に軍を動かす。これでは内乱の鎮圧ではありませんか。その私闘とやらがどの程度の規模なのかは知りませんが、軍を動かしたのならわざわざ私を呼び出す必要はない。というよりも、他国の人間である私をそのようなものに巻き込むべきではないと思いますが」

「おっしゃるとおり」


 アリストはその言葉とともに大きく頷く。

 フィーネの言葉はまさに正論であり、その正しさも明白だ。

 もちろんその程度のことは彼女に指摘されるまでもなくアリストも十分に認識している。

 だが、それでもあえてそうした理由を説明するためアリストが口を開く。


「まずこの兵の数はこちらにいらぬ損害を出さずに勝つための手段です。ただし、この数を頼りにただ戦うだけであるのなら、たしかにあなたを呼ぶ必要はありません。ですが、こうしてあなたに来ていただいた。当然それはその必要があったからというになります」


「至急彼らを現地に連れていかねばならないのです。そうなれば当然移動手段は転移魔法となります。ですが、これだけの兵を一度に転移させるにはそれ相応の魔術師が必要となります。ところが……」


 最後まで言葉を語ることなく説明を終了させたアリスト。

 その彼がもっとも言いたかった残りの部分は何か?


 言うまでもない。

 たとえ第一王子の要請であっても有能な魔術師の不足に悩むブリターニャには田舎の私闘ごときにそれだけの魔術師を割く余裕も意志もないということだ。

 もちろん魔術師であるアリスト自身がそれを補えば済むことだし、アリストの能力を考えれば単独でそれをおこなうことだって容易い。

 だが、第一王子という彼の肩書とアルフレッド・ブリターニャの悪夢がそこに立ちはだかる。

 自身が魔術師であることを知らぬ多くの者の前で安易に魔法を使えばどうなるのかなど火を見るよりもあきらか。

 そう。

 公的には魔法とは無縁な存在ということになっているアリストは魔法を封印せざるを得ないのだ。

 そこで、自分の代わりに魔法の行使をお願いしたい。

 たとえ形ばかりのものであっても。


 フィーネは心の中で言葉を補いアリストの意図のすべてを理解すると、薄く笑い、そのまま口を開く。


「わかりました。では、一点貸しということにしておき協力することにしましょうか。せっかく身支度してきたことでもありますし、仕方なくということで」


 ……やる気満々のその姿でそう言われても誰も信じませんよ。


 アリストが薄く笑う。


「ありがとうございます。ですが、その請求書はファーブたちに回してください」


「……ファーブたち?」


 アリストの口から突如漏れた勇者の名に、その同僚でもあるその女性は少しではあるが困惑する。


「どういうことなのですか?」


 その言葉の意味するところが理解できないフィーネの問いにアリストが答える。


「これから向かうラフギールという町はファーブたちの故郷となります。そして、彼からの手紙によれば近くに住むアルトナハラというある子爵の一族に属する領主がまもなくラフギールを襲撃してくるとのこと」


「そういうことであれば、その処理は彼らに任せておけばいいでしょう。田舎貴族の私兵ごとき何百人来ようがあの戦闘狂たちの敵ではないでしょうに……」


 そこまで言ったところでフィーネはすぐに自らの言葉を否定した。


 ……そんなことはアリストだってわかっている。

 ……おそらくファーブたちは爵位持ちの貴族に連なる者が関わる案件ということで、後日揉め事に巻き込まれたくないようにアリストを呼び出したのでしょう。

 ……ですが、もしそれだけならいくら完璧主義のアリストでもこれだけの兵を準備するだけではなく、まして私まで呼び出すはずがありません。ということは、彼らが相手にするアルトナハラなる者は、アリストが急いで救援に向かわなければならぬほどの力を持っているということになります。

 ……ですが、田舎貴族が抱える私兵ごときの何が彼らの障害になるというのですか?


 笑みを浮かべながら自分からの言葉を待つ目の前の男を眺めながらフィーネはもう一度考え始めるが、その正解に辿り着くのにそれほど時間は必要なかった。


 ……まあ、頭脳はともかく、剣に関しては当代最高級であることはまちがいない彼らが苦戦する理由などひとつしかないのですが。


 その場にいない者たちへの嘲りを込めた笑みを浮かべたフィーネが口を開く。


「魔術師ですか」


 唐突に思えるフィーネの短い言葉。

 それが的の中心を射抜いたことを示すようにアリストは頷く。

 それに続いてアリストは言葉を紡ぐ。


「アルトナハラ領とファーブたちの故郷ラフギールの間には別の貴族の領地があります。それで、王都にいるその一族の長にあたる者に聞いたところ、どうやらアルトナハラは最近になって複数の魔術師を抱えた。そして、直後に起きた諍いによってそこの領主はアルトナハラに敗れ、財産のすべてを失ったそうです」


 フィーネが小さく頷き肯定したのは、もちろん相手が魔術師を抱えているという部分についてである。

 続いて彼女の言葉が投げれ出す。


「数は?」

「情報が正しければ五人。ただし、それが最高の数字となります。そして。さらに重要なのはその技量はそれほど高くありません。ですが、剣士にとって魔術師は天敵のようなもの。ファーブたちでも戦い方を工夫しないと苦戦するでしょうね」

「なるほど。魔術師についてはわかりました。それでこの多数の兵士は?」

「相手の総数は百人から百五十人。そして、おそらくファーブたちは相手に魔術師がいることを想定していない」


「そうなれば相手は数で押し込んでくると読んで、やってくる方向のどこかで待ち構えるという策を採ることでしょう。もちろん三人で。そうなれば転移魔法を使用されたら当然裏はがら空きになります」


 自分たちが魔術師相手に苦戦しているファーブたちを救援に行き、町の守りはかき集めたこの兵士たちにやらせる。

 実戦演習がてら。しかも、賊を討つという高揚感を持てる仕事。

 そして、おそらく戦場に出るのは初めてとなるブラコン王女は安全な場所で本当の戦いとやらを見学する。


 ……一石二鳥。もしかしたら、三鳥かもしれませんね。


 黒い笑みを浮かべたフィーネの口が開く。


「いかにも彼ららしい間の抜けた読みです。これはお仕置きものですね」

「まあ、それについては私の口からはなんとも言えません。ですが、お仕置きをするにしても、それは彼らだけではなく町に住む彼らの家族も無事でいることがその前提となります」

「わかりました。そういうことなら急がないといけませんね」


 その言葉とともにフィーネは大集団の方に歩みを進める。

 当然その集団の視線はどこまでも目立つ存在である彼女に集中する。

 もちろんそれがフィーネの狙いだ。

 そして、これ見よがしに天を指した彼女の右手には拳より少しだけ長い杖が現れる。


 自らの後ろに控えるこの国の第一王子に一瞬だけ目をやったフィーネはその場にいる男性全員を虜にするような美しい笑みを含んでから口を開く。


「では、皆さん。いきましょう。正義のために」


 ……まあ、私はその場所に行ったことがないので、実際に転移魔法を展開させるのはアリストなのですが。


 それから、ほんの少しだけ時間が過ぎたラフギール近くの草原。

 そこに彼らの姿があった。


「では、手はず通りに……」


 到着すると、アリストは部隊をふたつにわける。


 ひとつはここに布陣する部隊で、アリストの護衛隊長でこの部隊の指揮官でもあるアイアース・イムシーダが指揮をする。

 やってきた者の大部分はこちらに属する。


 そして、もうひとつがアリストとフィーネとともに町に向かう部隊。

 ふたりに同行するアリストの妹ホリー・ブリターニャの護衛隊がその主力となる。


「では、町に行きましょうか」


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