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第8話 ジュエルオレンジとアナグマさん

 オネゲル村から旅立った俺達は、村から見えなくなったところで街道を離れて西の魔獣の森へと向かうことにした。


 ルート的にはオネゲル村がある森の北側から南西に入りぐるりと魔獣の森の一周した後、霊峰ぺストーチカを目指すことになる。


 強化魔法と隠蔽魔法を重ねがけした俺達は、モンスターだらけの森の中を楽々進んでいく。


『今日は餌付けをしませんのね』

『ここら辺は強めのモンスターが出る場所だからな。モンスターフードの在庫にも限りがあるし、今回は諦めることにする』


 あの時は王都から離れることになるなんて夢にも思っていなかったからな。

 モニカの前で調子に乗って大盤振る舞いしすぎたぜ。


 俺はお手製の地図を片手に魔獣の森の採取ポイントを巡ることにした。

 今回は金策だから小物の類は無視するべきだな。



 お昼頃になって、俺達はようやく最初の採取ポイントまで辿り着いた。

 そこは小さな果樹園のようになっており、枝には光り輝く果物が生い茂っていた。


「もしかしてこれは全部、ジュエルオレンジの木ですの!?」

「今は春だから時期的にはギリギリだな。まだ残っていてくれて助かったよ」

「早速、わたくしが採取して参りますわ!」


 俺はジュエルオレンジの木に向かって飛び出そうとするモニカの首根っこを掴んで抑えた。


「ぐえっ、いきなりなにをなさいますの!?」

「勝手に飛び出すな。木の根元をよく見ろよ」


 俺が指差した先には白い骨のようなものがゴロゴロと転がっていた。

 希少価値が高いアイテムには必ず相応の理由があるものだ。


「ひっ! ま、まさか……」

「ジュエルオレンジの木の近くには必ずジュエルビーの巣があるんだ。だから採取を行う前に、まずは連中の目をそらさないといけない」


 俺はマジックバッグから酒瓶と大皿を取り出すと、地面に置いた大皿に瓶の中身をすべて注いだ。


 モニカを連れて少し離れた場所まで移動して待っていると、木の方からブーンと羽音を立てながら光り輝く小型犬サイズの蜂が飛んできた。

 蜂は大皿に注がれた酒に気付くと、大皿に近寄ってぺろりと舐めてから木の方へ戻っていった。


 遠くからブブブブブという沢山の羽音が近付いてくる。

 すぐに大皿の上にきらきらと輝く蜂の山が作られた。


『ジュエルオレンジの果汁で作った酒だ。これで連中が酔っ払っている隙にあらかた採取させて頂こうってわけ』

『一匹だけなら綺麗でも、これだけ居ると気持ち悪いですわ……』

『気持ちは分かる』


 しばらく待つと、酒を飲み干したジュエルビー達が大皿の周りでふらふらと歩き出した。


「もう十分だろう。モニカ、そろそろ採取に行くぞ」

「隠蔽魔法は使わなくても大丈夫ですの?」

「必要以上に恐れても意味はないさ」


 尻込みするモニカを無視した俺は、ふらふらと歩くジュエルビーの真横を通り過ぎるとジュエルオレンジの木を思い切り揺さぶった。


 地面にぱらぱらと落ちてきた果実同士がぶつかってガチャガチャと音を立てる。

 宝石みたいな硬さをしたジュエルオレンジの外皮はちょっとしたことでは傷つかないから、雑に扱っても大丈夫だ。


「一個10万イェンはするジュエルオレンジがこんなに……。じゅるり」


 おっかなびっくりこちらにやってきたモニカが、落ちていたジュエルオレンジを拾い上げてよだれを垂らした。


「野菜不足でビタミンが足りなくなると困るし、何個かはデザートに食べようか」

「いいんですの?」

「ああ。酔いが冷めるまで時間もないから、手早く拾ってここから離れるぞ」

「ええ、わたくしにお任せくださいまし!」


 俺は気合十分なモニカにマジックバッグから取り出したカゴを押し付けると、隣のジュエルオレンジの木を揺らして果実を落とした。


 こうして30分ほどで十分な採取を済ませた俺達は、ジュエルオレンジの果樹園を後にしたのだった。



 近くの小川まで移動した俺達は、適当な岩に腰掛けて昼食を取ることにした。

 村を出る時に婆さんから貰ったサンドイッチにモニカが大口を開けてかぶりつく。


 俺はその隣でサンドイッチを口に咥えながら、岩の上に置いたジュエルオレンジにタガネを当ててその尻にコンとカナヅチを打ち付けた。

 パキンと音を立ててジュエルオレンジが二つに割れる。


 ジュエルオレンジの果肉はゼリー状になっていて、半円になった外皮の中でぷるぷると震えていた。

 俺はその片割れの上にスプーンを乗せてモニカに差し出す。

 

「ほら、お前の分だ」

「嬉しいですわ。わたくしはこれが大好物ですの」

「さっすがお嬢様、普段からいいもの食ってんだな」

「いいえ、わたくしもこういったものは特別な日にしか食べませんの。そうでなければ舌が肥えすぎて大変なことになってしまいますから」

「そのグルメに懸ける情熱はどこからくるんだよ」

「ふふふ。わたくし、サブローの手料理には期待しておりますわ……」


 口ぶりからして、どうやらモニカは料理ができないようだった。

 俺はそういうの得意だから別にいいけどね。

 娯楽が少ないこの異世界じゃ、料理も立派な娯楽の一つだ。


「サブロー、ちょっとお昼寝してもよろしいでしょうか?」


 食事を終えて満腹になったモニカはごろりと平らな大岩の上に横になった。


「お前、寝相が最悪なんだからそんなところで寝たら川に落ちるぞ」

「さ、最悪……!?」

「知らぬは仏ばかりなりってか。早く起きろ、置いて行くぞ」


 俺は岩の上に転がるモニカを置いて歩き出した。

 それを見てすぐに岩から起き上がったモニカが俺の背中を追い掛ける。


「サブロー、わたくしを一人にしないでくださいまし!」

「俺はもう一人になりたい……」

「わたくしはあなたの永年奴隷ですのよ! そんなこと言わないで欲しいですわ!」


 俺達が立ち去った後の岩の上には、宝石のように光り輝く二つの殻だけが残されていた。



 その日の夜、いくつかの採取スポットを巡って採取を済ませた俺達はオオアナグマの巣穴の前でキャンプをしていた。


 小さなロケットストーブの上にフライパンを置き、その上に新鮮なバターを落とすとふんわりとした甘いミルクの香りが立ち昇った。

 その上に昼に仕込んでおいた自作の天然酵母を使ったパン種を詰めて蓋をする。


「よし、これでいいだろう」


 パンが焼けるのを待っている間に、俺はモンスターフードを作ることにした。

 マジックバッグから傘の開き切ったマナマッシュルームが入ったカゴと大鍋、大鍋と同じくらいのサイズがある小型の錬金釜を取り出して地面に並べる。


「サブロー、何をしておりますの?」


 丸太に腰掛けて暇そうにしていたモニカが興味津々な様子で尋ねてきた。

 俺はまな板で刻んだマナマッシュルームを触媒液で満たした錬金釜に流し込みながら答える。


「モンスターフードに必要不可欠な調味料を作っているんだ。モニカはマナマッシュルームの使い道を知っているか?」

「それはもちろん、マナを回復させるマナポーションですわね」

「他には?」

「回復ポーションや解毒ポーションなど各種ポーションの下地……って、調味料?」


 俺はお玉みたいな形をした錬金棒でぐるぐるぐるぐる中の液体を攪拌しながら錬金魔法を発動。

 有効成分が抜けたマナマッシュルームの残骸をお玉で掬い取って捨てる。


「都市部で促成栽培されたマナマッシュルームや傘の開いたマナマッシュルームにはある種の毒性があるのは常識だが、それは苦み成分と結びついたマナが人体では吸収できずに拒絶反応を起こすのが原因だ。ここまではいいな?」

「ええ、市販の下級ポーションがゲロまずなのはそのせいですわね」

「そう、ゲロまず……。それでな、この苦マナはモンスターにとって害はないんだ。むしろ成長を促進する効果がある」


 苦マナは傘の開いたマナマッシュルームに多量に含有されているが、そのままでは超不味いので野生のモンスターすら食べたがらない。

 だからこうして成分だけを分離してやる必要があるというわけだ。


「そうなんですの? 聞いたことありませんわね」

「錬金術の教本でもただの劇物扱いだし、知っている人は少ないだろう」


 大鍋に張った布で一度濾した抽出液を錬金釜に戻して、再び錬金魔法を発動。

 すると水分が蒸発して、サラサラの白い粉が残った。

 漏斗を使って空き瓶に移した後、蓋をしてモニカに振って見せる。


「これがマナ調味料、マナの素だ。これを錬金調理の際に適量加えると……ほら、モンスターまっしぐらのモンスターフードの出来上がりだ」


 錬金釜に計量した小麦粉、バター、砂糖、そしてマナの素を加え、秘蔵のレシピブックを開いて錬金魔法を発動。

 ピカッと光って錬金クッキーが完成した。


「美味しそうな香りですわね、味見してもよろしいこと?」

「夕飯前だから一枚だけな。言っておくが人間状態では食うなよ、腹を下すから」

「分かっておりますわ、変装!」


 ボン、と白い煙に包まれたモニカは服を着たケットシーのミーコちゃんに変身し、二つの肉球で大事に持ったクッキーをかぷりと齧った。


「にゃぁ~ん」


『なんて素晴らしいこと、頬っぺたが落っこちてしまいそうですわ~』


 頬っぺたに肉球を当ててくねくねと身をくねらせるモニカを横目に、クリーンを掛けた空き缶に量産した錬金クッキーを入れていると、火にかけたフライパンから立ち昇るバターの甘い匂いに釣られたオオアナグマがのそのそと巣穴から這い出てきた。


「おっ、出てきたな。おはようさん」


 ヒグマサイズのでかいオオアナグマに錬金クッキーを放ってやると、ぱくりと口で受け取ったオオアナグマはボリボリと咀嚼しながら俺の隣にやってきた。


 Cランクモンスターのオオアナグマは夜行性でとても綺麗好きな生態をしている。

 どれくらい綺麗好きかというと、寝床の草を毎日新しいものに変えるくらいだ。


 クリーンを使える魔法使いかメイド辺りのジョブをパーティーに加えておくと割と簡単にテイムできるので、初心者テイマーにもお勧めのモンスターと言えよう。

 住んでいる場所が魔獣の森の深層だから高ランク冒険者の護衛は必須だけどな。


「クリーン!」

「ガルルルル……」


 鼻先を脇腹に擦りつけて催促されたのでクリーンを掛けてやると、オオアナグマは嬉しそうな鳴き声を上げて縄張りの散歩に出かけていった。


「さて、そろそろ夕飯にしようか」

「待ってましたわ!」


 フライパンの蓋を開けてこんがりと焼き上がったパンにナイフを入れると、中から溶けたチーズがドロリと零れてきた。

 二つに切り分けたパンの片方を火傷しないよう紙に包んでモニカに差し出す。


「なんてこと、頬っぺたが落ちてしまいそうですわ~」

「お前、そればっかりだな……」


 夕飯を終えた俺達はランタンを片手にオオアナグマの巣穴に侵入した。

 宿賃代わりにクリーンで巣穴の中を綺麗に掃除し、寝床の草に潜り込む。


「今日は沢山歩いて疲れましたわ。おやすみなさいまし、サブロー……」

「おやすみ、モニカ」


 寝る時はこっそり自分だけに強化魔法を掛けておく。

 これが俺の考えた、唯一のモニカ対策である。

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