第3話 副団長カインを騙せ!
すっかり日が落ちて夜の闇に支配される中、俺は「獣魔の友」のクランホームの扉をバンと蹴り開けた。
「カチコミじゃあー!」
俺がそう叫びながらクランホームに飛び込むと、中の広間ではクランメンバー達が集まって豪勢な夕食を取っていた。
彼らの周囲にはメイド服を着た見目麗しい女性が十人ばかり侍っている。
「ああーん? サブローじゃねえかよぉー?」
「なんだぁー?」
こいつら、完全に出来上がってやがる……!
団長が留守にしているからっていくらなんでもはっちゃけ過ぎじゃないか!?
「サブロー、なにしにきやがった。お前はもうここのクランメンバーじゃないだろうがよぉー」
メイドを両脇に侍らせながら、べろんべろんに酔っ払ったカインがワイン瓶を片手に俺に問いかけてくる。
「こいつを見てもそう言えるかな……!」
俺の後ろからスッと服を着たケットシーが姿を現した。
ミーコちゃんに化けたサウスモニカ・ファランドールである。
「こいつが俺のテイムモンスターのモニカだ!」
「にゃあん」
「おいおい、額にテイムモンスターの証がないじゃないか。サブロー、お前どこから攫ってきたんだよぉ」
そんなものは想定内だ。
俺の華麗な言い訳を聞かせてやるぜ。
「俺のモンスターとの絆はジョブの枠さえ超えるんだよ!」
「それは無理がありすぎるだろぉー」
「てめぇ言ったよな、俺を追放したのはモンスターをテイムしてねぇからだってな! これで俺も今日から魔法使い兼テイマーだ! 今すぐ除名処分を取り消して貰おうか!」
俺の言葉にカインはうーんと頭を悩ませ始めた。
ちょっと待て、そこで冷静になられても困るんだが。
「そこまで言うなら見せて貰おうじゃないか、二人の絆とやらをよぉー」
立ち上がったカインはワインをラッパ飲みすると俺に一つの条件を突きつけた。
「今すぐそのケットシーに片手倒立をして貰おうじゃないか!」
モンスターってのは通常は人間の言葉を解さない。
テイマーのジョブに就いた者がモンスターをテイムして主従の魂を繋げることで、初めて完全な意思の疎通が可能になるのだ。
だから仕込みじゃできないようなことをさせて、俺達の絆がテイマーを超えているという話が嘘じゃないってことを確かめようってわけだ。
これは決してただの宴会の余興などではない……と思いたい。
「フッ、そんなことか。やれ! モニカ!」
『お前、ケットシーだし楽勝だよな?』
実は永年契約もテイマーと似たような仕組みになっていたらしく、俺達は主従の魂の繋がりを利用して意思の疎通ができるようになっていた。
『そ、そんなこと言われましてもわたくし運動は苦手ですの!』
『そういうのはもっと早く言え!』
一向に動こうとしないモニカに痺れを切らしたカインは俺に煽ってきた。
「どうした? 全然言う事聞いてないじゃないか。やっぱりサブローにはテイマーは無理だったようだなぁー」
「くっ……」
万事休すだ。
この状況、どうやって切り抜けるべきか。
『わ、わたくしも女ですわ! やってやりますわ!』
「にゃん!」
ついにモニカが動き出した。
地面に両前足をついてすっと逆立ちをする。
「モニカ、お前……!」
「なにっ!?」
よく見ると身体がぷるぷると震えている。
俺達は固唾を飲んでモニカの勇姿を見届ける。
「後ちょっとだ……頑張れモニカ!」
そっとモニカが左前足を地面から離した。
ワッとクランホーム中に歓声が広がる。
「まさか本当にできるとは……見直したぞサブロー」
「お前こそララライいちのテイマーだ!」
「俺が悪かった。キューティちゃんとの仲を認めよう……!」
ちなみにキューティちゃんとは彼がテイムしているグリフォンのことである。
よっしゃ、俺達の勝ちだ!
S級テイマークランを追放された俺の相棒は詐欺師令嬢!?〜以下略~完!
『も、もう持ちませんわ……あっ』
ゴテンと床に転がったモニカからボンと白い煙が広がった。
そして煙の中から現れたのは金髪青目縦ロールの美少女奴隷だった。
カインがワインの瓶を片手に俺に詰問する。
「サブローくぅん? これは一体どういうことかな?」
「こ、これはだな……」
畜生、後ちょっとだったってのによう。
滝のような汗を流しながら、俺はモニカに念話でコンタクトを取った。
『逃げるぞモニカ!』
『分かりましたわ!』
俺達はダッと反転してクランホームから飛び出した。
「今のは一体なんだったんだ?」
「さぁ……」
「まあいいや、さっさと飲み直そうぜぇー」
このクランホームには酔っ払いしか残されていなかったのであった。
クランホームを飛び出した俺達は夜道を歩きながら先ほどの反省会をしていた。
空中には俺が作り出した魔法の照明が浮かんでいる。
「はぁ、結構いいところまで行ったんだがなぁ」
「何事も経験ですわね。わたくしは少し自信がつきましたわ」
一応、片手倒立そのものは成功からな。
調子に乗ってすぐにやめさせなかった俺が悪いのだ。
一度リハーサルしておけば良かったとチョピーリ後悔。
「あいつらの美味そうな晩飯見てたら腹が減ってきた。モニカ、とりあえずどっかに飯でも食いに行こうぜ」
「いいですわね、せっかくですからわたくしの行きつけの酒場に案内いたしますわ」
こいつ、お嬢様のくせにやけにアクティブだな。
そんなことばかりしているから隠していたジョブがバレたんじゃないか?
俺はモニカに連れられて裏通りにある一軒の酒場までやってきた。
どうやらここは宿屋もやっているようだ。
もう夜遅いけど、部屋空いてるといいなぁ。
「女将さん! いつもの二つ!」
扉を押し開けて店内に入ったモニカが常連ぶっていつものオーダーをした。
配膳をしていたおばちゃんがこちらを見て怪訝な顔をする。
「あんた、初めて見る顔だけどどこか別の店と勘違いしていないかい?」
「うっ、普段は変装していたことを忘れていましたわ……」
「ほらメニュー、好きなものを注文しな」
俺はおばちゃんからメニュー表を渡された。
パラパラと開くが、やたらと料理の数が多くてどれがどれだか分からない。
「おいモニカ、いつものってどれだよ?」
「えーとですわね、このクレアおばさんの贅沢シチューが最高に美味しいのですわ」
「じゃあこの贅沢シチュー二人前お願いします」
「あんた! シチュー二つ!」
「あいよー!」
俺達は空いていた適当な席に座って一息付いた。
「あー、明日からどうすっかなー」
「どうって、サブローは冒険者なのでしょう? わたくしはクエストに行くのがいいと思いますわ」
「まあそうなんだけど、これから先ずっと宿暮らしじゃ出費が多くて参っちゃうよ。どうにかしてチョピーリのところに泊めて貰えないかな」
「わたくしも流石にそれはどうかと思いますわ」
「でも、なんか二人とも仲良さそうだったじゃん」
「そこはほら、お父様の力で……」
「そうだよ、それこそお父様に頼れたりしないのか? この国の宰相なんだろう?」
「それができたら奴隷などせずに最初から実家で暮らしていますわ」
「だよね……」
俺達が話しているとおばちゃんがお盆に料理を載せてこちらにやってきた。
でかい皿にたっぷりと盛られたビーフシチュー。
その隣の皿には柔らかそうな大きなパンが二つも乗っている。
「はいよ、シチュー二人前!」
「これこれ、これを待っていたのですわ!」
「確かに、こいつは美味そうだ……」
おっと、料理に気を取られて大事なことを忘れていた。
俺は配膳を終えて立ち去るおばちゃんを呼び止めた。
「女将さん、一晩泊まりたいんだが今日は部屋は空いてないか?」
「ああ、空いているよ。……やっぱり駄目、永年奴隷なんて泊めたら部屋のクリーニングにいくら掛かると思ってるんだい。別の宿を探すんだね」
あのさぁ、血で汚す前提なのやめてくれない?
「わたくしは誓ってそのようなことはしませんわ!」
「みんな最初はそう言うのさ。諦めることだね」
おばちゃんはそう言って離れて行ってしまった。
「永年奴隷主人差別が過ぎるぜ……」
本当はモニカの首にある奴隷の刻印を隠せたらいいんだけどなぁ。
奴隷の証を隠すのはこの国の法に反する行いだからできない。
バレたら今度は俺が奴隷落ちしちまうよ。
仕方がないので俺は目の前のシチューをスプーンですくって口に運んだ。
「美味い……」
「今日のシチューは涙の味がしますわ……」
今夜は野宿決定だ。
飯を食い終えた俺達はお代を支払って酒場を出た。
そして五分後再び入店する。
「おばちゃん、宿空いてる?」
「あんたまたきたのかい? ダメダメ……なんだいそのケットシーは」
俺はケットシーに化けたモニカを連れていた。
「なにって俺のテイムモンスターだけど。ここはテイマーお断りなわけ?」
「さっきの奴隷はどうしたんだい?」
「奴隷? 俺がここにくるのは今回が初めてなんだけど」
「あんたねぇ……」
俺は魔法使いのサブローではない。
新人テイマーのジローである。
俺が混じりけのない透明な眼差しで見つめているとおばちゃんはため息をついた。
「はぁ、確かに永年奴隷は連れていないようだね。一泊だけ泊めてやるから、もうくるんじゃないよ」
「ありがとう、女将さん!」
「にゃぁん」
俺はお代を支払っておばちゃんから部屋のカギを受け取った。
借りた部屋は三階の奥の突き当たりの部屋だった。
扉を開くと部屋の中には簡素な寝台が一つだけ置かれていた。
俺が部屋の扉を閉じると、ボンと白い煙を上げてモニカが元の姿に戻った。
「なんとかなりましたわね。やはり変装して正解でしたわ」
「今度から宿に泊まる時はこれで行くしかないな」
そう言うと俺はおもむろに服を脱ぎ始めた。
クエスト帰りだからな、身を清めないと寝ている間に身体が痒くなってしまう。
元日本人の俺としてはその辺りは徹底しなければ気が済まないのだ。
「わ、わたくしがいくら美しいとはいえそんないきなり……ああお父様ごめんなさい。わたくし今夜、大人になりますわ……」
「誰がするか!」
俺は女には困っていないんだよ。
本当は今日だってピンク街の「ケモケモぱらだいす」でかわいいねーちゃんとしっぽり楽しむ予定だったんだ。
いくら顔面が良かったとしても、命を懸けてまでポンコツ令嬢を襲う必要はない。
俺はモニカのパパに心の底から恐怖していた。
「おいモニカ、口開けろ」
「そんな、お口でご奉仕なんて恥ずかしいですわ」
こいつの脳内は一体どうなっているんだよ。
「いいから、あーって言え」
「あーーー」
「クリーン!」
俺が生活魔法のクリーンを発動すると、モニカの全身が光の泡で包まれた。
泡が消え去ると、服と全身をピカピカに磨き上げられたモニカが姿を現した。
「まるで本職並みのクリーンですわ。サブローは本当に魔法使いなのでしょうか?」
「腐ってもS級クランのメンバーだったんだ。これくらいのことは余裕でできるさ」
もちろんこれにはタネがある。
俺の隠しているチートスキルだからこいつにはまだ教えないがな。
俺は自分の身体と脱いだ服にクリーンを掛けると、ベッドに横になった。
モニカには悪いが、パンツ一丁で寝るのが俺のスタイルなのである。
「ほら、明日も早いんだからさっさと寝るぞ」
「でも、殿方と同衾なんて……」
「恥ずかしいならミーコちゃんに化けてもいいぞ。いやむしろその方が俺は嬉しい」
俺は重度のケモナーだった。
「何やら邪な気配を感じますわ……」
「気のせいだ」
結局、二人で背中合わせに同衾することとなった。
真っ暗な闇の中に、身じろぎで布が擦れる音だけが響く。
しばらくしてから俺が寝ていることを確認したモニカは独り言を言い始めた。
「わたくし、奴隷商館にいた頃は不安な日々を過ごしていましたの。だってそうでしょう? ぶくぶくに太った悪い貴族の奴隷にされてあんなことやこんなことをされると、ずっとそう思っていましたもの」
「……」
「だからわたくしはあなたが主人となると知った時、とても嬉しい気持ちになったのですわ。口は悪いですが、あの第二王子なんかよりもよほどいい男でしたもの」
「……」
「わたくしはあなたの永年奴隷ですわ。ですからわたくしはこれからあなただけを愛して生きていこうと思っておりますの。それはいけないことでしょうか?」
「……」
「おやすみなさい。サブロー……」
モニカは俺を背中からぎゅっと抱きしめた。
俺はこれからどうしたらいいんだよ……。
寝たふりをしていた俺は気まずい夜を過ごすことになるのであった。