第23話 森の魔女に会いに行こう
腹の肉に蓄えた脂肪を揺らしながら帰っていくリーロン・デジールの背中を窓越しに見送った俺達は、隠蔽魔法を解除して応接室の中に姿を現した。
「お疲れ様、ノルノーラ。よく頑張りましたわね」
「別に、慣れてるから……」
モニカに頭を撫でられたノルノーラは満更でもなさそうな顔をしている。
「アレと毎月顔を合わせるのは確かに面倒だよな。鉱山の方も落ち着いたし、そろそろ先のことを考えてもいい頃合いじゃないか?」
俺はリーロンが座っていたソファに念入りにクリーンを掛けてから腰を下ろした。
バトラとメイアはリーロンの見送りに行ったので今はいない。
「わたくしの方では、特にこれといった案は浮かんでおりませんわね。新しい産業を興すことを考えると、どうしても他とぶつかってしまいますし……サブローには何か腹案がございまして?」
「コレでいくのが一番手っ取り早いと思うんだが、どうだ?」
俺はお手製のモンスターフードが入った缶をテーブルの上に置いた。
「うえ、それ不味いやつ……」
ノルノーラは顔をしかめてベロを出した。
マナ調味料マシマシのモンスターフードは人間の食に耐えられる代物ではないのである。
「お前、俺が部屋に置いてあったモンスターフード盗み食いしたのか?」
「だって……いい匂い、したから……」
恐らく、それは俺達がここにやってきてから数日間のうちに起きた出来事だろう。
今でこそ毎日のおやつにメイアの焼き菓子が供されているが、それ以前は金欠過ぎて砂糖すらろくに買えない状態だったからな。
「わたくしは十分にアリだと思いますけど、それで本当によろしいのかしら。副団長さんにあなたの所在が割れてしまうのではなくって?」
人間で唯一、サブロー特製モンスターフードの美味しさを知っているモニカの問いに、俺は人さし指で自分のこめかみをグリグリしながら答えた。
「いい加減、人目を気にする生活がウザったく感じてきたんだ。こうなったらカインの野郎とはいっぺん、白黒つけにゃあ気が済まないぜ」
「サブロー、暴力はいけませんことよ」
「それくらい分かってらぁ。穏便に、優しくあいつの心をへし折ってやる……」
「一体、何を企んでいるのやら。きっとろくでもないことに違いありませんわ」
「テイマーなら誰しもが望む、素晴らしいことさ」
俺がモニカ達とモンスターフード販売計画を練っていると、リーロンの見送りに出ていたバトラとメイアが戻ってきた。
「皆様、ただいま戻りました!」
「メイア、リーロンから何か変なことはされておりませんか?」
「台所にあった甘味を根こそぎ取られたくらいです。これまでみたいに、無理矢理作らされたお菓子を目の前で見せびらかすように食べられるよりは全然マシですね!」
「あれは、拷問……」
その姿は俺の脳内でも容易に再現できた。
スケールは非常に小さいが、確かに効率的かつ効果的な嫌がらせだ。
何より、リーロン自身にはデメリットが一切ない。
いや、それは言い過ぎか。
彼の生活習慣病リスクは確実に上がっている。
「そうだバトラ、頼みたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか、サブロー様」
俺は先ほどまで話していたモンスターフード販売計画をバトラ達にも共有した。
しかし二人とも、あまり乗り気な感じではなかった。
「えぇー、それってちょっと難しくないですか?」
「本当にそんな方法で……? いえ、サブロー様のことを疑っているわけではありませんが」
「もちろん必要な資金は俺が出すつもりだ。ダメで元々、いっぺんやってみようぜ」
「そういうことでしたら……微力ながら、お手伝いさせて頂きます」
「じゃあ、そういうことでよろしく」
材料の仕入れはバトラにお願いするとして、他に必要なのは缶詰容器の発注かな。
これはガガンの鍛冶場で働いている見習いに頼めば安く上がるはずだ。
おっと、一番大事なことを忘れていた。
「商品を試作する前に、隠し味の素材を手に入れないといけないか。モニカ、これからちょっと出掛けるぞ」
「南の森に行くつもりですわね。せっかくの機会ですから、気分転換がてらノルノーラも一緒に連れて行きましょう」
「やった……!」
図らずも午後の自由時間を手に入れたノルノーラは、小さな手でグッとガッツポーズをしたのだった。
そういうわけでモニカとノルノーラを屋敷から連れ出した俺は、二人をコロの背中に乗せてトルサードの街の南にある森までやってきた。
背の高い無数の木々が立ち並ぶ森は非常に見通しが良く、専業の木こりと植物魔法使いによってしっかりと管理がされているのが見て分かる。
野生のモンスターの姿もぽつぽつとあるが、みなコロを恐れて近付きもしない。
そんな森の中の小道をしばらく進んでいると、木の柵に囲われた広い敷地が見えてきた。
「ここがノルノーラの師匠が住んでいるという錬金工房か。なんか怪しげな魔女でも住んでいそうな感じだな」
「実際……魔女みたいな歳……」
丸太小屋のそばには薬草畑があり、小さな獣舎からは森エルフが騎獣としてよく使うフォレストディアの角が覗いている。
「そんなことを言って、お仕置きされても知りませんことよ」
「今はわたしの方が……偉いし……」
コロの背から降りたノルノーラが柵を開けて敷地内に入ると、コロの耳がピクリと動いた。
きっと何かしらの防犯魔法具が作動したのだろう。
それを証明するように、ノルノーラが呼び鈴を鳴らすよりも先に玄関の扉が開いて金髪のエルフ女性が顔を出した。
「あれま、誰かと思えばノルノーラじゃない。後ろの子はお友達?」
「そう……」
「お初にお目にかかります、モリー様。ノルノーラの友人のサウスモニカと申します。それと、こちらがわたくしの主人のジローですわ」
「どうも」
「ああ、あの……うちの子から話は聞いているわ。何もないところだけどね、ゆっくりしていってちょうだい」
俺達はコロを玄関先の適当な場所で待たせて丸太小屋に上がり込んだ。
丸太小屋の中は領主館の工房をそのまんま広くしたような感じだった。
天井の梁から乾燥した薬草や根っこが紐で吊るされているのが大きな違いかな。
「どうぞこちらにお座りになって、すぐにお茶を出しますからね」
おばあちゃんの匂いがするソファに腰を落ち着けて、部屋を見渡す。
大きな錬金釜の前では、モリーによく似た年若いエルフの少女が錬金釜に突っ込んだ長い棒を必死にぐるぐると回していた。
彼女はフォレストディアに乗って領主館までマナマッシュルームの配達に来ていた、ノルノーラの妹弟子のメアリーだ。
モリーの親戚で、いわゆるところの錬金術士見習いである。
「あと少し……あうっ!?」
最後の工程に失敗したのか、錬金釜からぼふんと黒煙が上がった。
反動で床に尻もちをついたメアリーに、モリーが慌てて駆け寄り介抱する。
「メアリー、怪我はありませんか?」
「また失敗しちゃった……。ごめんなさい、モリー先生」
「皆さんが遊びに来てくださいましたからね、続きはまた今度にしましょう。ほら、こちらにいらっしゃい」
鼻声でべそをかくメアリーをノルノーラに預けたモリーは、部屋の隅の台所に向かってお茶の用意を始めた。
漂ってくるのは、リンゴとバターの焼ける香ばしくも甘い香りだ。
「メアリー……勉強は、どう……?」
「全然ダメです、ノルノーラさま。こんなへたっぴで、本当に一人前の錬金術士になれるのかなぁ」
「わたしも、昔はそうだったから……ジョブをくれた、神様を信じて……」
モニカは二人のやり取りを、そばでニコニコしながら眺めていた。
俺? 俺はソファの端で置き物になってるよ。
なんだか周りが女の子ばっかりで疎外感感じちゃうね。




