第22話 招かれざる来訪者
トルサードにやってきてから三週間が過ぎたその日、俺は真っ昼間から仕事もせずに街中の広場でベンチに寝転がって空を眺めていた。
近くからは、教会学校帰りの子供達がコロに群がってキャイキャイと騒ぐ声が聞こえてくる。
以前はあれほど怖がっていたというのに、子供の順応性には驚かされるな。
「今日もいい天気だなぁ……」
俺は先ほどまで家庭教師モニカによるノルノーラの領主教育を観察していたのだが、モニカに「そんなに暇なら冒険者ギルドでも行って稼いできなさい」と言われて屋敷から追い出されてしまったのである。
この街にも一応冒険者ギルドはあるのだが、近場の森には低級モンスターしか生息していない以上、駆け出しレベルのしょっぱい依頼しかないからやるだけ損だ。
採取クエストとかも地元民の貴重な収入源を奪うことになるのでNG。
そもそも偽名で再登録したせいでE級だし、ピンハネ5割だし、捜索掲示板には未だにサブローの似顔絵が貼られているしで、他所の街への遠征も身バレリスクが高くなるだけ。
もう十分に働いたわけだし、しばらくサボったってバチは当たらないと思う。
俺はボーっと空に流れる雲を眺めながら、これまでのことをつらつらと考える。
ババルの日記に描かれていた謎の足跡について一通り調べたものの、結果として何かしらのモンスターの骨格だということしか分からなかった。
例の事件に死霊使いが関与している可能性が深まったくらいだろう。
とりあえずトルサードの教会在住の司祭に集めた情報は流しておいたから、後は教会の方で何とかするんじゃないかな。
ぶっちゃけ、国中を飛び回って犯人を探すなんて面倒極まりない。
こういうことはやりたい人間にやらせておけばそれでいいのだ。
そうそう、鉱山の現状についても振り返っておこう。
俺は毎日のようにガガン達に同行して、坑道のモンスター退治に勤しんでいた。
ただしそれは先週までの話で、他所の鉱山に出稼ぎに行っていた専業鉱夫がボチボチ帰ってくるようになってからは護衛を依頼されることは一切なくなった。
元々ガガン達は副業で鉱夫をしていたのであって、わざわざ採りに行かなくても必要な資材が安価で手に入るならそれで十分だからだ。
今はむさくるしい男達(おおよそ元鉱山奴隷、人間7割獣人3割)がババルシチューをエネルギー源に坑道へ潜っている感じだな。
何度か彼らの戦い方を見る機会があったが、「岩砕き」などの対無機物系モンスター特攻スキルを豊富に揃えた鉱夫で組まれたパーティーはかなりの安定感があった。
餅は餅屋、鉱山には鉱夫のジョブが一番だ。
現状、西カイデン鉱山の稼働率は以前の2割程度しかないが、それでも領内で必要な分の鉱物資源を確保できるようになったのは大きな成果だった。
閉山から一年、日用品の高騰は領民の財布に結構なダメージが入っていたからな。
ガガンを代表する街の鍛冶屋となればそれはもう大忙しで、街外れの鍛冶場には夜遅くまで炉の明かりが灯っている。
来週にはルセリエ子爵に頼んでいた鉱山奴隷が届くというし、そうなれば鉱山稼働率は4割程度まで回復するだろう。
数年もあれば投資分の回収は終わるそうだから、そこから先は丸儲けだ。
まぁ、俺の懐には一銭も入らないんだけどな!
「ああ、いたいた! ジローさん!」
聞き覚えのある声で名前を呼ばれた俺は、起き上がって伸びをした。
目を向けると、そこには胸に手を当てて息を整えている黒髪の青年――トルサード自警団の団員ポールが立っていた。
「よう、ポール。何かあったのか?」
トルサード自警団は、借金による資金難が原因で解雇されたトルサード男爵家の従者達が立ち上げた治安維持組織だ。
いわゆるところのボランティア団体である。
村の延長線上にあるこの田舎街ではトラブルが起こることなんてそうそうないが、とある理由があって街の入口で検問を行う門番を必要としていた。
「さっき、デジールの奴らが来たんだ。だからケニーさんが……」
ケニーはトルサード自警団の団長のことだ。
俺達が最初にこの街にやってきた時に出会った壮年の男性だな。
冒険者上がりの爺さんで、引退前は先々代領主の護衛を務めていたらしい。
「分かった、今すぐ屋敷に戻るよ。コロ!」
「ウォン!」
ブルブルと身を震わせて纏わりついていた子供達を払い落としたコロは、ぴょーんとひとっ飛びしてベンチの横に着地した。
「じゃあ、またなー」
コロの背に跨って子供達に手を振った俺は、高台にある領主館に向かって全速力でコロを走らせた。
ノロノロと坂道を進む貴族用の馬車から見えない裏道から領主館に先回りしたコロは、高い塀を飛び越えて屋敷の裏庭にダイナミック帰宅した。
俺はそのまま、高くジャンプしたコロの背から二階のベランダに飛び移る。
コロを獣舎に帰らせてコンコンとガラス窓をノックすると、閉じられていたカーテンがシャッと開いた。
「あなた、こんなところで何をなさっておりますの?」
ガラス越しにモニカは怪訝な顔をする。
「ポールから伝言、借金取りが来たってさ」
万年筆を握り締めて執務机に向かっていたノルノーラは、俺の言葉を聞いてがっくりと項垂れた。
「そろそろやってくると思っておりましたわ。すぐに支度をさせましょう」
窓の鍵を開けたモニカは、執務机に置かれていた呼び鈴を鳴らした。
廊下の方からパタパタと足音が聞こえて、開いた扉からメイアが顔を出す。
「ノルノーラ様、呼びました?」
「メイア、『これからリーロン・デジールがやってきます』とバトラに伝えなさい」
「はいっ!」
たたたっと廊下を駆け出したメイアを見送った俺達は、急いで来客応対の準備を始めた。
それから少し後、一階の応接室にはノルノーラとバトラの姿があった。
テーブルを挟んで向かいのソファにふんぞり返っているのは、パツンパツンの貴族服を着ている太った男—―隣領のデジール男爵家の跡継ぎ、リーロン・デジールだ。
「相変わらずみすぼらしい屋敷だ。貴族として恥ずかしくないのか、ウン?」
リーロンが嫌味を言うと、ノルノーラは俯いて下を見ながらぼそりと呟いた。
「誰のせいだと、思って……」
「当然、全て貴様の父親のせいだ。つまらん博打で死におって、おかげで僕ちゃんの縁談がパァではないか」
「嘘、縁談なんてない……」
「貴様が学園で過ごしている間、誰一人として婚約の申し出をしなかっただろう? それが答えだ。ま、仮に娶っても貴様は第二夫人だがな。ぶへへへへ……」
なんともまあ、醜い笑い声だ。
『なんかこいつ、モニカが変装して見せた時より太ってない?』
『わたくしの変装スキルは最後に見た相手の状態を参照するようですから、およそ半年前の姿になりますわね。リーロンは学園を卒業して以降、よほど怠惰に過ごしていたのでしょう』
俺とモニカは隠蔽魔法で姿を隠し、部屋の隅で様子を観察しながら念話でやり取りをしていた。
窓から見える、門の外に止まった馬車の周囲には護衛らしき若い男達の姿。
あいつらはリーロンの取り巻きだそうだが、揃いも揃って性格のひん曲がってそうな面をしている。
「リーロン様、そこまでにして頂けませんか」
ソファの後ろに立っているバトラの苦言をリーロンは鼻で笑って無視した。
彼はテーブルの皿に盛られていたメイア特製クイニーアマンを丸ごと口に放り込んでモグモグと咀嚼すると、熱い紅茶で胃袋に流し込んだ。
「げぇぷ、トルサード領など早く取り潰されてしまえばいい。そうすれば借金奴隷落ちしたメイアを僕ちゃん専属の菓子焼きメイドに出来るのだからな。元より貴様は、存在そのものがメイアのおまけに過ぎないのだ」
「それはそれで、ムカつく……」
リーロン・デジール……食欲の権化過ぎる。
「リーロン様、こちらが今月の分になります。ご確認ください」
タイミングを見計らって、バトラがテーブルの上に10枚の金貨を積み上げた。
デジール男爵家に対する借金は利子込みで1億2000万イェンの10年払いなので、しめて100万イェンとなる。
教会を通して年一で返済するのが普通なのだが、わざわざ毎月やってくるのは借金の取り立てを名目にメイアの菓子を食べに来ているのだろう。
こいつ、トルサードの街を出禁にされているからな。
「神の名の下に、デジール男爵家の名代が確かに100万イェンを受け取った」
リーロンが宣言すると、ノルノーラの眼前に半透明の契約書が浮かび上がった。
神官を交えた契約魔法による契約が履行された証だ。
「残り、1億イェン……」
「チビでグズのノルノーラ、僕ちゃんの為にせいぜい努力することだ。ぶへ、ぶへへへへ……」
油塗れの手で掴み取った金貨を懐に仕舞ったリーロンは、クイニーアマンを皿ごと脇に抱えて醜い笑い声を上げながら帰っていったのだった。




