第20話 これからの展望
カイデン鉱山の坑道に巣食っていたエルダーリッチを討伐した翌日。
朝早くに起きた俺は、大きなあくびをしながら領主館の廊下を歩いていた。
「ふあぁ~、モニカが居ないとこんなに快眠出来るんだな。ノルノーラ様々だぜ」
漂ってくる甘い香りに誘われて食堂に顔を出すと、簡素な木のテーブルの前には領主館の住人が勢揃いしていた。
いの一番に、メイアが大きな声で挨拶してくる。
「おはようございます、サブロー様!」
「おはようさん。朝飯、頼むわ」
「はい、お任せください!」
メイアは笑顔で席を立つと、土間のようになっている台所に向かった。
俺は適当に、空いていたバトラの隣の席に腰を下ろした。
その向かいの席にはモニカとノルノーラが座っている。
「おはようございます、サブロー。今日も元気そうですわね」
「まあな。で、そこの眠り姫さんは?」
「えと……その……」
麦のミルク粥を食べていたノルノーラは、木さじを手に口ごもった。
もじゃもじゃとした黒髪を背に流した小柄な少女は、モニカと同い年とは思えないほどに幼い容姿をしている。
どうもドワーフの血を引いているらしいが、耳は人間だし丸顔ってわけでもない。
モノホンの合法ロリだな、合法ロリ。
こんなちんちくりんを好きになる男はクソみたいなロリコン野郎に違いない。
「サブロー様。ノルノーラ様はとても人見知りな方ですので、ご無体なことはおっしゃらないようお願い致します」
試しに聞いてみただけなのに、バトラに苦言を言われてしまった。
ちょっと過保護過ぎやしないか?
「まぁ、俺のことは気にしないでモニカとよろしくやってくれ」
「えと……はい……」
気まずい空気を打ち破るように、メイアの元気な声が食堂に響く。
「お待たせしました! おかわりもあるのでたっぷり食べてくださいね!」
「ああ、ありがとう」
メイアが俺の分のミルク粥を大きな木のお椀に入れて持ってきたのだ。
湯気と一緒に立ち昇る甘い香りに、寝起きで空っぽの胃袋がぐうと鳴る。
俺は早速、添えられていた木のさじですくって口に運んだ。
昨日も同じものを食べたが、塩だけの素朴な味付けが田舎飯って感じで悪くない。
きっとミルクの鮮度がいいんだろうな。
グラノーラ派の俺としてはもうちょっと彩りが欲しいところだが、今しばらくの間は我慢するとしよう。
「ところでサブロー、あなたはこれからどうするおつもりですの?」
黙々と腹を満たしている俺に、一足先に食事を終えたモニカが尋ねてくる。
「それは仕事の話か? それとも金の話か?」
「その両方ですわ。わたくしはひとまず、バトラの仕事を手伝いながらノルノーラに領地経営のいろはを教えようと思っておりますの」
「一応聞くが、経験は?」
「十五になる前に家の者より一通り仕込まれておりますので、お気になさらず」
かなり自信があるようだし、その言葉は信用しても良さそうだ。
「いずれ婿を取るにしても、家令に内政を任せきりというのは良くありませんから。バトラに何かあれば、それこそ一巻の終わりですわ」
やる気満々のモニカとは対照的に、ノルノーラはしょんぼりと肩を落としていた。
勉強はそれほど得意ではなさそうである。
「でも……ポーション……」
「複数人で手伝えば、それほどの労力は掛からないはずですわ。勉強時間を捻出する為にも、これからはもっと効率よく行きますわよ」
俺も色々と手伝わされることになりそうだ。
それはそれとして、俺からも仕事の話をするべきだろう。
「俺とコロはしばらくの間、ガガン達と鉱山に通うつもりなんだが……」
「それはいつまでですの?」
「鉱山経営が軌道に乗って、新しい鉱山奴隷を雇うまでだな」
「結構、大変ではありませんこと?」
「マナジオードは空振りに終わっちまったが、他にもアテはあるだろ?」
「そうなのですか、サブロー様」
俺が人差し指と親指でマネーマークを作ると、バトラが食い気味に尋ねてきた。
「俺達はここに来る前に、モニカの伝手で会ったルセリエ子爵にレア素材の売却を頼んであるんだ。それが全部売れたら……億くらいは行くだろう」
「一億イェン! サブロー様10人分ですね!」
「サブロー算するのやめてくれる?」
何の為にモニカの偽装スキルで茶髪に染めているのか分からなくなってくる。
言い忘れていたが、俺はさすらいの冒険者ジローだ。
指名手配中のイケメン魔法使いサブローとは縁もゆかりもないテイマーである。
「借金返済の足しにと思っておりましたが、確かに投資に使うのが一番ですわね。後ほどわたくしの方で、ノーマンおじ様宛てに手紙を認めておきましょう」
「本当に、なんとお礼を言っていいのやら……」
「他ならぬノルノーラの為ですもの。この程度、安いものですわ!」
モニカは隣のノルノーラにぎゅっと抱き着いた。
言うても金を出すのは俺なんだが……。
まぁ、必要以上の金に執着するような人間じゃないから別にいいんだけどね。
「それじゃ、そんな感じでよろしく。他の金策は追々考えていくとして……メイア、お代わり頼めるか?」
「はいっ!」
俺の差し出した空っぽのお椀を笑顔で受け取ったメイアは、いそいそと小走りで台所に向かっていったのだった。
それから二時間後、俺はコロを連れて西カイデン鉱山の坑道内を探索していた。
同道するのは、ガガンに加えて三人のドワーフ達。
右から順に宝飾職人のジジル、細工職人のブライ、石工職人のドンガだ。
例の事件で専業鉱夫(無機物系モンスター特攻スキルがある鉱夫のジョブに就いている者のこと)の半数が命を落とし、残りの半数もここ一年のうちに他所の鉱山に出稼ぎ、あるいは引っ越してしまっていた。
だから現在このトルサードの街に残っているのは、いわゆる生産系のジョブで手に職持っている副業鉱夫だけなのだ。
彼らは元々、ここで働いていた鉱山奴隷に道中の護衛を頼んで探鉱に励んでいたわけだが、その奴隷は閉山に伴い借金の足しにする為に売り払ってしまっている。
かといって、冒険者ギルドに依頼すると足が出てしまうからな。
そういうわけで、俺が代わりに護衛を担当することになった。
もちろんタダではなく、鉱山奴隷のレンタル料くらいは貰うつもりだ。
普段の採取よりは稼げないだろうが、そこはレベル上げと割り切るとしよう。
「参ったな、もうマジックバッグが一杯になってしまったぞ」
というわけで坑道内を探索していたわけだが、数時間も経たないうちにガガン達のマジックバッグはコロの倒したモンスター素材で埋め尽くされてしまった。
「い、一年も放置していたから。し、しばらくはこのままかも」
臆病なブライはぶっとい指先をモジモジさせている。
「いくら安物とはいえ、大切な鉱物資源を無駄にすることは許されん。今日はこの辺りにして帰るべきだろう」
「むうん、致し方がないか」
真面目なドンガの言葉に、神経質なジジルは不満げな表情を浮かべた。
宝飾職人のジジルは原石の採掘が出来なければ仕事にならないからである。
「せっかく付き合わせたのに、悪いな」
「構わん、お前達の実力は十分に分かったからな。またの機会に頼むとしよう」
全員の了承が取れたので、俺達はUターンして帰路についた。
特にアクシデントもなく坑道の外まで脱出したところで、俺は異変に気付いた。
鉱山前の休憩所の広場で煮炊きをしている女性の姿が見えたのだ。
「ババラだ……」
ジジルは露骨に嫌そうな顔をした。
「知り合い?」
「彼女は――」
「やあっと帰ってきたね! 待っていたよ!」
ガガンの声に被せるように大きく声を張り上げたドワーフのおばさんは、大股でのしのしとこちらの方に歩いてきた。
……なんかでかくないか?
遠くからだと普通のドワーフに見えていたが、近付くと明らかにでかい。
最低でも身長2mはあるぞ。
「お仕事ご苦労さん。さあさあ、出すもん出して貰おうか」
震える手で背負っていたマジックバッグを差し出すガガン達の姿を、俺はただただ黙って眺めていることしか出来なかった。
だって、この人めっちゃ強そうで怖いんだもん……。




