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第19話 聖女サウスモニカ

 やはりと言っていいか、一年も放置した坑道の中はモンスターで一杯だった。

 ロックゴーレムやアイロンワーム、ブロンズバットといった無機物系モンスターが縄張りに侵入してきた俺達に襲い掛かってくる。


「やれ、コロ!」

「ウォン!」


 鋭い爪が鉄の大虫を切り裂き、大きな牙が青銅の蝙蝠を食い千切り、尻尾の薙ぎ払いが岩石人形を吹き飛ばす。

 入ってすぐ襲ってきたモンスター達をコロはあっという間にやっつけてくれた。


「お、思ったよりも強いな……」


 ガガンはツルハシを両手に、ちょっと引いた様子だった。


「まぁな、俺のコロは最強だぜ」


 ひしゃげた金属と石くれの残骸があちこちに散乱する中、悠々と戻ってきたコロの脇の辺りをわしわしと撫でてやる。


「ところでサブロー、いつものモンスター愛護精神はどこへ行きましたの?」

「こういうマナ溜まりで生まれる自然発生型のモンスターは自我を持たないからな。テイム歴があるハグレとか、あるいは長い年月を生きていたら話は別だが……」


 俺達が普段食べている家畜の肉だって元はといえばモンスターだし、自分だけよければそれでいい過激派ヴィーガンみたいな綺麗事を言うつもりはない。


 親しくなれるなら親しくなるし、そうでなければ距離を取る。

 それでもどうしようもない状況になったら、覚悟を決めて戦う。

 それが命を取り合う相手に対する礼儀というものだろう。


「要するに、ここのモンスターは対象外ということでよろしいのかしら?」

「そうだな。ぶっちゃけ可愛くないし、ゴブリンと一緒だ」

「ぶっちゃけましたわね、このケモナー男」

「モニカ、今からでもミーコちゃんに化けない?」


 無言の蹴りが脛に刺さる。

 なんか今日はずっと不機嫌だな……生理か?


「そろそろ先に進んでもいいか?」

「どうぞ、お構いなく」


 アリの巣のように地中に張り巡らされた坑道の中を俺達はひたすら進んでいく。

 手元に地図などは一切なく、ガガンがいなければ一瞬で迷子になること必至だ。



 進んでは止まり、止まっては進む。

 コロが倒したモンスターの群れが10を超えて数えなくなった辺りで、不意にガガンは立ち止まった。


「この脇道の向こうに(くだん)のマナジオードがあるはずだ。注意してくれ」

「いよいよですわね……」


 モニカはごくりと生唾を飲む。

 ガガンの話では、この通路の先の空間にエルダーリッチは留まっているという。

 まるで門番でもしているかのように。


 暗い闇を見ていると、冷たい地下の空気が更に冷え込んだ気がする。

 ……気のせいだろうか。


「怯えていても仕方がない。行くぞ」


 全員に強化魔法を掛け直した俺は、手のひらの上に光魔法の照明を浮かべながら脇道に踏み込んだ。

 30mほどだろうか、右にカーブした道を進むと開けた場所に出た。


 俺達は入口の壁に沿って、そっと中を覗き込む。

 奥の壁、青白く発光する岩盤によって薄ぼんやりと照らされた小空間の中央。

 マナジオードを背に浮かぶ、ボロボロのローブを着た骸骨の姿が目に留まった。


「いた、間違いなくエルダーリッチだ」


 過去に読んだモンスター図鑑には多彩な魔法を操ると書いてあったが、正直なところ何をしてくるか分からない。


「サブロー、どうしますの?」

「まず俺とコロが一当てする。もしダメそうなら、プランBで」

「了解ですわ。気を付けてくださいまし」

「まぁ、任せてくれ」


 ガガンとモニカを入口に残し、俺はコロと一緒に堂々と小空間に姿を現した。

 石のように固まっていたエルダーリッチは足音に気付き、がらんどうの眼孔から向けられた視線が俺を射抜いた。


「よう、何を大事に守っているんだ? 俺にも見せてくれよ」


 エルダーリッチはカタカタと笑うように顎を噛み合わせると、骨格だけの手のひらを俺に向けた。

 生成された暗黒エネルギー球がぎゅるぎゅるとチャージされ、勢いよく放たれる。


「危ねぇ!」


 軽いステップで躱すと、ゴツゴツした岩床がジュッと音を立てて溶けた。

 直視した死の予感にひやりと背筋が冷える。


「やるしかねぇな……ホーリーライト!」


 お返しに神聖魔法を叩き込むと、エルダーリッチは両腕で頭を庇うように守った。

 それなりに効いてはいるようだが、致命傷にはならずか。

 続けて二発、三発と打ち込むも、急に効かなくなる。


「コロ!」

「ウォン!」


 両手を上に上げて何かヤバそうな魔法を詠唱しているエルダーリッチにコロが飛び掛かるが、見えない壁に衝突したかのように弾かれた。

 やはり、何らかの障壁を張っている。


 そばに着地したコロの背に跨り、いつでも対応できるよう結界魔法を待機させて警戒していると、詠唱が終わったのか天井からボタボタと何かが落ちてきた。


「死霊魔法か……!」


 作業着を着たミイラは次々と起き上がり、ゆっくりとこちらに迫ってくる。

 恐らくは鉱夫の成れの果てだろう。


 エルダーリッチは愉快そうにカタカタと顎を噛み合わせ、再び両手を上に上げる。

 死者を冒涜して、盾にして、優雅に次なる大魔法の準備かよ。


「そんな、お前達……!」

「いけませんわっ、ガガンさん!」


 黙って見ていられなかったガガンが、入口から小空間に飛び込んできた。

 その背中を慌ててモニカが追う。


「モニカ、プランBだ!」

「くっ……変装ですわ!」


 ぼふんと白煙が噴き出し、中から飛び出したのは豪奢な聖衣を纏った老齢の女性。

 ララライ王国の教会を束ねる教皇ラーナに化けたモニカは、カンペを手に神聖魔法の詠唱に入った。


「天にいまし神よ、我が願いを聞き届け――」


 モニカの足元から巻き上がる神々しいマナの光に、鉱夫ミイラとついでにガガンの動きがピタリと止まる。

 エルダーリッチは大魔法の詠唱を止め、自身の周囲に無数の暗黒の矢を浮かべた。


「させんよ!」


 俺の騎乗したコロはモニカの前で盾となり、放たれたダークアローレインを結界魔法で弾き返した。

 ギリギリまで待機させておいて、正解だったな。


「—―邪悪なる者を裁き給え。ジャッジメントレイ!」


 しゃがれた老婆のようなモニカの叫び声とともに眩い光が小空間を埋め尽くした。

 薄眼を開けて庇った腕越しに見た光景は、声にならない悲鳴を上げて蒸発するように消滅していくエルダーリッチの姿だった。


 光が収まると、そこには蘇ったアンデッドの数の衣服だけが散らばっていた。

 ぼふんと白煙を上げて元のお嬢様に戻ったモニカが地面に膝をついてうずくまる。


「モニカ、大丈夫か!?」


 コロの背中から飛び降りた俺は、慌てて彼女に駆け寄って介抱した。


「はっ、はっ、はっ……」


 呼吸が荒い、まさか今の魔法でマナが完全に枯渇したのか。


「今、マナポーションを飲ませてやるからな」


 俺は片手でマジックバッグから取り出したマナポーションの栓を抜き、目も虚ろなモニカの口元に寄せた。

 ダメだ、零れるばかりで飲んでくれない。


 ええい、かくなる上は。

 マナポーションを口に含んで口移しすると、モニカの喉がゴクリと鳴った。

 即効性の魔法薬によって呼吸が落ち着き、開いていた瞳孔が縮まる。


 ふぅ、どうにか禁断症状からは脱したようだ。

 ホッと胸を撫でおろしていると、しばらくしてモニカが意識を取り戻した。


「天の国で、お母様に会いましたわ。これはきっと、教皇猊下を騙ったわたくしへの罰なのでしょう……」


 え、ガチで臨死体験してたの?

 躊躇してたら本当にヤバかったかもしれない。


「何を言うんだ、モニカに詐欺師のジョブを授けたのは神様だろう。もしその気が無ければ、最高位神聖魔法の使用を許してはくれなかっただろうさ」

「それを聞いて少し、安心しましたわ……」


 ほっと息を吐いたモニカは、そのまま目を閉じて眠りについた。

 このままずっと抱えて歩くわけにもいかないので、とりあえずコロの背中の上に寝かせておくことにする。


「ガガン、マナジオードの方はどうだ?」


 小空間の奥の青白い岩盤に開いた1mほどの穴から出てきたガガンの表情は、一目で期待外れだと分かる渋いものだった。


「大当たりだ。だが、中身は全て持ち去られている……」


 一握りの僅かなマナ結晶を手に、ガガンは深く肩を落とした。

 俺もちょっと覗いてみたが、確かにマナジオードの中は空っぽの状態だった。


「そうなると、モニカの想像していたことは本当だったのかもしれないな」


 周辺を捜索すると、地面に散らばった作業着に混じり冒険者らしき衣服が二着、それと男性の貴族服が一着だけ見つかった。

 しかしいくら探しても、神官の服はどこにも見当たらなかった。



 俺とガガンは黙々と遺品を回収してマジックバッグに詰め込むと、すうすうと安らかな寝息を立てるモニカを乗せたコロを連れて坑道を脱出した。


 帰路で出会ったモンスターは俺の魔法で片付けた。

 八つ当たりだということは分かっている。

 でも無性に胸の奥がむしゃくしゃして、何かにぶつけなければ気が済まなかった。


 神官ロプティス。


 子煩悩な愛妻家の領主を殺して手に入れた大量のマナ結晶で何をするつもりかは知らないが、きっとロクなことではないのだろう。

 ちなみに90%くらいの確率で暗黒神の復活の為の儀式に使うと予想している。


「俺のマナ結晶を盗みやがって、絶対に許さん……!」


 俺は生まれて初めて、この世界の人間に殺意を覚えた。

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