第18話 カイデン鉱山を解放せよ!
領主館に一泊した俺達は、翌朝コロを連れてトルサードの街中を歩いていた。
今日はカイデン鉱山に巣くうモンスターを退治しに行くわけだが、その前に坑道の道案内をしてくれる鉱夫を探さなければならない。
鍛冶場の辺りに住んでいるらしいので、俺達はそこに向かっているところだ。
「あれからずっと眠りっぱなしで、ノルノーラは本当に大丈夫なのでしょうか」
「メイアが呼んできた医者もただの過労だって言ってたし、帰ってくる頃には元気になっているんじゃないかな」
「そう願いたいところですわね」
一泊泊まった感想としては、家財を売り払うほど困窮している割には案外余裕があるなという感じだった。
近所の農家が毎日のように食べ物を届けてくれているらしいし、医者も診察料はいらないと口にしていたしな。
若い身の上で両親に先立たれ借金だらけの領地を継がざるを得なくなったノルノーラに同情の目もあるのだろうが、それを抜いてもトルサード男爵家は領民達から慕われているということだろう。
「ごめんくださいまし!」
やってきた街外れの鍛冶場の入口を覗き込んだモニカは大きな声で呼び掛けた。
カンカンと金属を叩く音が聞こえているので在宅であることは分かっているが、返事は何も返ってこない。
「無視されてしまいましたわ……」
「落ち込むようなことじゃないだろ」
神聖な鍛冶場に土足でズカズカと乗り込むと、火の灯った炉の前で槌を片手に真っ赤に熱された草刈り鎌を叩いていたドワーフの男が大きく声を張り上げた。
「今は忙しい! 修理なら、適当にそこら辺に置いておけ!」
流石に仕事の邪魔をしちゃ悪いか。
大抵のドワーフは頑固な性格をしているし、変なことをして話がこじれても困る。
「そこで待っているから、終わったら教えてくれ!」
鍛冶場の中はちょっとどころではなく暑いので、俺達は風通しのいい窓の近くで鍛冶仕事が終わるまで待つことにした。
暇つぶしに様子を観察しているが、鍛冶場の中に転がっているのは穴の開いた鍋や刃こぼれした包丁などの日用品ばかりだ。
まぁ、素材の鉱石が採れなきゃ作れるものも作れないか。
しばらく待つと、ドワーフの男はまるで新品のように修理されたピカピカの草刈り鎌を手に俺達の方までやってきた。
「何の用だ。見たところ、余所者の冒険者のようだが」
「用件は二つある。一つ目はこれ」
俺はドワーフの男に一通の手紙を差し出した。
「これは、ポポルからか」
節くれ立った太い指で無造作に手紙を開封したドワーフの男—―ポポルの父ガガンは毛量の凄い髭を擦りながら娘からの手紙を熟読した。
「……なるほど、サブローにモニカだな。手紙にはお前達が坑道のモンスターを全部退治してくれると書いてあるが、それは本当か?」
「ええ、既に家令からも許可を得ておりますわ」
モニカはバトラから預かったプレート状の入山許可証をガガンに見せた。
盗掘を防ぐ為、坑道の入口には結界が張られているらしい。
「ポポルの紹介だから信用するが……アンデッド対策は出来ているんだろうな?」
「俺は魔法使いだから神聖魔法が使えるし、いざとなれば切り札もある。そこは安心してくれていい」
適当にその辺の暗がりに神聖魔法のホーリーライトを撃ってみせると、訝しんでいたガガンの表情が驚きに変わった。
「その若さでどれだけの善行を積めば、これほどの光を……!」
神聖魔法の威力は術者のカルマに依存するというのがこの世界の常識だ。
だから神官系のジョブを持つ人間は挨拶代わりに神聖魔法を見せる。
私は善良で敬虔な信徒ですよというアピールをしているわけだな。
俺の扱う神聖魔法は勇者のサブジョブのスキル強化による影響が大きいが、それだって元々の威力がなければ意味がない。
魔法使いに転職して初めて使った時は、生きる為に盗みをせざるを得なかったストリートチルドレン時代の名残だろうショボい光に愕然としたものだが……。
いやぁ、毎週のように孤児院に寄付しまくったりした甲斐があるというものだ。
「お前達ならばあのエルダーリッチを倒せるやもしれん。いいだろう、すぐに支度をしよう」
「よろしく頼むぜ、ガガンさんよ」
ガシッと握手して契約成立。
準備を済ませたガガンをコロの背に乗せ、俺達はカイデン山へ向かって旅立ったのだった。
目的の坑道はトルサードの街から山道を1時間ほど行った距離にあるそうなので、それまでの道中でガガンと情報のすり合わせを行うことにした。
カイデン鉱山の坑道に出現する通常のモンスターのこと、それから例のマナジオード事件の元凶とされるモンスター、エルダーリッチの話を聞く。
時間が余ったので、他にもガガンの知る事件当時の状況についても詳しく聞いた。
「—―嫌な予感がしたから止めたんだがな、あいつらは金に目が眩んで聞く耳を持ちやしなかった。まったく、死んでしまえば元も子もないだろうに」
先代領主に同行して命を落とした鉱夫仲間の話をするガガンの拳は、悔しさに強く握り締められていた。
「心中、お察し致しますわ」
「しっかしおかしな話だよな、エルダーリッチなんて普通は鉱山に出るようなモンスターじゃないぞ」
この世界のアンデッド系モンスターは大抵、曰く付きの場所に発生する。
戦場跡とか管理されていない墓地とか、その辺りだ。
後はまぁ、野ざらしで死体を放置したりするのもよくないかな。
連れ歩いていると教会に通報されるのでテイムする人間はほとんどいない。
人型なのをいいことに不眠不休で農作業をさせて国を富ませた古代帝国の話も聞くには聞くが、正直なところ眉唾だ。
「これは俺の勘だが、ジルベールが雇った冒険者が怪しいと思っている」
「冒険者、か」
「ああ。二人は気の良さそうな男だったが、もう一人がな。なんというか、雰囲気……そう、雰囲気だ。いかにも善良そうに振舞っているところが鼻についたんだ」
ロプティスという名の、他国からやってきた神官の優男。
その口調は穏やかそのもので、冒険者をしているのが不思議なほどだったという。
そして、彼が見せた神聖魔法は俺と同じくらいの光量を放っていたらしい。
「わたくしには分かります! そのロプティスという男が裏で暗黒教団を操っている真の黒幕に違いありませんわ!」
「暗黒教団?」
ガガンはモニカの言葉に首を傾げた。
「またそんなこと言って……」
「セントロトス様の次はノルノーラまで、絶対に許せませんわー!」
「どうどう、落ち着け」
情緒不安定になりつつあるモニカを宥めていると、山道の先に大きな山小屋らしきものが見えてきた。
「あそこが西カイデン鉱山前の休憩所だ。一年前までは、俺達みたいな鉱夫や鉱山奴隷で毎日が賑やかだったんだがなぁ……」
ガガンは昔を懐かしんで毛量の凄い髭を擦った。
「そういえば、ここで働いていた鉱山奴隷はどこに行きましたの?」
「元は犯罪奴隷だからな、東の領主がみな引き取ったよ。今頃はルミエール名物の臭いメシでも食っているんじゃないか」
カイデン山の東側に中領を持つルミエール伯爵家はモニカの生家であるファランドール公爵家の寄子で、犯罪者の流刑地と名高い東カイデン鉱山を経営している。
そこに送られた犯罪奴隷は刑期が終わるまで生き地獄を味わうと専らの評判だ。
「なんだか可哀想ですわね……」
「ここが極楽過ぎたんだ。運が悪かったと思うしかあるまい」
福利厚生が充実していそうな奴隷用の宿泊施設をスルーした俺達は、広場の奥にある薄ぼんやりとした光を放つ結界で覆われた坑道の前に立った。
モニカが入山許可証を結界に触れさせると、パッと光を放って結界が消失する。
コロの背中から降りたガガンは、古ぼけたマジックバッグから大きなツルハシを取り出して肩に担いだ。
腰に魔法具のランタンも提げ、探検の準備は万端だ。
「さあ、行くぞ」
こうして俺達は、ベテランドワーフ鉱夫のガガンとともに坑道の中へと足を踏み入れたのだった。




