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第17話 先代領主の大失敗

 モニカに抱き締められたまま泣いていたノルノーラだったが、しばらくすると意識を失うように眠ってしまった。


「可哀想に、心労でずっと眠れなかったのでしょう。メイア、彼女を寝室まで運んであげてくださいな」

「はい、サウスモニカ様!」


 ノルノーラをお姫様抱っこしたメイアは、扉を蹴り開けてダッと走っていった。


「なんつー破天荒なメイドだ……」


 俺は大きな錬金窯の前に立って長い棒でぐるぐると中の液体をかき混ぜながら、小さな声でぼやいた。

 ノルノーラが途中で作業を手放したマナポーションの調合を進めていたのだ。


 これだけの量のマナポーションを捨てるのは勿体ないからな。

 錬金術は齧った程度だが、基本のマナポーション作りは手順さえ知っていれば子供でも出来るような簡単な仕事だから俺でも十分に可能だ。


「サブロー、わたくしにも何か手伝えることはないでしょうか?」

「じゃあ、そこの空き瓶が入っている木箱を取ってきてくれるか」

「了解しましたわ!」


 その時には調合も終わり際だったので、俺は最後にマナをぐっと長い錬金棒に注ぎ込んで錬金魔法を発動させた。

 鍋の中の液体はカッと光を放つと、透き通った緑色の液体に変色する。


「これでよし、と」


 俺は錬金釜の底の側面に付いていた蛇口を捻って、その下に置いてあった大鍋に完成したマナポーションを移した。


 何に使うのか分からない器具でごちゃごちゃしたテーブルの上に転がっていた漏斗とお玉を拾ってクリーンを掛け、木箱を大鍋の隣に置いたモニカに手渡す。


「俺は検品して保存魔法掛けるから、モニカは瓶詰めよろしく」


 木箱の中の空き瓶とコルクの栓にも、念の為クリーンを掛けておこう。


「ええ、わたくしに任せてくださいまし。……入れるのは、この瓶の首の部分まででよろしいでしょうか?」

「それで大丈夫。多い分には問題ないはずだから、その辺は適当でいいよ」


 それから俺達が黙々と単純作業を進めていると、廊下に続く扉が開く音がした。

 どうやらメイアが戻ってきたようだ。


「お客様、これは一体……?」


 想像と違って低い声だったので目を向けると、そこには黒髪の混じった白髪を後ろに撫でつけた老執事が困惑した表情を浮かべて立っていた。


「メイアから話は聞いていないか? 俺達は倒れたノルノーラの代わりに残された仕事を片付けているだけだ」

「私はサウスモニカ・ファランドール様とその主人が訪ねられている、とだけ聞いております。貴方が冒険者のサブロー様ですね?」

「そうだ。あんたの名前は?」

「先々代の頃よりトルサード男爵家の家令を務めさせて頂いております、バトラと申します」


 美しい一礼をしたバトラを見て、モニカは眉をひそめた。


「わたくし達はトルサード男爵家が多大な借財を抱えて窮状に陥っていると聞き、はるばる王都からやって参りました。早速ですが、詳しい事情を聞かせては貰えませんこと?」


 実際は行き当たりばったりでここまで流れてきただけなのだが、それをわざわざ口にするほど俺は野暮ではなかった。


「それは……」

「家令ならば全て知っているはずでしょう。それとも、あなたはこのまま家を潰してノルノーラをデジール男爵家に売り払うのがお望みなのかしら?」


 モニカの問い詰めるような強い視線を受けたバトラは、とうとう観念したのか深く肩を落とした。


「私が知っていることはそう多くありません。それでもよろしいというのであれば、お話ししましょう」


 俺達はマナポーションの瓶詰作業をしながら、バトラから窮状の原因についての話を聞かせて貰うことになった。



 先代領主――ノルノーラの父、ジルベール・トルサードは愛妻家だったという。

 優れたことは何一つない凡庸な男だったが、トルサード男爵家に仕える家臣達に支えられてそれなりに幸せな生活を送っていた。


 彼に転機が訪れたのは、十五歳になった一人娘のノルノーラを王都の学園に送り出してから一年が経った時のこと。

 伏せがちだった病弱な妻が、流行り病で天に召されてしまったのだ。


 前々から覚悟していたことだったとはいえ、妻の眠る墓地の前で祈ることが増えたジルベールを心配した家臣達はノルノーラが帰ってくるまでの辛抱だと励ました。

 その甲斐もあり、ジルベールは少しずつ元気を取り戻していった。


 問題が起こったのは、それから更に一年後。

 ある日突然、外出先から戻ったジルベールが「鉱山のマナジオードを開ける」と言い出したのだという。


 マナジオードとは、この世界の鉱山で稀に見つかる晶洞のことだ。

 内側に大量のマナ結晶を閉じ込めた岩盤は非常に強固で、目が飛び出るほど高価な錬金薬を使わなければ穴を開けることすら敵わない。


 例え開けたとしても中身が空であることがままある為、「マナジオードを開ける」という言葉はハイリスクハイリターンな行為の代名詞として非常に有名だ。


 豊かな鉱脈を抱えるカイデン山の東側とは違い、細々とした鉱脈しか持たない西側の鉱山を領するトルサード男爵家はその無駄に長い歴史上でも数えるほどしかマナジオードを開けたことがなかった。


 それも全てハズレで、ただ無駄金を使っただけの結果で終わったらしい。

 当然のことながら家臣達は大反対した。


 しかし、ジルベールは既に錬金薬を買ってしまったと言って聞かなかった。

 どこでそれだけの資金を調達したのかと尋ねれば、方々から借りたというのだから目も当てられない。


 家臣の制止もままならないうちに、雇った冒険者とマナ結晶に目が眩んだ鉱夫達を連れてカイデン鉱山に赴いたジルベールは、そのまま還らぬ者となった。


 唯一の生き残りだった鉱夫は「マナジオードを開けた途端に見たこともないモンスターが現れた」とだけ言い残して息絶えたのだという。


 こうして数少ない収入源と領主を同時に失ったトルサード男爵家は、多大な借財を抱えたままノルノーラに受け継がれることとなったのだ。



 バトラの話が終わる頃には、マナポーションの瓶詰め作業も一通り片付いていた。

 俺は錬金釜や大鍋といった道具にクリーンを掛けながら感想を口にする。


「借金してギャンブルとか、擁護のしようもないな」

「主人の蛮行は力ずくでも止めるのが家臣というものでしょう。そうしなかったということは、あなたも大当たりを引くのに期待したのではなくって?」


 椅子に腰掛けてビーカーで淹れた紅茶を優雅に飲んでいたモニカに苦言を呈されたバトラは、十歳は老け込んだかのようにしょんぼりとした。


「返す言葉もございません……」


 掃除を終えて立ち上がった俺は、テーブルの上のビーカーを手に取ってすっかり冷めてしまった紅茶で喉を潤した。

 なお、使用された茶葉は俺達が持ち込んだものである。


「とはいえ、まだ中身がハズレと確定したわけじゃないんだろう。明日にでも、ちょっくら行って確認してこようか」

「様子を見に行った鉱夫からは、もう諦めて閉山した方がいいと伺っております。そして、支払えるような報酬もありません……それでもよろしいのでしょうか?」

「そう心配なさらずとも、わたくし達ならば大丈夫です。ね、サブロー?」

「俺はS級冒険者クラン『獣魔の友』のサブローだぜ? モンスター退治はお手の物さ」


 余裕ぶって大言を吐いて見せると、バトラは少し安心したようだ。


「主人を制止することが出来なかった私では、お二人を止められようもありません。ただ一つだけ、ノルノーラ様の為にも必ず生きて帰ってくると約束してください」

「ええ、約束致しますわ」

「分かりました。それでは明日、お二人が入山できるよう手配させて頂きます」


 出来ることならばジルベール様の遺品の回収もお願いしたいと頼まれたので、俺達は二つ返事で了承したのだった。

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