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第16話 友をたずねて三百里

 目が覚めた時、俺は酷い頭痛に襲われていた。

 いや、それだけではない。

 まるで何かに締め上げられるような感じで、全身がビキビキと悲鳴を上げている。


「頭、痛ぇ……」

「ううん、むにゃむにゃ……もう食べられませんわ……」


 俺はパンツ一丁の状態で、パジャマ姿のモニカに抱き着かれていた。

 飲み過ぎで記憶が飛んではいないから、何かの間違いを犯してはいないことは分かっている。


「隣にベッドがあるんだから、そっちで眠れよ……」


 自分に強化魔法を掛けて何やら寝言を言っているモニカを引っぺがした俺は、二日酔いで痛む頭を抑えながらサイドテーブルに置いてあったマジックバッグを漁った。


 中に腕を突っ込むだけでリストが脳内に浮かぶこのゲーム的な仕様にはいつも助けられている。

 そうでなければ、望んだ物品を取り出すだけで一苦労だっただろう。


「あった、これこれ」


 俺のお目当てはカモミール印のキュアポーションだ。

 エルヴン工房は王都で一番の錬金工房で、値段はちょっと高いが信頼性が段違い。

 寝起きに一本飲むだけで頭の痛みも何もかも綺麗さっぱり吹き飛ぶぜ。


 保存魔法の掛けられた栄養ドリンクサイズのポーション瓶の栓を抜いて一息に飲み干した俺は、ポリポリとケツを掻きながら浴室に向かう。

 トイレ付きの狭い浴室には、魔法具の給湯器付きのバスタブが鎮座していた。


 俺は棚に脱いだパンツを放って(置き忘れたのか、昨日のモニカの服もあった)、マナを沢山込めた生活魔法で生み出したお湯を溜めたバスタブに肩まで浸かった。

 じんわりとした温かさに、寝起きでぼんやりとした頭が冴えていくのを感じる。


 この世界における宿は生活魔法のクリーンが使えるジョブ(使用人とかメイドとか)に就いた従業員が一人や二人いるのが当たり前だから、風呂付きってのはあんまり見ないんだよな。


 その点「獣魔の友」のクランホームの浴室は風呂好きのアイナ婆さんが居たから、かなり豪華な仕様だった。

 その分、下っ端のクランメンバーに回される掃除は大変だったが……。


「あの人、勝手に居なくなったこと怒ってるんだろうなぁ」


 鬼教官の存在を思い出した俺が口元をお湯に沈めてブクブクと泡を立てていると、部屋に続く扉がガチャリと開いてモニカが顔を覗かせた。


「おはようございます、サブロー」

「おはよう、モニカ」


 普通のお嬢様なら野郎のサービスシーンに顔を赤らめたりしそうなものだが、モニカはノーリアクションのまま洗面台で顔を洗い始める。


「ナチュラルにスルーしたな」

「サブローは紳士ですもの。いちいち気にしても仕方がありませんわ」

「俺は紳士らしさの欠片も持っていないつもりだが、どの辺が紳士なんだ」

「だって、サブローは全然わたくしに手を出そうとは致しませんし。普通の男なら、見目麗しい奴隷を買ったらその日の晩にでもあんなことやこんなことをするのが当然ではありませんか」


 前世の記憶を含めた精神年齢の差とか性癖の差とかそういう理由もなくはないが、ぶっちゃけモニカのパパに何されるか分からないから手を出さないだけです。

 国外逃亡する決意を固めたら、そりゃもうコレもんよ。


「わざわざベッドを分けたのに同衾してきたのはそれが理由か? 朝起きた時、超痛かったんだけど」

「……」

「何か言え」

「わたくし着替えて参りますわ。終わるまで、絶対に覗かないでくださいまし……」


 恩返しに家までやってきて機織(はたお)りをする鶴みたいなことを言ったモニカはそのまま浴室から出て行った。


「それ、覗いてくれって言ってるようなもんじゃん……」


 ここはご期待に応えてやらなければ男じゃないな。

 おもむろにバスタブから上がった俺は、静かにそっと開けた扉の隙間から部屋の中を覗いてみた。


「きゃあっ! 見ないでくださいまし!」


 元貴族令嬢なんて嘘っぱちで本当は人に化けたケットシーなんじゃないかなと一縷の望みを掛けたのだが、そこにいたのは普通に下着姿のモニカだった。

 ワンチャンなかったか、残念。



 ちゃっちゃと朝食を済ませて「蹄鉄亭」を後にした俺達は、コロに乗ってルセリエの街から出立した。

 リンクスホースの放牧地を抜けて、東にそびえるカイデン山を目印に一直線だ。


「なあモニカ、いい加減機嫌直してくれない?」

「つーん」


 風を切って走るコロの鞍の上で、モニカは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 あれから彼女は一度も口を利いてくれない。

 宿のおばちゃんにはまたしてもからかわれる始末、本当に女心はよく分からん。


「すまん、俺が悪かった。反省してるから」

「コロ、もっとスピードを出してよろしくてよ」

「ウォン!」


 モニカの指示を受け、コロは更なる加速を見せる。

 ストレスの解消でもしたいのか、それとも早く心の許せる友人に会いたいのか。

 東方面の街道が過疎っていなければ、通行人に多大な迷惑を掛けていたところだ。


「サブロー、コロに強化魔法を掛けたりは出来ませんこと?」

「掛けたら許してくれる?」

「いいから、早く」

「……はい」


 俺は掴まっていた鞍の手すりから右手を離し、強風になびく若草色の毛皮に向けてマナを込めた強化魔法を放った。

 大地を蹴る力が増し、コロはいよいよもってトップスピードに移行する。


「うふ、ふふふ、ふふふふふ……」


 こ、怖い。

 スピード狂の本性を現したモニカの姿に、俺は心底ビビっていたのだった。



 あまりにスピードを出し過ぎたが為に途中で道を間違えて隣のデジール男爵領に行ってしまったりしたものの、引き返して軌道修正をした俺達はどうにか目的地であるトルサードの街に到着した。


 テンガイ山の麓に存在するトルサード男爵領唯一の街は広い小麦畑に囲まれたまさに田舎という感じで、王都近郊のオネゲル村をちょっと発展させたかな……くらいの規模だった。


 街の外れには山の豊かな恵みを湛える綺麗な川が流れており、その下流には鍛冶場らしきレンガ造りの建物が何棟も建っているのが見える。

 ただし、その煙突からは真っ昼間だというのに一筋の煙も出ていないようだ。


 流石に走り疲れてゆっくりと街道を歩いているコロの背の上で揺られながら、俺達は近くの畑で農作業をしている農夫達を眺める。


「少なくとも、食うに困っているようには見えないな」

「わたくしのノルノーラはどれだけ困っていようとも、領民を虐げるような真似は決して致しませんから」

「ふうん、信頼してるんだな」

「当然ですわ。彼女はわたくしが唯一、詐欺師のジョブを明かした親友ですもの」


 モニカがそこまで言うなら間違いはないのだろう。

 彼女の真剣な眼差しは、真っ直ぐに街外れの高台にある領主館を見据えていた。



 トルサードの街の入口にやってきた俺達は、そこで門番のように立っていた二人組の男に呼び止められた。

 どちらも黒髪で、若い男と壮年の男だ。


「君達、ちょっといいか」

「なんだ、検問か?」

「俺達はこの街の自警団……のようなものだ。こんな何もない辺境に冒険者がやってくるのは珍しいことでね、少し話を聞かせてはくれないだろうか」


 芋臭い雰囲気が漂う若い男はコロの威容にビクついているが、壮年の男は腕に自信でもあるような風体で話し方も落ち着いている。


「ちと領主に用があってな。そのついでに鍛冶屋のドワーフに手紙を届けに来た」

「ノルノーラ様に……?」


 壮年の男の視線が俺とモニカを行き来する。

 モニカがにこりと微笑んで手を振ると、彼女に見惚れていた若い男が恥ずかしそうに眼を逸らした。


「何か問題でも?」

「いや、君達がデジールの関係者でなければそれでいいんだ。領主館の場所は分かっているか?」

「ええ、あちらの高台の屋敷と聞いておりますわ」

「それで合っている。ようこそ、トルサードの街へ」


 トルサード自警団の二人組と別れて街に入った俺達は、珍しいものを見るような住民の視線を受けながら領主館へと向かう。


「さっきあいつ、デジールっつってたな」

「あそこの子息は王都の学園でもノルノーラにちょっかいを掛けていましたわ。もしや、借金を盾に嫌がらせでもされているのでしょうか」

「嫌な予感がするな……」


 やってきた領主館の広い敷地を囲う塀の前でコロの背から降りた俺達は、鉄格子の門の近くに備え付けられてあった魔法具の呼び鈴を鳴らした。

 しばらく待つと、侍女服を着た黒髪の若い娘がアホ毛を揺らしながら走ってきた。


「サウスモニカ様ー!」


 どうやらモニカの知り合いらしい。

 俺はチラリとモニカに目配せする。


「ノルノーラの侍女のメイアですわ。少しおっちょこちょいな性格をした方ですが、彼女の作るお菓子は絶品ですことよ」


 別にそこまでは聞いてない。

 門扉の鍵を開けて重そうに鉄格子の門を開いたメイアは、モニカの前に立って深々と頭を下げた。


「ノルノーラ様のせいでこのようなことに……ほんっとーに申し訳ございません!」

「頭を上げなさい、メイア。のっぴきならない事情があったのでしょう、わたくしは何も恨んでなどおりませんわ」

「そうなんですか、それならよかったです!」


 仮にも元公爵令嬢に対してこのような身の振舞い、おっちょこちょいで済ませていいのだろうか。

 いや、モニカが受け入れているならそれでいいんだけどね。


「あの、それでそちらの方は……」

「わたくしの主人のサブローですわ。こう見えて、凄腕の冒険者ですことよ」

「い、いっせんまんイェン……!」


 メイアの目の色が金貨に変わってしまっているのだが。

 教えちゃって本当に大丈夫なのか?


「今はジローと名乗っておりますから、外部にはそのように振舞ってくださいね」

「ええ、ジロー様ですね! ちゃんと覚えました!」


 ビシッと敬礼したメイアに一抹の不安を抱えながら、俺達は彼女に屋敷の中まで案内されることになった。

 ちなみにコロは空っぽの獣舎があったので、そこで休ませている。


 歴史のある古い建物なのだろう、内装はとても立派だ。

 しかし、どこを見ても貴族の屋敷にあるべき美術品は何一つない。

 調度品もいくらか欠けている様子、これはかなり経済的に厳しい状況のようだ。


「メイア、ノルノーラはどこにいらっしゃいますの?」

「ノルノーラ様はずーっと工房に引き籠もってマナポーションを作ってます!」

「それが今の食い扶持ってわけか」

「そうですね。マナマッシュルームを分けて下さるモリー様がいなければ、トルサード男爵家はとっくに破産しているところです!」


 メイアが廊下の突き当たりにある扉を開くと、錬金術士の工房特有の薬品臭い匂いが鼻腔をくすぐった。

 モニカはそれに顔をしかめることもなく、部屋の中に足を踏み入れる。


 人が丸ごと入れそうな大きな錬金釜の前で台の上に立って長い棒で中の液体をぐるぐると必死にかき混ぜているのは、もじゃもじゃの黒髪を背に流した小柄な少女だ。


「ノルノーラ」


 トルサード男爵家の現当主、ノルノーラ・トルサードはびくりと肩を震わせた。

 恐る恐る振り返り、深い隈をこさえた紫眼を大きく見開く。


「サウスモニカさ、ま……」


 ふらふらとおぼつかない足取りで歩み寄ったノルノーラを、モニカはぎゅうと抱き締めた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 ぽたぽたと大粒の涙を流して謝罪の言葉を口にするノルノーラの頭を、モニカはただ静かに優しく撫でていた。

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