第15話 ノーマンおじさん登場
『蹄鉄亭』の食堂に顔を出すと、そこにはモニカの姿が……なかった。
「あれ、モニカはどこに行ったんだ?」
仕事帰りの食事客や宿泊客で騒がしい夜の食堂をきょろきょろと見渡していると、エールジョッキを手に給仕をしていたおばちゃんが背後から声を掛けてきた。
「お嬢ちゃんならとうに夕食を終えて部屋に戻ったよ」
「あ、そうなんだ」
「随分と待ちくたびれた様子だったね。兄さんもテイムモンスターの世話ばかりしてないで、もっと相方の相手をしてやった方がいいんじゃない?」
こそっと耳打ちされるように「うちは全室防音だよ」とまで言われた。
そこまで気を遣われると……逆に困る。
「考えておくよ」
俺は愛想笑いをしてごまかしつつ、サービスで提供された郷土料理感の強い洋風の夕食を取る。
ララライ王国はパン食が中心で、海の向こうから入るコメも長粒種なんだよな。
ホカホカの銀シャリに憧れを持たなくもないが、ストレートチルドレンとして食うや食わずの生活を送っていた身としては今のように腹いっぱい食えるだけありがたいと思っている。
ぶっちゃけ、この世界にあるかも分からないジャポニカ米を探して世界中を飛び回るなんてしち面倒臭いことをしたくなかった。
「ごちそうさん。さてと、腹も膨れたことだし部屋に行って寝るか」
食器の片付けを従業員に任せて席を立った俺は、さっき預かった部屋の鍵に付いたリングに指先を引っ掛けてくるくる回しつつ上階に続く階段を上る。
ルームナンバーを頼りに特定した三階の部屋のドアノブの鍵穴に鍵を差し込んで捻ると、ガチャリと音を立てて鍵が開いた。
「あら、サブロー。随分と遅かったですわね」
マグーロフィッシュ柄のパジャマ姿をしたモニカは二台あるベッドのうちの一つに腰掛け、タオルで濡れた髪を拭いていた。
どうやら俺がいない間に風呂に入っていたらしい。
形状記憶合金みたいな金髪縦ロールも濡れた時だけはその限りではないようで、なんだか普段とは印象が違って見える。
「言っておくが、夜遊びに行っていたわけじゃないからな」
「別に疑ってはおりませんわ。獣舎でずっとコロの世話をしていたのでしょう?」
「まぁ、そんな感じだ」
俺は部屋の一角にあったテーブルの椅子を引いて腰掛けた。
四脚の椅子が揃ったテーブルの上にはワインの瓶にツマミが一揃い置いてある。
バスルームに晩酌付きとは、ルークもいい部屋を手配してくれたようだ。
「サブローはお風呂、入りませんの?」
パパっと自分にクリーンを掛けた俺を見て、モニカが尋ねてきた。
俺は栓抜きでワイン瓶のコルクを抜きながら答える。
「お客さんが来ているから後にするよ」
「お客さん?」
モニカが首を傾げたその時、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
俺は指先を扉に向け、念動魔法でドアノブを捻って引っ張る。
ゆっくりと開いた扉の向こう側には、拳でノックをするようなポーズをしたまま固まったルークの姿があった。
「さっきぶりだな。そちらさん、紹介してくれるかい?」
答えようと口を開いたルークを横に押しのけるようにして、口ひげを蓄えたダンディな金髪のおじさんが部屋に入ってきた。
「モニカ!」
「ノーマンおじ様!」
ベッドから立ち上がったモニカはノーマン・ルセリエ子爵とひしとハグをした。
感動の再会の横で、困り顔のルークが俺の方にやってくる。
「流石は『獣魔の友』のサブロー殿、我々の行動など最初から全てお見通しというわけか」
俺は二脚のワイングラスにトクトクトク、と赤ワインを注いだ。
例え18歳であろうと、こちらの世界じゃ合法だ。
「ちょっと話しただけでモニカの正体に勘付いたみたいだったからな。これも可能性の一つとして考えていたってだけだ」
そもそも本気でモニカのことを隠すつもりなら、最初から最後までケットシーとか適当な女冒険者に変装させたまま連れ歩いている。
「そうか……」
納得したような表情を浮かべたルークの後ろからノーマンがやってきた。
彼は赤ワインの注がれたワイングラスを手に取り、鼻に近付けて香りを嗅いだ。
「この宿は表立って屋敷に招けない者と密談する時によく使う場所でね。改めまして、私がノーマン・ルセリエ子爵だ」
「ノーマンおじ様はわたくしの両親と学園で同期でしたの。その縁もあって幼い頃から何度もお世話になりましたわ」
そう言いながら、モニカは俺の隣の椅子に腰掛けた。
ノーマンは俺達の向かいの席に座り、その後ろにルークが直立するように控える。
彼が乾杯するようにワイングラスを掲げたので、俺もそれに応えた。
血のように赤いワインをごくりと一口飲むと、胃の辺りが少し熱くなった。
結構度数が強いな、これ。
「二人はトルサード領に移住するつもりだと聞いているのだが、君達はあそこの現状がどうなっているか知っているかね?」
「いえ、わたくしはノルノーラが跡を継いだことくらいしか存じ上げておりません。もしや、彼女の身に何かあったのですか?」
「実はあそこの前の領主が方々に借金をしておってな、利息の返済だけで首が回らない状態になっている。もういつ取り潰されてもおかしくはないともっぱらの噂だ」
「そんな……!」
モニカは友人の危機的状況にかなりのショックを受けているようだ。
「最近はトルサード産の金物もめっきり入らなくなった。きっと鉱山のモンスターを退治する冒険者を雇う金も残っていないのだろう」
昨日、ポポロが大変なことになっていると言っていたのはこういうことか。
「サブローなら何とか出来ますわよね?」
「そりゃあ、それくらいはな。ただ、話を聞く限り鉱山を再稼働させたくらいでどうにかなるような借金でもなさそうだが」
「私も自領の経営に精一杯で、助け船を出してやれるほど裕福ではないからね。出来ることといえば、せいぜい利息の支払いを待ってやるくらいだろう」
チビチビと舐めるようにワインを飲んでいたノーマンのグラスが空になったので、俺は彼のグラスにお代わりを注いだ。
「ありがとう。さて、この話を聞いた君達はどうする?」
「どうするもこうするも、助けるに決まっておりますわ。そうですわね……手始めにサブローを冒険者ギルドに売り払って1000万イェンほど捻出しましょうか」
「ち、血も涙もない……」
「ちょっとした冗談ですわ。そう言えばサブロー、アレが有りましたわね。アレ」
モニカは手で大きな鱗を形作る様なジェスチャーをした。
この間、霊峰ぺストーチカで貰ってきた王竜ペララライスの鱗のことだろう。
「アレは足がつくって言ったじゃん」
「分かっておりますけど、ノーマンおじ様なら何とかしてくれるかもしれませんわ」
「アレとは?」
俺達のやり取りを黙って聞いていたルークが、主人の代わりに疑問を呈した。
見せた方が早いと思った俺はマジックバッグに手を突っ込んで、顔くらいの大きさがある金色の鱗を取り出してテーブルに置いた。
「こ、これは……!」
「王竜の鱗か。どこで手に入れたかは聞かない方がいいだろうな」
「どうでしょう、ノーマンおじ様。借金の代わりにはなりませんか?」
「リヴァーレ公ならいざ知らず、これだけの貴重品を私の伝手で扱うのは難しいな。何か、他にいい物はないだろうか?」
「他にねぇ……魔獣の森で手に入れたレア素材くらいしか持ってないぞ」
「サブロー君、試しに見せてみなさい」
じゃあ、ということでマジックバッグの中身をひっくり返して目ぼしい物をテーブルの上に並べてみる。
プラチナスケルトンの肋骨、ビッグキラースパイダーの糸玉、瓶に詰めたラブラブフェアリーの鱗粉、メタールスライムグミ(という名のウンコ)などなど……。
みんな仲良くなったモンスターからモンスターフードのお返しに貰ったけど、引き取ってくれる相手を探すのが面倒で仕舞いっぱなしだった奴だ。
「中には禁制品も含まれているが……どれも競売に流せば高値が付くものばかりだ。これならば、少しは足しになるかもしれん」
ノーマンはショッキングピンク色のキラキラと輝くラブラブフェアリーの鱗粉が入った瓶を照明の光にかざした。
これは貴族の間で取引されている高級媚薬の原料になるらしい。
「ノーマンおじ様、それでは……」
「うむ、私が責任を持って預かろう。現金化には時間が掛かるだろうから、ひとまずジュエルオレンジの分だけはこの場で渡しておこうか」
ありがたいことに、ジュエルオレンジの在庫もノーマンが全部引き取ってくれることになった。
卸値ではなく売値なのは、モニカに対する支度金のつもりなのだろう。
「これにはハゲタカ盗賊団の討伐報酬も含まれているからね。明日は騎士団の詰め所には寄らずにそのまま出発するといい」
ルークが手持ちのマジックバッグに俺のレア素材を片付けている間に、ノーマンはテーブルの上で金貨を数えて革袋に詰めた。
「本当に助かりましたわ、ノーマンおじ様」
「この程度、安いものだ。……さて、もう夜も遅い。私はこの辺りでお暇させて貰うとしよう」
ワイングラスの中身を飲み干して席を立ったノーマンは、ルークを連れて部屋の出口に向かい、ふとこちらに振り返った。
「モニカ、君は今幸せかい?」
「ええ。これまでわたくしを育てて下さったお父様には申し訳なく思っていますが、わたくしは今の生活に満足しております。なぜなら学園に居た時と違って、何一つ自分を偽ることなく過ごせますもの」
モニカはにこりと微笑んで、俺の右腕を取って胸に抱き込んだ。
「いや、結構偽ってない?」
「それはあなたのせいでしょう」
初々しいカップルを見るような生暖かい視線に耐えられなくなった俺は、モニカの胸に抱き込まれた右腕を引っこ抜いた。
「それならばいい。サブロー君、モニカを裏切るようなことがあったら私は絶対に許さないからね。ゆめゆめ、忘れないように」
「あ、はい……」
気のない返事をしたというのに満足した感じの表情を浮かべて頷いたノーマンは、後ろ手を振りながら部屋から去っていった。
「行ってしまわれましたわ」
「そうだな」
俺はおもむろに新しいワインの瓶を手に取って栓抜きでコルクを抜くと、クリーンを掛けたワイングラスに注いだ。
今度は透明な白ワイン、メドール伯爵領産の12年モノ。
「サブロー、あなたまだ飲むおつもりですの?」
「タダなんだから飲まなきゃ損だろ。モニカも飲むか?」
「い、いえ。わたくしは遠慮しておきますわ……」
モニカの親戚のおじさんにロックオンされたせいで、俺はどうあがいてもルセリエの獣人娼館には行けないことが確定してしまったのだ。
しばらく遊べるだけの金が手に入っても、自由に使えなきゃ意味がない。
こりゃあ、飲まなきゃやってられないぜ。
何やら酒に苦い思い出のありそうなモニカを放って、俺は一人でヤケ酒を始めたのだった。




