第14話 ルセリエの騎士
捕まえた盗賊を乗せた馬車に野生のモンスターが襲ってこないよう護衛をしつつ森の街道を進んでいると、遠方から複数の馬の蹄鉄が石畳を踏みしめる音が聞こえてきた。
ホッとしたような表情を浮かべた御者の男は手綱を引いて馬車を止めると、両手で大きく手を振って呼び掛けた。
「あれは、ルセリエ騎士団です! おおーい!」
地味な鎧を着た十人の騎士は馬車の前で馬を止めると、その内の一人が御者の男を見て頬を綻ばせた。
「グスタフ、無事だったか。到着が予定よりも遅れて、例の盗賊団に襲われていないかと心配したぞ」
どうやらこのイケメンの金髪騎士は御者の男と知り合いのようだ。
「それがですね、ルーク様。こちらの冒険者様方が、例の山賊団に囚われていた私達を助け出してくれたのです」
馬から降りたルークと呼ばれた騎士の視線が、馬車の横にいる俺達と馬車を交互に行き来する。
馬車の陰からちょっとだけ顔を覗かせたグラスフェンリルのコロを見た彼は腰に提げた剣の柄に手を伸ばしたが、すぐに腕の力を抜いた。
「テイマーの冒険者殿か。本来であれば我々が始末を付けなければならないというのに、不甲斐ないところをお見せして申し訳ない」
ルークはそう言って、深々と頭を下げた。
騎士様ってのはもっとお高く止まっているものだと思っていたんだけどな。
善政を敷いて領民に慕われている領主の配下なだけはあるようだ。
「民を苦しめる悪党を退治するのは、冒険者として当然のことですわ!」
いや、モニカは冒険者じゃないけど……。
変に話がこじれたら面倒だから、先に用件を済ませるか。
「首領と目される闇魔法使いは生かして捕らえることが出来なかったが、他は全員捕まえて馬車に放り込んである。出来れば護送を手伝ってくれると嬉しい」
「闇魔法使いか……先にアジトがどこにあったか聞いてもいいだろうか。我々もずっと探してはいたのだが、どこも見つけた時にはもぬけの殻だったんだ」
「ここから徒歩で三十分ほど行ったところに隠蔽魔法で隠されていた大きな獣道がある。盗賊のアジトは轍の跡を辿ればすぐに分かるはずだ」
ルークがこくりと頷いて馬上で待機していた騎士達に目配せすると、五人の騎士が手綱を引いて街道を駆け出した。
どうやら彼らはアジトの調査と盗賊の護送で隊を二つに分けるつもりのようだ。
「後のことは我々に任せてくれ」
「報酬の方もしっかり頼んだぞ」
「ちゃっかりしているな。まあ、それでこそ冒険者とも言えるか」
こうして俺達は残った騎士達と一緒にルセリエの街を目指すことになった。
「自己紹介をしよう、私はルセリエ騎士団長のルーク。君達の名前は?」
馬車後方の見張りはルークの部下が代わってくれたので、俺達はコロと並んで馬車の前方を馬上のルークと一緒に歩いている。
「俺はテイマーのジローだ。訳あって最近E級に登録し直したが、冒険者としてはそれなりに経験を積んでいる」
「わたくしはモニカですわ。ジョブは……ここではお話しできませんわね」
ルークは少し不審げな顔をした。
まぁ、自領の治安を守る騎士としては見過ごせない発言だよな。
「どのような目的で南に向かっているのか、聞いてもいいだろうか?」
「知り合いからトルサードまで手紙の配達を頼まれていてな。ただ、そこが住みやすそうな場所なら移住も考えている。なにせ、俺は永年奴隷連れだ」
ルークの質問に、俺は嘘のない範囲で答えた。
仕立て屋のポポロから父親宛てに手紙の配達を頼まれているのは本当のことだ。
「どこの宿を訪ねてもすぐ追い出されますものね。わたくし、ショッキングですわ」
「それは恐らく……」
「恐らく?」
「いや、何でもない」
ルークは永年奴隷差別の理由について何か知っていそうだったが、それ以上のことは教えてくれなかった。
「ただ、そうだな……。ルセリエでの宿に困っているなら『蹄鉄亭』という宿を訪ねるといい。『ルーキー』の紹介と言えば、無下にされるようなこともないだろう」
「助かりますわ。わたくしも一度は羽根を伸ばして休みたいと思っておりましたの」
「無理を言ったようで悪いな」
そんな話をしていると、深い森を抜けて視界が大きく広がった。
なだらかな坂道の上からはどこまでも続く青々とした草原、それを真っ直ぐに貫く街道の先に遠く小さな街並みが見える。
「ルセリエ子爵領はリンクスホースの名産地なんですの。この広大な草原でのびのびと育てられたリンクスホースは、かつて他国の王族さえ求めたことがありますのよ」
「へー、そうなのか」
テイムされてもいないのによく調教されたいい馬に乗っていると思っていたが、そういう背景があったらしい。
「モニカ殿は、随分とルセリエ子爵家の歴史に詳しいようだ」
「え、ええ。少し小耳に挟みまして。他には何も存じ上げませんことよ」
モニカの下手なごまかしに、ルークは苦笑いを浮かべた。
バレたところでどうにでもなるだろうという驕りが、俺達の逃避行を雑なものにしていたのだった。
それからしばらく草原の中の街道を進み、俺達はルセリエの街に到着した。
そのままの流れで街を囲う城壁近くの詰め所で事情聴取を受けたのだが、俺達がそこから解放された時には既に日が傾きかけていた。
「神官というのはどうしてこうも話が長いのでしょう。わたくし、とても疲れましたわ……」
ルークに教わった宿に向かって夕方の街中を歩きながら、モニカはしょんぼりと肩を落として愚痴を零した。
「その代わりと言っちゃなんだが、例の邪教徒についての詳しい情報が手に入ったんだから良しとしようぜ」
事情聴取の合間にルセリエの教会からやってきた司祭とルークの話を聞いていたのだが、どうもあの盗賊団の頭目をしていた闇魔法使いは近年ララライ王国を騒がせている邪教徒の一員だったらしい。
その名も暗黒教団。
遥か古代に神の手で封印された暗黒神の復活を目論んで活動しているそうで、ララライ王国内でその存在が初めて確認されたのは今から十年前のことになる。
捕縛して教祖の情報を得ようにもすぐに黒い炎で自害してしまうので、長らくイタチごっこの状態が続いているのだという。
司祭の爺さんは「ついにこのルセリエまで……」とか言って胃の辺りを抑えていたし、かなり面倒なことになっているようだ。
「あのような者達が王国の内部に浸食していたとは思いもよりませんでした。きっとセントロトス様がお亡くなりになったのも邪教徒の仕業に違いありませんわ」
「ああ、あの8年前に死んだっていう王子様。流石にそれは無理筋じゃないか?」
どっちかって言うと第二王妃の方が怪しい。
性格の悪い第二王子が王太子になったことといい、陰謀の匂いがプンプンする。
「直接目にしたわけではございませんが、お二方の葬儀の際に棺が空だったとも聞いております。邪神への生贄といえば貴き血だと相場が決まっておりますから、きっとロトス様は攫われて生贄に……ああ、なんてこと……」
モニカは額を抑えてふらりとよろめいた。
洞窟で怪しげな儀式の用意を見たにしても、想像力が逞しすぎる。
「まだそうと確定したわけじゃないんだから、気にしてもしょうがないだろう。ほらモニカ、宿が見えてきたぞ」
俺が指差した建物には、U字型の蹄鉄を模した大きな看板が飾られていた。
ルークには目立つからすぐに分かると言われたが、確かに目立っている。
「サブ……ジロー! わたくし、お腹がペコペコですわ! 早く行きましょう!」
「急に元気になったなお前」
「わたくしは切り替えが早いと、いつも教育係に褒められておりましたの!」
意気揚々と扉を開いて店内に入ったモニカ。
俺は外でコロを待たせ、彼女の背中を追った。
「いらっしゃい、泊りかい?」
宿に入ると、入口の受付に座っていた恰幅のよいおばちゃんが挨拶してきた。
「ええ、『ルーキー』の紹介ですわ」
「アンタ達が例のハゲタカ盗賊団を捕まえた冒険者だね。ルーク坊の使いっ走りから話は聞いてるよ、今日はタダで泊まっていくといい」
「本当にいいんですの?」
「もう宿泊料は預かっているからね。宿の裏手に専用の獣舎があるから、テイムモンスターはそこで寝かせてやりな」
「分かった、そうさせて貰うよ」
腹ペコモニカを先に食堂に行かせた俺は、コロを連れて宿の裏手に回った。
行商人が頻繁に使っているのだろう、広い裏庭には獣舎の他に馬房も建っている。
柵を開けて裏庭に入ると、馬のブラッシングをしていた男がこちらに振り返った。
「テイマーのお客さんですか?」
「ああ。獣舎の利用はこっちと聞いたんだが」
「三部屋ありますんで、好きなところを使ってください」
「あいよ」
コロはふんふんと匂いを嗅いで回って、最終的に一番手前の部屋を選んだ。
部屋というか、その気になれば抜け出せるような屋根付きの囲いなんだけどね。
クリーンで綺麗に清掃されていたから、いい宿というのは間違いないだろう。
俺はマジックバッグから取り出したコロお気に入りの絨毯を石の床に広げ、犬皿によそったモンスターフードをコロが食べている間にクリーンとブラッシングをする。
「コロ、今まで放置していて悪かった。お前がそんなに怒っているとは思ってなかったんだよ」
「クゥン……」
「ハムスケのことは、もう吹っ切れたよ。それでもテイマーに戻る気はないけどさ。コロもサブロースペシャルが食えなくなったら困るだろう?」
「わふっ(ブンブンと尻尾を振る)」
「だよな。今はモニカもいるし、このままにしておこう」
コロの世話を終えて獣舎から出た俺は、先ほど馬のブラッシングをしていた夜間警備の男と軽く世間話をした後、モニカの待つ宿に戻ったのだった。




