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第12話 約束された修羅場

 モニカの衣服を調達した俺達は、店主のポポロにまた領都イライユにやってきたら訪ねることを約束してドワーフの仕立て屋「ドーファン」を後にした。


「待たせて悪いな、コロ」

「わふっ」


 店の外で待ちぼうけていたコロの首元をわしわしと撫でた俺は、その背中にケットシー化したモニカを乗せた。


『サブロー、これからどうしますの?』


 先ほど迂闊(うかつ)に口を滑らせてしまった反省を踏まえ、街にいる間モニカにはケットシー形態で過ごして貰うことに決めたのである。

 これなら他人にはニャンニャンとしか聞こえないし、セキュリティは万全だ。


「日が落ちるには少し早いが、今日はもう宿で休むとしよう」


『コロもいることですし、テイマー向けの宿がいいですわね』


「そうだな。まぁ、ここは俺に任せてくれ」


 安いところだとテイムモンスターを雑に獣舎に押し込められたりするから、ここは一緒の部屋に泊まれるミドルグレードの宿がいいだろう。


 生活用品や食料品などの買い物をしながら適当に通りを歩いて、モンスターのシルエットが描かれた看板を目印に何件かの宿を訪ねた俺が選んだのは「大鹿亭」という裏通りにある宿だ。


 広さはそこそこで、宿泊料金もそこそこ。

 宿の女主人はクリーンの使えるメイドのジョブで部屋の掃除も行き届いている。

 それに何より、部屋にある小さな台所で自炊できるのが決め手だった。


 俺のマナ調味料で舌が肥えたコロは他人の作った餌には見向きもしないからな。

 マナを食べて生きているモンスターの食事は嗜好品なのだから、不味い食べ物を与えるという行為は嫌ってくれと言っているようなものだ。


 市場で買ってきた野菜を使ったマナ調味料入りの美味しいモンスターフードを作ってコロに与えた俺は、宿の食堂から部屋に持ち帰った夕食をモニカと二人で食べた後、クリーンで身を清めて就寝した。





「……よし、寝たか」


 イルカ模様のパジャマ姿ですうすうと寝息を立てるモニカの隣で身を起こした俺はゆっくりベッドから降りると、カーテンの隙間から薄っすらと差し込む月明かりを頼りに脱ぎ散らかしていた服を着なおした。


「(ちょっと出掛けてくるからなー、番を頼んだぞー)」


 壁際で丸くなって寝ているコロの耳元にそう小さく囁いた俺は、音を立てないよう静かにそっと部屋から出た。

 隠蔽魔法を使えば、宿の人間に外出を悟られることもない。


「待ってろよ、『ニャンニャンぱらだいす』のカワイ子ちゃんよ……」


 モニカを奴隷商館で引き取ってから、俺は一度も娼館に通えていなかった。

 ようやく、ようやくお楽しみの時間がやってきたのだ。

 他所の街の娼館に行くのは今回が初めてだし、期待に胸が膨らむぜ。


 俺はルンルン気分で夜道を歩き、港の近くにあるイライユのピンク街へ向かった。

 そしてそのまま、素知らぬ顔で娼館に入ろうとしたのだが……。


「マジかよ……」


 タイミング悪く、昼間に冒険者ギルドで絡まれた大柄なワーキャットの男—―B級冒険者グロスが「ニャンニャンぱらだいす」に入店する瞬間を目撃してしまった。


 入口で警備をしている屈強なガードマンと親しげに話していることから、常連であることは間違いない。

 同じケモナーなら行動基準は一緒ということか。


 兄弟になるのは百歩譲って良しとしても、店内で待機中に顔を合わせるのは困る。

 ケットシーをネタにからかわれたら、俺は振り上げた拳を下ろせる自信がない。

 もし仮にそうなれば、出禁になること間違いなしだ。


「仕方ない、少し時間を空けるか」

「時間を空けて、何をなさいますの?」

「そりゃあもちろん、ワーキャットのお姉さんとしっぽり――」


 そこまで言って、はたと気付いた。

 ギギギ……と壊れた機械のように首を回して背後に振り返る。

 そこには、宿に置いてきたはずのサウスモニカ・ファランドールが立っていた。


 彼女は寝間着から新品のドレスに着替えており、不愉快そうに眉をひそめている。

 その後ろには、グラスフェンリルのコロもお座りしていた。


「ど、どうしてここに……」


 俺は確実に、モニカが寝ていることを確認したはずだ。

 念には念を入れて、眠りを深くする催眠魔法も使った。

 だから彼女がここにいるなんて、本来は有り得ないことだ。


「コロがわたくしを起こしてくださいましたの。グラスフェンリルに変装したら全部話してくれましたわよ。全部、ね」

「裏切ったのか、コロ……!」


 コロは後ろ足で耳の裏を掻き、くあぁ~っとあくびをした。

 テイマーを辞めて霊峰ぺストーチカに放置したの怒ってるの?

 怒ってるんでしょ。


「わたくしという者がありながら娼館に通おうなど、絶対に許せませんわ! 今日という今日は覚悟してくださいまし!」


 モニカがビシッと俺を指差すと、通行人の注目が俺達に集まってきた。

 酔っ払いに女連れ、クエスト帰りの冒険者まで。


「なんだなんだ、痴話喧嘩か」

「おい、あれ永年奴隷じゃないか?」

「兄ちゃん、今すぐ謝りな! 刺されても知らねぇぞー!」


 最悪の展開である。

 ここで口答えをしようものなら、ヒートアップしたモニカは公衆の面前で俺の名前を叫ぶだろう。


 そうして始まるのは領都イライユを舞台にした鬼ごっこだ。

 彼女はそれが分かっていて、俺に二択を突きつけている。

 とっ捕まってカインのクソ野郎に頭を垂れるか、それとも逃避行を続けるかをだ。


「許してください。何でもしますから……」


 進退窮まった俺は、地面に両膝を付いて土下座した。

 魔法で冒険者どもから目を眩まそうとも、コロの鼻だけは絶対にごまかせない。

 モニカがコロを味方に付けた時点で、俺は完全に詰んでいたのだ。


「もう娼館には通いませんこと?」

「か、か……」

「か?」

「通いません……」


 俺がそう公言すると、周囲にいた観衆からワッと歓声が上がった。

 地面を見つめる二つの眼からぽたぽたと、大粒の涙が零れ落ちる。


 さようなら、愛する「ケモケモぱらだいす」のみんな。

 さようなら、まだ見ぬ「ニャンニャンぱらだいす」のお姉さん。

 軽い気持ちで永年奴隷と契約してしまったばかりに……無念……。


「よろしい。帰りますわよ、コロ!」

「ウォン!」


 モニカは優雅にドレスの裾を翻し、コロの背中に横乗りになった。

 そして新たな主の指示を受けたコロは、生きる目的を失って放心した俺の背中の服を口に咥えて夜道を颯爽と駆け出したのだった。

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