第11話 ドワーフの仕立て屋
ちょっとしたトラブルには巻き込まれたものの、身バレをすることもなくほどほどの軍資金を手に入れた俺達はひとまずイライユの街を散策することにした。
次の目的地のトルサード男爵領は、ここ領都イライユから馬車で南に1日ほど行った距離にあるそうだ。
まぁ、コロの足なら半日も掛からないだろう。
冒険者ギルド前の通りは多くの人で賑わっている。
流石はララライ王国の玄関口、どこを歩いても活気があっていいことだ。
他国から輸入したであろう珍しい果物や毛織物を売りつけようとするアコギな商人をあしらいつつ、俺達は適当に目に付いた路地裏に移動する。
俺の隠蔽魔法を使って人目を避けた後、モニカはケットシーから人間に戻った。
「クリーンがあるとはいえ、いつまでも着の身着のままでは困りますわね。サブ……ジロー、服屋に行きますわよ」
「はいはい、分かりましたよモニカお嬢様」
「ジロー、この姿の時はクララとお呼びなさい」
今のモニカは黒髪ロングのそばかす娘に変装している。
ファランドール公爵家の領都ソーミンにあるモニカの実家で働いている侍女の孫娘の姿で、お忍びで出掛ける時によく使わせて貰っていたのだとか。
変装スキルは服ごと変えることもできるが、そのままにすることもできるらしい。
だから他人からだと、無駄に高そうなくたびれたドレスを着ているちぐはぐな貴族令嬢に見えるだろう。
コロの背中(鞍なし)に横乗りで腰掛けたモニカを連れて路地裏から出た俺は、近くの屋台でフィッシュアンドチップスを売っているおばちゃんに声を掛けた。
「お姉さん、この辺でいい感じの服を売ってる店知らない?」
「あら、アナタ冒険者の人? お姉さんだなんて、お世辞が上手いわねぇ~」
俺は満更でもなさそうな顔をしたおばちゃんに二人分のフィッシュアンドチップスを注文しつつ、お勧めの店をいくつか教えて貰った。
周りより服装に気を遣っているように見えたから聞いてみたが、大当たりだ。
お昼代わりに揚げたてのフィッシュアンドチップスを摘みながらやってきたのは、裏通りにあるイルカの看板が目印の「ドーファン」という仕立て屋だ。
コロの背から降りたモニカは、マネキンの並んだガラスのショーケースを眺めた。
「なかなか良さそうなお店ですわね」
「ちょっと見ただけで分かるもんなのか?」
マネキンはどれも華美過ぎないデザインのドレスを着せられており、見るからに女性向けの店という感じだ。
「お洒落に興味のないジローには分からないでしょうが、ショーケースの衣装は店の顔そのものですわ。都会の流行りには流されず、しかし学ぶべきところは学んで作品に昇華する。このドレスからはそのような印象を受けますわね」
「なるほどねぇ……」
よくよく観察してみたが、俺には大して違いが分からなかった。
生地に使われている素材もランクの高いテイムモンスターから採取されたものじゃなくて、どこにでも売っているような安っぽいソフトコットンだ。
「もしかして、お客さんです?」
閉店中と書かれたドアプレートの下げられた店の扉が開き、大きなイルカの刺繍がされているエプロンを着た背の低い丸顔の少女が顔を出した。
両サイドに分けた黒い二本のお下げの毛量が凄い。
恐らくは、彼女が店主のドワーフだろう。
「ええ、表の通りで屋台をしている婦人に紹介されましたの」
「バーバラさんかな? どうぞどうぞ、入ってください」
日陰で丸くなって昼寝を始めたコロを外に置いて、俺達は店の中に入った。
外観と同様にこじんまりとした店内の壁際は、ハンガーに架けられた色とりどりの女性用衣服で埋め尽くされている。
「こんなに沢山……これは選びがいがありますわね!」
「予算はそんなに多くないぞ、って聞いてないか」
店内に充満している強い防虫剤の匂いに顔をしかめた俺とは対照的に、モニカはイキイキとした表情を浮かべて衣類の物色を始めた。
「お兄さん、この辺の人じゃないです。どちらからいらっしゃったんです?」
ポポロと名乗ったドワーフの少女は、茶請けの用意をしながらそう尋ねてきた。
作業の途中だったのだろう、部屋の中央にあるドワーフ用の低い作業机には色の付いた生地の切れ端や裁縫道具が散乱している。
「王都からだ」
「やっぱり、そうだと思いました。外の子も強そうでしたし……貴族のご令嬢と駆け落ちでもされたんです?」
着たきり雀で魔獣の森を走破したモニカのドレスは、使い慣れていない俺の裁縫魔法ではごまかせないほどにくたびれていた。
ペララライスの鼻ブレスで焼け焦げた裾の先っちょは特に酷い。
「まぁ、似たような感じだな。あまり詮索しないでくれると助かる」
「聞かれたくないならこれ以上は聞きません。ポポロは賢いのです」
気を遣って貰ってありがたい限りだが、永年奴隷落ちしてから初めてのショッピングでテンションの上がっていたモニカは思わず口を滑らせてしまった。
「サブロー、どちらが良いと思いますか?」
俺の目の前にやってきたモニカはそう言って、手に持った二つのドレスを交互に身体に当てた。
「サブロー……?」
怪訝な顔をしたポポロは、作業机の隅っこに置いてあった人相書きに目を向けた。
そしてその疑念は、ゆっくりと確信へと変わっていく。
「やってしまいましたわ!?」
「それを言ったらおしまいだろ……」
俺は指先を扉に向けると、念動魔法で入口の鍵を施錠した。
これで少なくとも、急に他の客が入ってくることはないだろう。
「あの、何を……」
「事情を話すから、通報だけはしないでくれ」
困惑するポポロの肩にポンと手を置いた俺は、そう優しくお願いしたのだった。
それから三時間後、モニカはポポロの着せ替え人形と化していた。
モニカが変装スキルで赤の他人に化けられることを知ったポポロに、口止め料の代わりとして服のモデルを頼まれたのだ。
「はー、凄いです。どんどんインスピレーションが湧いてきます!」
ポポロは鼻息荒く、スケッチブックにガガガっとラフデザインを書き込んでいる。
ドワーフだからといって全員が全員器用というわけでもないそうだが、彼女は若い身の上で服飾を生業にしている辺り、芸術方面でもかなりの才能があるらしい。
「次は栗毛で長身の、四十代くらいのご婦人をお願いします!」
「も、もうマナが空っぽになってしまいましたわ……」
ぼふんと発生した白煙の中から現れたモニカは、元の金髪縦ロールの姿だった。
彼女がマナ切れを起こすのを見るのは偽装スキルの実験をして以来だ。
なんだかんだ言って、彼女の扱うスキルはマナパフォーマンスがいいのである。
「サブローさん、マナポーション持ってます?」
「もういい加減、休ませてやってくれないか」
俺は冷やしたジュエルオレンジを二つに割って、スプーンと一緒に皿に乗せてポポロに差し出した。
もう半分はモニカの分だ。
「むう、仕方ないです。今日はこれくらいにしてあげます」
作業机にスケッチブックを置いて皿を受け取ったポポロは、スプーンですくったゼリー状の果肉を口に運んで目を丸くした。
「お、美味しいです!?」
やっぱり、彼女は食べたことがなかったみたいだ。
ジュエルオレンジは都市部では栽培できず、そもそも一般市民が手に取れるような場所で売られること自体が少ないから当然ではある。
「サブロー、わたくしにもくださいまし!」
「はいはい。モデルの仕事、お疲れさん」
女子二人のおやつタイムが終わった後、予算に合わせてモニカが衣服を選んでいる間に俺はポポロと少しばかり話をしていた。
「ところでポポロ、どうして俺の手配書を持っていたんだ?」
王国法的に犯罪者として扱われていないことはしっかり確認済みだが、ここでは便宜上手配書と呼ぶ。
「人探しをするだけで大金が貰えるなら、誰だって同じことを考えるです。もし本当に1000万イェンが手に入ったら、ポポロは沢山生地を買えるのです」
「それは確かに、俺でもそうすると思うが……」
「大丈夫です。ポポロは領主様のご友人を売ったりしないです」
「領主様?」
「ポポロのお父さんはトルサード男爵領の鉱山で鉱夫をしているのです。今は先代夫妻が出奔して大変なことになっているみたいなので、サブローさんが何とかしてくれるとポポロも嬉しいのです」
モニカの学園時代の同級生、ノルノーラ・トルサードが王立学園を中退して領主になったのはそれが原因だった。
話を聞く限り、財政に深刻な問題を抱えていそうで不安である。
「俺は学のない冒険者だしなぁ。そこはモニカに頑張って貰いたいところだ」
「ふふふ、王立学園を首席で中退したわたくしにお任せくださいまし!」
王国宰相の娘は知らないところで忖度されて成績に下駄を履かされてそうだし、そもそも学園中退は誇るべきことではない。
「モニカ、服選びは終わったのか?」
「もちろんですわ。まだまだ物足りないですが、これでしばらくは安心して暮らせますわね」
モニカはテーブルの上に乱雑に積み上げられた衣服を指差した。
俺は下からはみ出していた派手な下着を抜き取って、ジト目でモニカを見つめた。
「こんな下着、一体何に使うつもりだ」
「そんな、わたくしに言わせないで欲しいですわ……」
頬を赤く染めるな。
俺はお前と添い遂げると決めたつもりはないぞ。
俺の恋人はこんなアホお嬢様じゃなく、もっとこうケモっとしたお姉さんがいい。
「これだと100万メルを超えるです。少し減らしたほうがいいです?」
「予算オーバーだ。元の場所に戻してこい」
「なんて意地悪なご主人様ですこと、後悔しても知りませんからね!」
「後悔するのは俺の財布だ……」
衣服を素早く畳みながら会計を始めたポポロに忠告されたモニカは、渋々といった感じで派手な下着を購入することを諦めたのだった。




