閑話 帰ってきたバルド
俺の名はバルド、ララライ王国に五人しかいないS級冒険者の一人だ。
狼系の獣人種であり、テイムしているメラミンフェンリルを連れ歩いているうちにいつしか「黒狼」の二つ名で呼ばれるようになった。
若い頃は相棒の背に乗って世界中を駆け回ったものだが、歳を重ねた今は故郷であるララライ王国の王都ラフティに拠点を置くS級冒険者クラン「獣魔の友」の団長として、日々若手テイマーの育成に努めている。
そのような経歴を持つ俺は、このたびララライ王家の要請に応じて遠く海を離れたトトトル王国の魔境で起こった大規模なスタンピードの対応に駆り出された。
友好国とはいえ他国まで救援の要請を出すとは、余程の緊急事態らしい。
それでも、冒険者として無辜の民を守ることに否やはない。
俺は十人いるクランメンバーのうち、古参の四人を連れて遠征に出発した。
海を越え、一週間の道程を経てやってきた城塞都市は確かに危機的状況にあった。
度重なる襲撃を受けて崩れかけた砂上の楼閣を囲う、ボスモンスターに支配され凶暴化したモンスターの群れ。
たかだか五人の冒険者で片付けられるものではないと思うだろう。
だが、高レベルテイマーの固有スキル「従魔強化」によって強化されたテイムモンスターの強さを甘く見て貰っては困る。
無口なオーヴァンのビッグジェリースライム、お調子者ダイナーのフレイムガルーダ、アイナ婆のサムライデーモン、最近頭髪を気にしているゲイリーのグランドヴァイパー、そして俺のメラミンフェンリル。
駆け付けてから僅か一時間足らずでボスモンスターのタイラントベヒーモスを討伐した俺達は、ボスモンスターの支配が解けたモンスターの群れを蹴散らして城塞都市の安全を確保した。
案内役の騎士からは「トトトル王国の王都で礼をさせては貰えないか」と誘われたが、固辞してすぐに帰路についた。
高ランク冒険者の引き抜きを目的としたこの手のハニートラップは昔から飽きるほど経験していたし、何よりも王都に残してきたクランメンバー達が心配だったのだ。
帰りの船の船尾でセイブル――メラミンフェンリルの名前だ――の漆黒の毛皮をブラシで漉きながら海を眺めていると、隣にやってきたダイナーが愚痴を零した。
「今頃、女に囲われて贅沢し放題だったろうによー。全く、勿体ないことをするぜ」
「お前一人なら今からでもガルーに乗って引き返せるだろう。独り立ちにはいい機会だと思うが、どうだ?」
ダイナーはやれやれと肩を竦めた。
「そんなことしたら婆ちゃんに殺されちまうよ」
彼は鬼教官として知られるアイナ婆の孫だ。
……と、噂をすれば影が差すか。
「アタシを呼んだかい?」
「うわぁ!?」
アイナ婆の連れたサムライデーモンに背後から肩を掴まれたダイナーが悲鳴を上げてすっ転んだ。
「ばばば婆ちゃん、驚かさないでくれよ!」
「見張りをサボって呑気に遊んでんじゃないよ。下っ端らしく働いてきな」
「オレはもうB級冒険者だ、下っ端じゃねぇ!」
「相も変わらず口ばっかりは達者だねぇ、まだ躾が必要かい?」
「行って参ります、御婆様!」
ビシッと敬礼して駆け出したダイナーの背中を見送ったアイナ婆は俺の方に向き直り、孫と揃いの紫に染まった三つ編みを指先で弄った。
「バルド、王都に残してきたガキンチョどもが心配かね?」
「まあ、な……」
俺は遠征に出る直前に、若手のクランメンバーの中でも特に優秀なカインを「獣魔の友」の副団長に任命していた。
不在中にララライ王国内の魔境「無限の魔窟」でスタンピードが起こった場合に備えてのことだ。
「サブロー坊やさえいれば滅多なことは起こらないだろうに、一体何を気にしているのさ」
サブローは俺が五年前に王都のスラム街で拾った子供だ。
この広いララライ王国でも数えるほどしかいない天恵のテイマー。
建国王セントジョージ・ララライと同じ、ドラゴンテイマーの素質を持つ者。
彼は誰よりもモンスターを愛したがゆえに、テイマーを辞めざるを得なかった。
いずれ心の傷が癒える日がやってくると信じて、俺はサブローが魔法使いに転職した後もそのままクランに置いて面倒を見ていた。
「そのサブローがカインと不仲なのはアイナ婆も知っているだろう」
「よーく知っているとも。今頃、権限を手に入れたカイン坊やにクランを追い出されている頃なんじゃないかねぇ」
「アイナ婆、冗談は止してくれ」
「賭けてもいいよ。アタシの勘はよく当たるって言われるんだ」
そう言って、アイナ婆は愉快そうにカラカラと笑った。
クランをカインに任せたのは早計だったかもしれない。
俺はキリキリと痛む胃を抑え、船の上空を飛ぶフレイムガルーダを見上げた。
それから二日後、王都に帰還した俺は冒険者ギルドに寄ることもなく真っ直ぐにクランホームを目指した。
王都は普段と変わらない様子だったが、嫌な胸騒ぎが止まらなかった。
「キューティーちゃん、俺のことが分からないのか!?」
獣舎の方から聞こえてくるグリフォンの暴れる音とチャックの叫び声。
「何をしている、チャック!」
「団長! 聞いてくださいよぉ、キューティーちゃんが……」
俺は服のあちこちに蹴り跡が残っている涙目のチャックから詳しく話を聞いた。
二日前にカインが難癖をつけてサブローをクランから追放したこと、勝手に使用人を十人ばかり雇ったこと、お気に入りのモンスターフードの在庫がなくなったことでキューティーちゃんが不機嫌になったこと……。
「なんということだ……」
俺は頭を抱えた。
「ほれ見たことか。アタシの勘は当たると言っただろう?」
「別にサブローがいなくたって、かわいーメイドさんに甲斐甲斐しくお世話して貰えるならオレは大歓迎だけどなー」
アイナ婆はダイナーの尻を蹴飛ばした。
「痛ってぇ! 何すんだよ婆ちゃん!」
「アンタは嫁を探すのが先だよ!」
オーヴァンはマジックバッグから予備のモンスターフード缶を取り出して、ボロ雑巾……もといチャックに差し出した。
「……使え」
「あざっす、オーヴァンの叔父貴! キューティーちゃん、おやつだぞー!」
モンスターフードの缶を抱えて走り出したチャックと入れ違いに、グランドヴァイパーを獣舎に預けたゲイリーが戻ってきた。
「どうする、バルト。これは責任問題だぞ」
「分かっている。カインが帰ってきたら俺とアイナ婆で詰問するつもりだ」
カインのテイムしているアイスワイバーンの姿は獣舎には見えない。
「しっかり頼んだよ。それじゃ、私は家に帰らせて貰うから」
ゲイリーはクランホームから徒歩10分の距離にある自宅に帰っていった。
テイムモンスターと一緒に生活をするのはテイマーの基本中の基本だが、ゲイリーは子供が怖がるからと言ってうちの獣舎にグランドヴァイパーを預けている。
「さてと、まずは使用人との顔見せからかねぇ」
「ああ、そうしよう」
国中の優秀なテイマーを集めたS級冒険者クラン「獣魔の友」はララライ王国の花形とも言える存在だ。
その名前で雇った以上、下手に解雇するわけにもいかない。
流石にカインもその辺りは気を付けたのか、目に見えて問題のありそうな使用人は一人もいなかった。
テイムモンスターを怖がる娘はいたが、内勤に回せば大丈夫だろう。
旅の荷を下ろしている間に夕方になり、クランホームにカインが帰ってきた。
使用人を経由してその連絡を受けた俺は早速、カインを団長室に呼び出した。
「バルド団長、お呼びと聞きましたが……」
執務机の椅子に座る俺の隣に立つアイナ婆と、その後ろにいるサムライデーモンを見てカインは冷や汗を流した。
どうやら不味いことをしたという自覚はあるらしい。
「俺の不在中に君が採用した新しい団員と使用人については不問としよう。サブローのことだ。なぜクランから追放した」
「なぜと申されましても……それは俺が聞きたいくらいです。団長はなぜ、テイマーでもない人間をいつまでもこのクランに留めていたのですか」
サブローだけを特別扱いするのは不公平だ、とでも言いたいのだろうか。
このクランに入る為に必死で努力したカインが俺の一存で入団したサブローに嫉妬する気持ちは分からないでもないが、それとこれとは話が別だ。
「天恵のテイマーにはそれだけの価値があるからさ」
「な……」
俺の代わりにアイナ婆が答えると、カインは驚きに目を見開いた。
「まさか、十年もこのクランにいて知らなかったのかい? 女を見る目はあるみたいだけど、これじゃあ及第点はやれないねぇ」
「いや、だが、しかし……」
カインは右手で顔を抑え、自らの思考に埋没した。
彼のよくやる癖だ。
しばらく待つと、顔を上げたカインはズレた眼鏡をクイっと持ち上げた。
「俺の行いが間違いであったとは認められません。例え天恵のテイマーであろうと、現在のジョブは魔法使いです。向上心もなく、ただぬるま湯に浸かり続けていいはずがない」
「それが副団長としての君の答えか、カイン」
「はい」
背もたれに背中を預けていた俺は姿勢を正し、カインと視線を合わせた。
「このクランに復帰するか否か。どちらでも構わないが、俺は一度サブローから話を聞きたいと思っている。しかし、難儀なことに彼は行方を眩ませてしまった」
昼間の内にダイナーを使って探させたが、ろくな情報が見つからなかった。
分かったことは一つだけだ。
「昨日の昼間、金髪の永年奴隷を連れて衛兵から逃げ回っていたんだとさ。こりゃあ、もう王都にはいないだろうねぇ」
「永年奴隷……?」
「カイン、心当たりはあるか?」
「いえ、ありません」
一昨日の夜、カインがクランホームでクランメンバーと酒盛りをしていたことは使用人達から聞いている。
そこにケットシーを連れたサブローがやってきて、ちょっとした宴会芸をした後に白煙とともに正体を現した金髪の永年奴隷と一緒に逃げ出したこともだ。
……本当に覚えていないのか?
「サブローがどこの貴族家に狙われているかについては、これから伝手を頼って調べるつもりだ。カイン、お前はどんな方法を使ってもいいからサブローをこのクランまで連れ戻せ。いいな?」
「これは職権乱用したアンタへの罰だよ。もし先にサブロー坊やの死体が見つかったら、分かっているんだろうね?」
アイナ婆の言葉を聞いて、カインの顔から血の気が失せていく。
ただ副団長の職を解任されるだけでは済まない、ということだ。
俺がカインと同じ立場だったら、すぐさま国外逃亡を図っていただろうな。
「……分かりました。必ず、必ず生きたままサブローを連れ戻して見せます」
「それでいい。朗報を期待している」
カインは深々と頭を下げ、団長室から退出した。
「バルド、本当にこれでよかったのかい? カイン坊やに本気で隠れたサブロー坊やを見つけられるはずがないじゃないか」
「少なくとも、成長のきっかけにはなるだろう。これで折れるようならそこまでだ」
サブローは用心深い男だ。
そうでなければ、王都のスラムで横行している違法奴隷商の孤児狩りの目から逃げ延びることなどできはしない。
「そうかい。じゃあ、アタシは風呂に入って寝るとするよ」
「久々の長旅で疲れただろう、ゆっくり休んでくれ」
「最近はちょっと歩いただけで節々が痛む。お互い、歳を取るのは辛いねぇ」
「そうかもしれんな。だが、悪いことばかりではない」
サムライデーモンを連れて団長室から退出したアイナ婆の背中を見送った俺は、引き出しから白紙とインク瓶、そして羽ペンを取り出した。
明日は朝から王宮に上がって、遠征の報告をしなければならない。
出来ることなら、そこで少しでも話を聞けるといいのだが……。




