花園の綻び②
その、青い丸の示したところは、私のよく知っているところだった。
18年間私が住んでいたところだった。私の頭はその18年間を記憶の中から取り出そうとしたが、それを打ち消した。
何はともあれ、上司からの呼び出しに応えるのが先だろう。
大してお腹は空いていなかったが、少し塩分を摂りたい様な気がして、冷蔵庫を開けてその中からソーセージを取り出して1本口に放り込んだ。
そして、スーツを着、ジャガーの絵がプリントされたカルティエのスカーフを巻き、ショーメの金の華奢なデザインのブレスレットを嵌める。それほどこの職業のお給料が良いわけではない。だが、これといった楽しみの無い私にとって、ブランド物を買い、身につけることは、目標であり、黒く染まっている組織への抵抗のシンボルであり、モノに見合うだけの人間になるという決意でもある。
そして、私は着替えを済ませると家を出て愛車に乗り込んだ。
ナビはあるが、面倒くさいので設定しない。まあ、尤も必要無いのだが。
18年過ごした場所へ行く。10年ほども離れた場所。
今日は5飛びで無いので、郊外にあるといっても40分ほどだろう。
高速道路に乗ると、一般道のように信号に煩うこともなく速度を上げると心の澱が晴れていく様な気がして、好きだ。
現場へ着くと、もうそのアパートの付近はテープが張られ、関係者以外立ち入り禁止となっていた。「関係者」には、同じアパートに住んでいた人間も含まれる。
私はどんな人を見ても、知らない顔をしていなければならない。
まず私は上司である、御木本を探さなければならない。だが、パッと見たところ、見当たらないので、電話をかけることにした。掛けると3コールで出てくれた。
すると、もっとも人の集まっていた2階の部屋から御木本が出てきた。外階段を降りて、私に近づくと、まず休日に呼び出したことへの詫びをしてから、本題に早速入った。
「被害者は元岡亘。年齢は42。職業、会社員。配偶者なし。このアパートで1人暮らしだったようだな。まあ、物取りではなさそうなので、財布とかから、身分証明書なんかは綺麗に出て来た。あと、このアパートの住民から今話を聞いているところだ。現場にはもう人が十分入ってるから、ミヤは俺と一緒にそっちへまわる。そのほか、質問は。」
「いえ、特に。」
御木本たち同僚はイソノミヤの5文字をいうのが面倒くさく、私をミヤ、と呼ぶ。私もそちらの方が良いと思っている。
「なら、行こうか。」
御木本は2つ隣のドアに向かって、すみませーん、と声をかけた。
中から何か物音がしてから、しばらくすると、鍵が空いた音がした。それで開いたが、少ししか開けてくれなかった。チェーンがついていたからだ。御木本が警察手帳を見せると、チェーンを外してくれた。
まずは佳菜子おばさんだった。