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妖狐の血を引く俺は、死神のお世話係 ~御子召喚されたけど、追放されてモフモフ要員になりました!?~  作者: 卯崎瑛珠
三章 暴れる巨亀

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20話 捨て子と王様


 それからというもの、海洋王国からは賓客(ひんきゃく)扱いを受けることになってしまった。

 砦の中で、国王の次に豪華な客室に案内されたし、騎士たちも敬意を持って接してくる。

 

 そこでふんぞり返れたら楽なのかもしれないが、俺にとってはただひたすら、居心地が悪かっただけだ。だって中身は全然変わっていないのだから。


「いやもう、普通にして……」

御子(みこ)様にそのようなっ」

「シンでいいってば」

「無理です」


 という感じで、全然落ち着かない。

 一日寝て起き上がれるようになり、リハビリがてらゆっくり散歩することから始めた俺は、砦の物見から湾を眺める。

 巨大な亀は、あれ以来海に潜ったままなのだそうだ。その代わり、海は少しずつ()いできているらしい。でもまだ、水の色が黒い。


「タルタロス……」

 

 切れた尾からは、大量の血が流れ出ていた。戦いから二日経ち、影も見えないとなると、心配だ。


「ごめんな……もうちょっと待ってて。すぐ会いに行くから」


 海風に俺の声が乗りますように。届きますように。

 自然と、心から祈る。


 胸に、グリモアから預かったネックレスがある。トップにある黒い石は、なぜか見ていると落ち着く。

 グリモアみたいだからかなと思うと、相手は死神なのに? とおかしくなる。


 解放条件は『魔獣を退治できたなら』だ。

 実際は、守護獣に呪いのナイフが刺さっていたと分かった。そのナイフは、エミーの尽力で浄化されたらしい。あとは、タルタロス本体の浄化が残っている。


 エミーは魔力を使い過ぎた後、徹夜で祈り続けた反動で、まだ起き上がれていない。

 

「無理、したな」


 俺と交替するように眠ったエミーを何度か見舞いに行ったが、眠りの浅い時に少し目線を交わしただけだ。

 それでも俺の存在を確認すると安心するようだから、タイミングを見て顔を見に行くようにしている。


 ライナルトも、ああ見えて怪我と疲労が激しく、休んでもらっていた。


 なんとなく落ち着かない俺は、こうして物見の回廊にいる時間が増えている。


「またここにいたのか」

「陛下」


『太陽の御子』という身分を得てしまった俺が、国王と対等に話をしても(とが)める者はいなくなった。

 むしろ拝まれる気配まであって、本当に居心地が悪い。そんな中、国王だけは気さくに接してくれるのが救いだった。

 

「……なんか、どうしていいかわからなくて」


 だから思わず、弱音を吐いてしまう。


「ふむ」


 今は物騒な鎧姿ではなく、普段着(といっても装飾が多くて、高そうな青い騎士服みたいなやつ)の国王は微笑んだ。

 それから黙って俺の頭を撫で、耳を撫でる。くすぐったい。


「……さりげなく触りますよね」

()いからな」

「口説いてます!?」

「ふはははは! そうかもな!」


 もしかして俺、警戒すべき!?


「そう耳を倒すな。ますます可愛いではないか」

「褒めてないですよね」

「バレたか」

 

 にやりとする国王は、きっと俺の心を見透かしている。


「……宿命を受け入れるのは、なかなかに難しいことだ」


 そっと寄り添い、優しい言葉で話しかけてくれる。


「陛下もですか」

「ああ。王子として生まれてみろ。大変だぞ」

「絶対嫌ですね」

「だろ?」

「でも、受け入れたんですね」

「まあな」


 それから、ぎゅっと俺の肩を抱き寄せながら語るのはきっと、国王の本心だ。冷たい海風の中で感じる体温が、温かい。

 

「生まれた時からそうだったなら、どこかで区切りや見切りがつく。だが生きてきた道を、途中で無理やりに変えられるのは、さぞ辛かろう」

「そう、ですね……でも俺結構、そういう人生だったんで」

「そういう人生、とは」

「えーっと小さいころ両親が離婚して捨てられて、施設で育って。祖母がいることが分かって、ボケ……病気で亡くなるまで、面倒見て。それから働いて。そんな感じ」

「……」

「やっと生活、落ち着いたと思ったんですけどねえ~ははは」

「そうか」

「だからまあ、捨てられるのには、慣れてるし」

「シンは、すごいなあ」

「え?」

 

 がんばった、とか可哀そう、はよく言われるが、すごいと褒められたのは初めてだ。


「自分の境遇を恨まず、受け入れてきたのだな。すごいことだ」

「そんな大げさですよ。恨んでも、変わらないし。あきらめっていうか」

「優しく人を思いやり、生きている。助けようと動ける。ライナルトとエミーを見よ。心底(した)われているぞ」

「っ」

「なかなかできることではない。その温かな心こそ、太陽の御子たる素質であると、余は思う」

 

 唐突に、ぶわりと目から何かが溢れてくる。

 熱く頬を濡らすのが気持ち悪いが、止められない。


「おお、泣かせるつもりはなかったのだが」

「意地悪だ」

「はっはっは。よしよし。すごいなあ。頑張ったなあ」

「うううう」

 

 肩を抱きよせていた国王は、俺を正面からぎゅううと抱きしめた。

 それから後頭部を撫で、よしよしと言い続けられる。


「こどもじゃ、ねえんだからっ」

「たまには気を抜いても良いではないか。内緒にしておくぞ」


 この国王が、騎士たちに(した)われている理由がわかった。

 度量が大きくて、つい従いたくなる。男が惚れる男、というやつなのだろう。

 

「ぐす。おれは、いい。はやく、グリモアを、たすけたい」


 す、と体を離すと、国王は目を鋭くした。

 

「死神なのにか」

「あいつは……きっと死神になんて、なりたくないんだ」


 命を取り返すのは面倒と言っていた。

 俺の作った料理を美味いと。そして、俺の耳を触るのが楽しいと言っていた。

 あんなのが、死神か? 違うだろう?

 

「いのちを、取ろうとしたから。許せないのは、わかる! けど」

「いや。そうではない」


 それから国王は、真剣な顔で告げる。


「死神はなぜか、余の命を取ることを、拒否し続けていた。その間に、結界に縛り付けることができたのだ」

「グリモアがッ……」

 

 俺の目から、また大量の涙が溢れる。


「術に(あらが)うなど、想像を絶する。命を失う危険があるから、今は誰も死神の様子を確かめられぬ。正直……生きているのかすら」

「な!」

 

 ドン! と俺は国王の胸板を拳で殴った。


「だましたんだな!」

「いいや。余は、国王だ。どのような手段を使っても、国を救いたかった」


 国王はとても悲しい顔で、俺の拳を上から握りしめながら見下ろし、告げた。


「シンがあまりにも純粋で優しいから、言ってしまった。余もまだまだ、国王の器ではないな」


 そう言われてしまえば、もう何も言えない。

 

「汚い男で、すまぬ」


 感情の行き場がなくて、悔しくて、今度はただひたすら、目の前の石壁をたたく。(いきどお)る。

 

 離れた場所で護衛をしている騎士たちが戸惑っているが、国王は好きにさせろとばかりに顔を横に軽く振った。

 

 

 俺は、行き場所も目的も、周りに流されてきたことは、否定しない。それでも、わずかな時を一緒に過ごしただけの、恐ろしい存在を――グリモアを、心から助けたいのだと自覚した。

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