1話 異世界へ召喚されたっぽい
「あ!? おいおい、なんだこれ!? 火事か!?」
一人キャンプが趣味で、普段は都会のオフィス街にあるビルの、常駐ガードマンとして働いている俺。
日勤日勤夜勤夜勤休み休みを繰り返すシフトで、夜勤明けに郊外のキャンプ場へ行き、のんびり過ごすのがルーチンになっていた。
この日も、夜勤明けの眠い目をこすりつつ、部屋でバックパック内の装備を確認していると――ひとり暮らしのオンボロアパートの床が、びっかびかに光り始めたのだ。
だが不思議と熱くはないし、円状に赤く光った変な模様が浮いて見える。まるで魔法陣だな、とどこか冷えた頭で考えた後で、我に返った。
「あわわわ! とりあえず、避難! 避難っ……荷物!」
動揺しつつも、周辺に広げていた調味料、食料、調理器具と着替え一式をバックパックに慌てて詰め込んで背負う。空いている手で、小型テントと折りたたみチェアの入ったカバンを持ち、さあ避難するぞと思った矢先――気を失った。
◇
ドン!
「ってえ!」
したたかに尻を打って、目が覚める。
「おおぉ!」
「成功かっ」
「さすが大司祭殿だ!」
背中に巨大なバックパック、手にでかいカバン、裸足で部屋着(愛用のグレーのスウェット上下、毛玉付き)の俺は、見知らぬ場所に尻もちをついていた。
「はあ!?」
床はひんやりとした白い大理石で、さっき部屋で見たような模様が描いてあることに気づく。
顔を上げれば、異国情緒漂うと言えば聞こえは良いが、見るからに怪しい宗教っぽいローブに身を包む人々に囲まれている。十人はいるだろうか。
意味が分からないぞと戸惑っていると、眼前にアニメで見たような白い騎士服に身を包んだ男がやってきて、跪いた。
「御子殿であらせられるか!」
「ええ!? 違います! シンです! 菊守新!」
反射的に名乗ってから、「あっ、これ夢か!」と思った。そうか、キャンプ準備しながら、深夜アニメでこういうの見た後だもんな!
だがその俺の思いは、いきなりぎゅっと手首を握ってきた騎士の力で、即座に否定された。
「いでえ!」
もんのすごい痛い。これでも鍛えている方(警備のためではなく、小さなころから趣味で空手を習っている)なのに、痛い。拒否しようと腕を振るうが、相手はびくともしない。
それどころか、驚きで目を見開いている――その瞳の色が水色で、へなへなと俺の全身から力が抜けた。水色の瞳なんて、現実にいるか?
「……確かに、手首に印がないっ」
「はあ!?」
「体のどこかに、太陽のような模様はあるか!?」
「んなもん、ねえよ! はなせっ!」
俺がぶんぶん乱暴に腕を振ると、ようやく騎士は手を離した。
両膝を床に突いて愕然とされても、俺には何のことやらさっぱりだ。
「なんとっ」
「そんな……」
「失敗したというのか!」
察するに、召喚の儀式で異世界転移させられたといったところか。
ほら、昨日そんなアニメ見たせいだ……でも手首が痛いぞ。痛いってことは……夢じゃなくて現実か!?
「っまじか! ここ、どこ!?」
「森の王国ヒューリーである」
「あんただれ!?」
「聖騎士団長、ライナルトだ」
せいきしだんちょう、の単語を音で聞いてみろ。絶対訳わからんから。
「らいなると?」
「ああ」
眉尻を下げる男をしげしげ見つめるしかできない。
「そんなはずはない!」
すると、いかにも神官のようなローブを着た偉そうなおっさんが、割り込んできた。
手には人を殴り殺せそうなほど長くて立派な金属の杖。柄頭を床に付けても、先端は頭より高い。てっぺんの大きな輪には色とりどりの石がついていて、床のと似たような模様だと気づいた。
「太陽の御子よ、目覚めよ!」
それをぶんぶん振るって目の前でブツブツ呪文を唱え始められてみろ。絶対パニックになるから。
「な、なん、なんなんだよぉ~!」
視界が歪むのは涙のせいか、魔法? のせいか。
熱い。頭頂が熱い。尻、というか尾てい骨の辺りが熱い。
手の荷物を放り出し、頭と尻を押さえる俺を、周辺の人間たちがごくりと息を呑んで見守っている。目の前のせいきしもだ。
「ぎゃあ!」
今まで経験したことのない痛みが全身を駆け抜け、出したことのない悲鳴が出た。
空手の稽古で腹を殴られたって、出したことはない。まあそれは、技を喰らう覚悟をして臨んでいるからなんだけど。
「な!」
「まさか」
「そんなっ」
周囲の俺を見る目に、一気に憎しみが宿ったのを感じる。
「おのれ……魔物め! 聖なる儀式を、邪魔したなあああああああああっ!!」
金属の杖で殴りかかりそうになっているおっさんからは、らいなると? が守ってくれる。
「どうか落ち着いてください、大司祭殿!」
「こんなやつを庇うなど! どうかしているぞ団長!」
「お気を確かに! 言葉が通じるんです!」
「どけえ!」
もし俺が召喚された聖女とかなら(そんなアニメもあったよな)。
修羅場でナイト様がわたくしを守ってくれている! ドキドキきゅるるん! の場面だろうが、俺はれっきとした青年男子(二十五歳)だ。
「どうでもいいから、家に帰せよおおおおおおお!!」
――渾身の叫びが、こだまする。そこでようやく見上げた天井が、全部大理石でできた立派な神殿だと気づいた。うん、ガチのやつだこれ。
よくあるアニメなら、帰る方法はないんだよな~でもそしたらキャンプ道具でなんとか生きられるか? とちらっと思ったが。
「魔物を、ひっ捕らえよ!」
帰る以前に、命が危ないパターンもあるらしかった。聞いてねえぞ!
お読みいただき、ありがとうございます。
最終話まで執筆済ですので、安心して続きをお楽しみくださいm(_ _)m
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