3.ナティのお世話はマニマニの仕事。ナティの仕事は……
それから数日は、何事もなく過ぎていった。
両手が無く、自分の事すら満足にできないナティの世話に、カラカラの姉のマニマニ(本名マニシュマニ)が日中は来てくれている。まだ小さいのにしっかりした子だ。
ジョシュアン先生の火傷の治療が終わり、顔のガーゼが取れた頃には、ナティも幾分か笑顔を見せるようになった。バーサやカラカラ、マニマニ限定だけど……相変わらず、俺に対しては、若干引きつった顔をしているけど──まぁ、そりゃそうだろう。仕方ない。
それでも、ナティに明るさが戻ってきたようで、ちょっと救われた気がしている。
ふと、視界の端に黒いモノが見えた。
「バーサ、また猫が入ってるぞ。制服に臭いが移ったらいけないから、本館の中には入れないようにカラカラに言っといてくれ」
猫である。黒い猫。
「お坊ちゃま、猫ですか?」
「ああそうだ、黒い奴」
「はぁ、黒猫なんていないはずなんですけども、見ておきます」
えっ?と、思ったときには黒い猫は消えていた。
バーサは、館の裏で色んな動物を飼っている。
飼っているというより、とにかく拾ってくるのだ。
『だって可愛そうではありませんか』とか『アタシに飼ってくれって目をしてたんですよ』とかいう口調でどんどん増やしていく。牛を引いて帰ってきた時は、精肉店に持っていけと、半ば本気で言ってしまった。たしか、あの時も『アタシに飼ってくれって目をしてたんですよ』と言っていた気がする。野良牛?
そして、遂に数が増えすぎて、自分で面倒をみれなくなってしまったら時から、カラカラにお願いするようになったみたいだ。最近では、孤児院の遠足先として裏庭に子供達が来ることもある。
バーサも家族と離れて寂しかろうと、黙認していた俺が悪いんだがなぁ。やりすぎなんだよ。
領主は、いつも通り俺達の前に姿を現すことなく、近隣領主の所に行ったり、隣国に行ったりと忙しなく暗躍しているみたいだ。
嬢様は、相変わらず前線の砦で、隣国の兵を牽制しつつ、魔獣を狩っている。あんな苛烈で情に薄い人だけど、『戦場の華』って云うんだろうか、戦場の嬢様は頼もしく、美しい。でも、機嫌で人間変わるからなぁ。付き合いにくい。
俺も相変わらず、金魚の糞みたいに嬢様にくっついている。すぐに前線に出たがる人だから、ついて行くのも大変なんだよ。
そう言えば、領邸の脇に新しい飾りが増えた。
マジソン市の助祭の首だ。使えない聖女を売りつけたとして、嬢様に処罰された後に晒されている。『司祭の首を晒したかったのだがな』と、嬢様は言われていたけど、流石に司祭まで呼び出して処罰する事は嬢様でもしなかった。司祭に手を出すと、宗教弾圧で教会を敵に回す事になるから──多少の政治的倫理は嬢様にもあったという事だ。
助祭は、首切り用に教会側から差し出されたという噂もあったけど、まぁ、あそこもブラックなところがあるから、あり得る話である。
と、まあ、領として、内にも外にも問題を抱えながらもちょっと間、平穏な日が流れていた。
──トン トン
そんなある夜、俺の部屋をノックする音が聞こえた。
黙って耳を傾けると、再び──トントンと、音がする。
音の位置からして、ドアのちょっと上の方、微かにくぐもった音からして、ナティだと分かる。
俺は慌ててドアを開ける。
そこにナティがいた。
夜遅いとはいえ、寝静まるには早い時間。
燭台を片手にナティを見ると、おでこが微かに赤くなっていた。両手の無いナティは、頭突きでノックする。
バーサに着せてもらったであろう、ゆったりとしたワンピース型のネグリジェの裾をヒラリと揺らして、口を開く事なく室内に入ってきたナティは、俺のベッドに腰掛ける。
見ると、口をキュッと噤み、目を閉じている。
俺は、横に座る。
ビクッと一瞬震えただけで、ナティは動かない。
俺は、ナティを見つめた。
最近は、チラホラとナティの笑う声を聞くことも多くなった(当然、俺のいないところでだが……)。バーサも気に入っているようだ(両手がないので手はかかるが……)。
同時に、時として思い詰めた表情をしている時もある。夜にうなされて、奇声をあげる時もある。
ナティは何も言わず、座っている。
どうしたもんだろと、ナティに合わせて黙っていると、小さな声で、吃るように言ってきた。
「……お……お世話……を…………」
世話?
ナティは、震えている。
いったい何の世話ができるというのか?
俯いたまま言葉を繰り返すナティ。
頭に疑問符を浮かべながら見つめると、大きく開いた襟ぐりから白い背中が少し見えた。
蝋燭の微かなオレンジ色が白い肌に血色を与えて、艶めかしい。微かな産毛…………。
ダメだダメだダメだ!
これ、駄目なお世話だ!
夜のお世話って──この娘にそんな事させちゃあ駄目でしょ!
ナティの肩を掴んで、こちらを向かせると、ナティはそっと目を開けた。目が潤んでいる。口は噤んだまま。手から伝わる微かな震えが止まり、覚悟がみえる。
俺は、ゆっくりと首を横に振り、ナティを立ち上がらせると、部屋から出した。
ナティは、部屋の前で暫く立ちすくんでいたが、項垂れてトボトボと廊下を去っていく。
俺は、それを見届けると、ドアを閉めた。
手に残る細い肩の感触。
思い出される領邸での事。
歯を食いしばって耐えていたナティの表情。
胸の内側が痛む。
頭を抱えてベッドに蹲る。
言いようのない後悔と羞恥が、心を埋め尽くす。
それでも、おっ勃ってくるシンボル。
手に残る細い肩の感触を再度感じ、自虐する。
あぁ、俺って、最低だ…………。
翌朝、館からナティの姿が消えていた。
【昊ノ燈】と申します。
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