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2.バーサは何でもお見通し。

 夜勤の者が就業し引き継ぎが終わると、その日の業務が終わる。

 今日みたいな日は、酒が飲める同僚達が羨まい。皆が言う、心の奥の煮凝りのような鬱蒼としたモノを酒で流すっていうのを体験したい。でも、酒、飲めねぇからなぁ。

 エール一杯で眠くなるし、そしたら次の日、頭痛ガンガン二日酔い。果実酒飲めば痒くなる。自分に合った酒を探そうとし時期もあったけど、徒労に終わった。

「甘い物でも買って、バーサと食べるか〜」


 独り言ちた時だった。

 一人の衛兵が走ってきた。

「良かった! まだいらっしゃったんですね」

 年若い衛兵は、帰る前に裏口まで来てくれと言う。


 詰め所に寄ってから帰ろうと思っていた俺は、面倒くさい事が待ってそうな気を満々に感じながら、裏口へと向かった。


「こちらなんですが……」

 申し訳そうな衛兵の視線の先には、女がいた。ナティである。

 裏口の外に座り込んだまま、焦点の合わない目で虚空を見つめている。


 ちょっと気味が悪くて……と言う衛兵の後ろで、野次馬根性でついて来ていた同僚達が去っていくのが見えた。

 逃げんなよコラァ。心で叫ぶけど、どうしようもねぇよなコレ。

 最後の同僚が、肩を叩いて、サムズアップして去っていく。

 サムズアップの意味を教えてくれ!


 仕方なく、今夜だけと連れ帰る事にした。


 立ち上がらせたナティの腕は、肘から上のあたりから地面に落ちていた。人の腕の形のまま、炭となって…………。



 ◇◇◇after a while◇◇


 俺の家は、下屋敷区域の外れにある。

 家と言うには大きく、邸宅というには小さいが、商業区域にも近く便の良い立地だ。母方の縁で住むことになった家。実家は王都にあるので、俺はこの領で気儘な一人暮らしのハズが、バーサが付いてきた。

 バーサは、実家の侍女であり、俺達兄弟の乳母だ。旦那さんに先立たれたし、子供達も手を離れて独立したからと、田舎の領に行く俺に付いてきた。事ある毎に、『お兄様方は──』と、兄貴達と比べてくるのが鬱陶しいけど、考えてみると、掃除も洗濯もできない俺にとって、なくてはならない存在でもある。


「あらあらお坊ちゃま、どうしたんです?」

 玄関先でまごついている俺に、調理場から出てきたバーサが声をかけてきた。


「ああ、ちょっとな…………」

「何してるんですか、早く着替えてきてくださいな。お夜食にしますよ──」

 言いかけたバーサの視界に、ナティが入る。

「──えっ?あっ?まぁまぁまぁ、お客様ですか?女性の方じゃあありませんか?お坊ちゃまが、まぁまぁまぁ」

 バーサの声が喜色ばる。

 まあ、三十前にして女っ気もない俺が、急に女性を連れ帰ったのだから、いつも『お兄様方は、お子様もいらっしゃるのに……』と、苦言を呈してくるバーサにとっては、女ってだけで嬉しいのかもしれない。


「ちょっと事情があってな」

 言いながら俺が背中を軽く押すと、ナティはビクッと一度震えてから一歩前に出る。

 バーサは、その一瞬で察したのだろう。

 奥に向かって大声で呼びかける。

「カラカラ、まだいるでしょ。お使いお願い。ジョシュアン先生と、マダマルコネ呼んできて」


 奥から、ハ〜イという声が聞こえて、軽い足音が遠ざかっていった。


 優しげな声で、バーサが近寄ってくる。

「で、お嬢さん。大変だったわね」

 ナティは、再びビクッと震えてから虚ろな目をバーサに向ける。

「大丈夫だよ。アタシはバーサ。ただの年寄りさね。お嬢さん、アンタ、マジソン市の聖女さんだろ。可哀想に焼かれたのかい?髪が傷んでしまってるじゃないか。頬にも火傷が残ってるし。領主んとこのお嬢様にやられたんでしょう。怖かったね。怖かったね」

 ゆっくりとナティを抱きしめるバーサ。

 虚ろな目は、次第に色を取り戻し、泣き始めた。

 まるで子供のように泣きじゃくる。

「良いんだよ。お泣き、辛かったね」

 バーサは、抱きしめた感触から、ナティの両腕が無いことに気付いただろうに、ただ抱きしめていた。


 それにしても、バーサには敵わない。

 何も言っていないのに、全てを知られてしまっている。

 後で聞いてみたら、あっさりした顔で言っていた。

 ・マジソン市から聖女が領軍に連れてこられた噂。

 ・領軍が戦闘で犠牲を出しての辛勝との噂。

 ・領軍を率いるお嬢様が苛烈という噂。

 ・焼けた髪と火傷の残る頬。

 ・憔悴しきった顔。

 ・俺の上衣を着ている事。

 ・俺が突然連れ帰った事。

 以上の事から推察したんだと──どこの名探偵だよ!


 暫くすると、カラカラがジョシュアン先生を連れてきた。

 カラカラは、本名カラシュカラ。バーサからお小遣いを貰って裏の動物の世話をしている男の子。

 ジョシュアン先生は、町医者。高齢でバーサの茶飲み友達でもあるみたいだ。


「バーサ〜。マダマルコネは、店閉めてから来るから少し遅れるって」

 バーサにそう言うと、カラカラは、お小遣いを貰って帰っていった。


「こんな時間に呼び出すとはなんじゃい?んっ、ほっ、この娘さんじゃな?ちいと奥の部屋を借りるぞい」

 そう言いながら、ジョシュアン先生は勝手知ったるように奥の部屋へとナティを連れて行った。


「アタシは、水やらタオルやらの準備をして持っていきますからね。お坊ちゃまは、マダマルコネが来たら話し相手にでもなってて頂戴な」


 一人残された……。

 何か勝手に飯を食べる訳にもいかず、ただ呆然と待つしかない。

 でも、マダマルコネか…………苦手なんだよな。

 あ〜腹減った…………けど、のんびり食べてるのも悪いしなぁ。一応、この家の主人なんだけどな──しゃあないか。


 バーサが水桶を持って三、四回出入りしたところで、マダマルコネがやってきた。

 マダマルコネは、スラッと背が高く、腰まで伸びた濃紫のストレートヘアーを持つ美人だ。町を歩けば、間違いなく十人が十人共に振り返るに違いない。ただ、問題があるとすれば(俺が苦手な理由だが)男ということだ。ちなみに、男というよりも漢。


「あ〜らお出迎え。ちょっと荷物持つの手伝ってくれない。重いのよ」

 外見に似合わない野太い声で、大きな鞄を差し出してくる。片手で渡された鞄は重い。あの細い腕でどうやって持ってきたのか──漢だからな。

「で、お嬢ちゃんは何処?」

「へっ?」

 何でナティがいる事知ってんの?

 バーサは、そんな伝言していないよね?


 マダマルコネは、しなやかで細い腕を胸の前で組み、バカにしたような口調で言う。

「バーサが、カラカラに伝言したって事は、バーサ自体が動けないということでしょ。それにジョシュアン先生を呼んだって事から怪我人か急病患者がいるって事は分かるよね。その上で服屋の私も呼ばれたって事から、その患者は女性。それもまともな服を着ていない。バーサの服は貸せないし、そのままにしておけないって事から年頃のお嬢ちゃんって分かるでしょ」

 バーサにしても、マダマルコネにしても、何なんだよ、この理解力の凄さは…………。

 にしても、腕を組んだマダマルコネに見える谷間は?──胸筋だよな?──微かな膨らみだけど、確かに見える谷間は?──胸筋だよな?


 フフッと魅惑的な微笑をこぼして、更に胸を強調するマダマルコネ。

 やっぱり苦手だコイツ。フフッって声も野太いんだよなぁ。



 ──カチャ

 扉が開いて、ジョシュアン先生とバーサが出てきた。

 「あら、マダマルコネ、もう来てたの。荷物持って中に入って」

 バーサとマダマルコネが部屋に消える。


「ジョシュアン先生、ありがとうございます」

 俺の声に、疲れた感じでジョシュアンは返す。

「酷いもんじゃのう……腕はどうしょうもない。肩から先は無いんじゃからの。余程の高温で一気に焼かれたんじゃろ?他のところの火傷は何とかなるじゃろうて。しばらくは、通ってやるわい。──それにしても、生きたまま、炭になる程両手を焼かれて……それに犯されたんじゃろ。内腿に跡が残っておった。酷いもんじゃ、焼かれて、犯されて、酷いもんじゃ。本当に酷いもんじゃ」

「……………………」

 辛そうに言うジョシュアンに、俺は何も言えなかった。

 焼いたのは嬢様。俺は止められなかった。ただ見ていた……。

 そして、犯したのは俺。人として許されざる行為であったとしても、あの時はあれが最善だと考えたから……。


 

「ゴメンねぇ。こんなに可愛いお嬢ちゃんとは思わなかったから、地味な服しか持ってこなかったの──」

 野太い声がドアを開けて出てきた。

「──でも、下着は可愛いの沢山持ってきてたから良かったわぁ」


「ありがとうね、マダマルコネ。髪もキレイにしてくれて」

「でも、部屋を汚しちゃって申し訳ないわぁ」

「いいのいいの。部屋なんて、掃除すればいいんだから──って、お坊ちゃま、先生にお茶もお出ししてないのですか?これだからお坊ちゃまはしょうがない。お兄様方なら──」

 マダマルコネとの話から一転、俺にターゲットを変えてきたバーサの言葉は、俺の耳を素通りしていった。


 俺の目は、バーサに連れられて部屋から出てきたナティに釘付けになっていた。

 首巻かれた包帯や頬に貼られたガーゼは痛々しかったけど、空色のワンピースに包まれたナティは──年相応で──とても美しかった。

【昊ノ燈】と申します。


読んでいただき、ありがとうございます。

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