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1話 不幸令嬢とはじめての庶民語

 不幸、それは素晴らしいもの。そう私の世界では認識されています。不幸度合を測定する悪趣味な不幸値システムによって、人そのものの価値が決まってしまいます。


 不幸であること、それこそが最高の幸福です。そのようなわけがありませんのに。




 今日はお見合いの日。非常に気が乗らないですし、何回も拒否をしたのです。けれど、お父様が強行したため開催されることになりました。いい感じに断ってしまいましょう。


 メイドたちに仕立ててもらい、お見合いの席に着きます。少し待っておりますと、相手方が到着なさいました。


「お初にお目にかかります。キルトリア国第二皇子のトーマ・キルトリアです。以後お見知りおきを」


 トーマ皇子の所作は完璧で、少しも体の軸がぶれることはなく、声もよく通っております。キリっとした表情で、国を背負ってこのお見合いに来ていただいていることが伝わってきました。しかし、私は断るつもりです。


「ご丁寧にありがとうございます。私はカラミア国の第三王女のリーナ・カラミアです。遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」


 軽い挨拶を済ませ、断るタイミングをうかがいながら世間話をしました。しかし、私はお人よしです。そのまま成り行きで婚約が決まりました。


 全く気持ちが乗らないですが、おそらく最初から決まっていたのでしょう。トーマ皇子は今日からカラミア家の王宮に住む用意ができていました。


 私は沈んだ気持ちで自室に向かいます。トーマ皇子が嫌いなわけではありません。もちろん好きだ、というわけでもないのですけれど。


 トーマ皇子は綺麗な黒髪のストレートで身長は高く、顔立ちが整っておられるし、学業でも優秀な成績を修めており、十分すぎる才能の持ち主。婚約をしたいと考えておられる貴族の令嬢は多いはずです。


 でも、愛するわけにはいかないのです。もうあんな思いは......


 人類は全員才能を抱えて生まれてきます。しかし、もちろん才能には恵まれないものもいれば才能に富むものがいます。ただ、人類はそもそも平等です。そこで、神は帳尻を合わせるために不幸を才能の大きさに合わせて分配しました。


 つまり、才能と不幸は表裏一体なのです。


 私は非常に不幸です。その分の才能持ち合わせているからこそ、お見合いが開催されてしまったのですけれど。


 そうですわね。とりあえずトーマ皇子がいらっしゃることをどうにかしませんと。


 私の不幸は、恐らく、愛した人が死んでしまう、というもの。私が愛しあった男性は二人とも、行方不明となり、後に死んだ、と。そのようなこと、トーマ皇子にも迷惑この上ないお話ですね。


 私は深くため息をつきます。立ち直れるはずがありません。いまだに、右の小指に二つの指輪をはめたまま、時折思い出します。


 自室に到着しますと、ニーミお姉さまが。


「リーナ、また庶民の本なんて読んでおりますの? 私たちは王家、庶民っぽいものに触れるのはおよしなさい!」


 また、お姉さまの説教が始まってしまいます。ちゃんと奥の方にしまっておいたはずですのに。


 お姉さまがいろいろ言っているのを聞き流しながら、私は今後のことを考えます。


「リーナ、聞いております?」


 そうしようとした矢先、お姉さまに小突かれました。


「庶民と私たちとは一線を画す存在。そんなものの書いたものを読むなどと、庶民の考えがうつってしまいますわ。そんなんだとこの上流社会で生き残れませんわよ」


「分かりましたわ」


 一度そのように返答しておきましょう。


「私がこちらの本は責任を持って処分しておきますわね」


「分かりました......」


 あの本もなかなか入手するの大変でしたのに......


 庶民由来の本は当然、上流のものに比べれば、品はありませんが、その分心が踊るものが多いのですけれど。


 中身も見ないで処分するなんて失礼だと思います。


 結構良いところだったので、また探しに行きましょう。


 しかし、作者様に貢献できるのであればそれも良いかもしれませんね。


「リーナ様、トーマ様がお見えになりました」


 そういえば、トーマ皇子とどのように接するか決めておりませんでした。トーマ皇子との関係が悪くなれば、私としては安心、なのでしょうか。きっとそうでしょう。


 関係をあえて悪くする、というのは私には向かないでしょうか。基本的に、どのようなお方とでも良好な関係を築くことができるというのが私の特技の一つでありますのに。


 そういえば、先程お姉さまが庶民みたいなのでは上流階級で生き残れないって言っておられました。


 それならば庶民の言葉遣いでトーマ皇子とお話すればよいのではないでしょうか。ええ、そうしましょう。


 庶民っぽかったら嫌われるに違いありません。


「本日からよろしくお願いいたします。リーナ姫」


 トーマ皇子が使いの者に連れられて来ました。


「トーマ皇子、こちらこそよろしくお願いいたしますわね」


 使いの者を返して、私のお部屋にトーマ皇子と二人きりになります。


 やるのです、私。庶民言葉を使うのです。


「ト、トーマ。今日はチョベリグでぷんぷん丸!!」


 ありったけの庶民知識を活かして庶民語をトーマ皇子に浴びせましたわ!


 トーマ皇子はなぜか満点の笑顔を向けて、


「リーナ姫、チョベリグですね。僕もですよ」


 私の見立てと違いますわ。トーマ皇子はドンの引きになると思っておりましたのに。


「トーマはチョベリグの意味分かるっぽい? まじで激やば!!」


 ぷんぷん丸はスルーされましたが、めげません! 一番貴族から遠そうな言葉を連発して差し上げますわ!


「リーナ様は、面白い方ですね。そういえばすれ違ったニーミ姫が持っておられた本に出てきた人物もこういうお話の仕方をされておりましたよね」


 あらあら?


「あの本のことを知っていますの!?」


「ええ。非常に興味深い作品でした。僕がまだよく物を知らない頃によく読んでいた本です」


「趣味が合いますわね! ということはもちろんあの本の結末を知っておられるのでしょうか?」


「その感じですとリーナ様はまだあの本を最後までお読みになっていないご様子ですね」


「そうなんですのよ」


 そう言いますと、トーマ皇子はお荷物を開いて、何かを探し始めました。


 一連の動作を見ておりますと、ずっと背筋が伸びておりますわね。正装につきましても、とてもよくお似合いですわ。


「リーナ様、こちら僕のものですがよろしければお貸しいたしましょうか?」


 トーマ皇子からお渡しされたものは、お姉さまに回収されてしまった本。


「結構汚れているので、お貸しするのは恐縮ですが」


 少し恥ずかしそうな声色でそのように言っていただきました。全く崩れない笑顔は私も見習いたいですね。


「では、お借りいたしますわ」


 落ち着いた風を装っていますが、心は踊っております。


「リーナ様がそれだけ嬉しそうにしてくださるならすでに僕は満足です。それと、言葉遣いが最初の頃と違うようですが、よろしいですか?」


 すっかり忘れておりました。


「いや別にそんなことはないんだけど。トーマの聞き間違いじゃない? サゲーですわ......マジサゲ―!! トーマもあたしのことはリーナって呼んで!」


 よしよし。チョベリグですわ。


 ......庶民語が侵食してきてますわ!!


「分かりました。リーナ。改めて、よろしくです」


「よし! じゃあ、使いを呼ぶから、トーマも自室に行きなよ。荷物もちっぱなのもなんだかなぁだし」


 結構今のは庶民らしいのではありませんこと? タメ口というのでしたかしら。


 使いの者を呼び、トーマ様がお部屋に向かわれました。


「ほへぇ」


 情けない声が出てしまいました。庶民語ってこんなにカロリーを使うんですね。


 トーマ様、特に私を嫌がるご様子がありませんでした。そもそも初日から政略結婚相手にそんな姿を見せるようでは貴族としてだめですね。


 心の奥では嫌がっていたかもしれません。しばらく続けてご様子を観察しましょう。


 トーマ様に貸していただいた本を読んでいますと、ページとページの間に細切れになった紙切れが挟まっていることに気付きました。


 紙切れには活字が。このようなものって、どうにかして読んでみたくなりますね。


 紙は非常に劣化しておりましたが、頑張ってつなぎ合わせてみて、そこで私は固まってしまいました。


 そこには、第二王女、殺せ。と

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