賢者様、私は使命を果たしたいのです( 思い立ったが吉日 )
昼だというのに薄暗い10畳程の部屋には、見たこともないような器具が所狭しと置いてあり、如何にも貴重ですという本が棚に収まっていた。
入室したのは歴代賢者の中でも、放浪癖はあるが大変優秀だと噂の人物の部屋である。
「すみません、飛行魔法を教えて欲しいのですが」
俺は本棚の前に居た、手伝いかメイドと思われる白い服を着た少女に声を掛けた。
「私はどうしても天山に登り、女神様の天啓を受けたいのです。勇者として次なる使命を果たすために」
「ふーん、貴方って勇者だったの? でも、大陸が平和になって2年。魔族も魔族領に撤退し、50年の不可侵条約まで結んだのに、誰と戦いたいの?」
本を読んでいた13歳くらいの少女は、視線を本に向けたまま質問してきた。
「誰って……それを知りたいのです。普通に天山に登れば、下山するまで3年掛かってしまいます」
「あら、勇者なのに楽をしたいのね?」
「いや、そうじゃない。楽をするためではなく、早く使命を果たすためだ!」
少女の少しバカにしたような口調に、俺はつい口調が強くなる。
「平和って素敵よね。勇者を必要としない時代を、貴方は喜べないの?」
「はあ? 勿論喜ばしいと思っていますよ。……すまないが、私は賢者様と話をしたいんだ。賢者様はどちらにいらっしゃるのだ?」
いつの間にか小さな窓の前まで移動し、俺に背を向け本を読んでいる少女に、イライラしながら俺は文句を言った。
はて? ほんの数十秒前まで本棚の所に居たのに、足音もたてずに移動したのか?
首を捻りながら少女の方に視線を戻すと、窓辺に少女の姿がない?
何処に行ったのだろうかと、部屋中を見回すが姿がない。
「答えは簡単。勇者のソナタが天山に登りたいと思うのなら、それこそが天啓。
天啓を受けるために登るのではなく。登ることこそが天啓である。
それを魔法で簡単に登ろうなどと、賢者に訊ねる方が失礼であろう」
その怒ったような声は、俺の頭上から響いていた。
見上げると、椅子に座ったままのポーズで、ふわふわと少女が宙に浮いていた。
「ああーっ、飛行魔法!」
「たわけ、これは魔法ではないわ! 寝言を言う暇があれば、さっさと天山に行け! 賢者の部屋は隣じゃ」
「えっ? 隣?」
俺は急いで廊下に飛び出し、扉の横壁に掛けてある表札を確認した。
【賢者の部屋は隣。読書中につき入室お断り】
あれ、間違えた。
俺は気を取り直し、隣の部屋の前に移動する。
隣の部屋は扉に表札が掛けてあり【女神様の隣人である賢者の部屋。用のある者は3年後に来い】と書いてあった。
※※※※※
女神様に会えたことが既に奇跡。しかも教えもいただいた。
前向きになれば、天山にも登れるはず。
3年間頑張って天山から帰ってきたら、賢者様にもお会いできる可能性あり。
残念そうに感じるストーリーだけど、実はすごい幸運を掴んでいる。
やりたいと思うことが見付かるだけでもラッキー。
つい怠けたいと思う作者自身に活をいれるため書いたショートストーリーです。
お読みいただき、ありがとうござます。
新作準備中です。これからも応援よろしくお願いいたします。