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8.司祭様の御来訪です

 ちょっと配分ミスりました。

 分割すると分かり辛くなると思うので少々長くなります。

「魔力さえあれば無限に水が出る水筒。

 ど~してもこれが前世に有ればと、思わずには居られませんねぇ……。」


 水辺に限らず水が出るだなんて本当に夢のアイテムじゃありませんかと、《加熱ポット》で紅茶を淹れるマルガリータを見ながら。

 実家の蔵書を読み続ける私は羨まずには居られません。


 魔法の授業は覚える事こそ沢山あれど、とても順調に進んでおります。

 この世界の魔法はジャンル分けすると攻撃魔法、補助魔法、神聖魔法、生活魔法の四種類になると言われていますが、別の分け方も出来ます。

 即ち道具を使った魔法と使わない魔法です。


 そんなの当たり前って思うかも知れませんが、コレ割と重要です。

 何せ生活魔法と神聖魔法。これは道具を使わずに行使出来る魔法なのですから。

 逆に貴族にとって修得が義務とされる攻撃魔法と、戦闘には使えるが直接的な殺傷力は無い補助魔法。この二つは魔導具無しには殆どまともに使えません。


 一方で神聖魔法。これは神の加護を授かった者のみが修得出来ると言われております。そしてこれらを紐解くと共通項が一つ。


 より魔力に質や複雑さが必要な魔法、道具を使う魔法を貴族達は特別視しているという特徴が見えてくるのです。

 詰まり魔導具とは、術式の省略や魔力の圧縮のための道具なのです。


 これを理解すると付与魔術という魔法系統。何故上記の四種類に含まれたり五つ目の系統扱いされないのかが分かります。

 それは付与魔術が全ての魔法に関わる、術式というより技術区分に含まれる魔術系統だからなのです。


 そして。これら魔導具だけでは実用域に届かない魔法。

 それこそが貴族の義務たる攻撃魔法なのです。

 この辺を理解すると、貴族は皆高い魔力を有するという理由も見えてきます。


 勿論婚姻により魔力の高い者同士が結婚したのもあるでしょう。

 ですがそれ以上に。庶民には攻撃魔法用の魔導具がおいそれと買えないのです。

 となれば親が買い与えられる貴族と入学して初めて使い方を教わる庶民では当然の様に成績に差が出ます。


 魔力にも使えば使う程体に馴染み、限界値が増すという筋肉にも似た特徴があると言いますから、幼い頃から魔法訓練が出来る貴族は殆どの場合において、平民に対する優位を確保出来るのです。


 何が言いたいのかというと。

 魔法の掃除機、ありまぁす!魔法の洗濯機、勿論です!魔力を注げば無限に水が出る水筒!はい、ソコに!

 何と今の時代、高価な日用品は大体付与魔術で作られた魔導具なのです。

 いや、ホント羨ましい時代になったなぁ……。


 因みに今の私は実家にある魔導具はそこそこ使えます。

 攻撃魔法用の魔導具は使い手によって射程重視だったりコントロールの補助中心だったりと、技術者の手を借りずとも自作や微調整が出来るとの事。

 既製品よりは自作品を用いるのが一般的な貴族ですが、調整法を学ぶのは大抵の貴族の財力でも難しいので、入学前は規制品しか使った事の無い学生が殆どなのだとか。つまり現在の私と同レベルという事ですね。


 後はもう適性年齢になるまで学力を維持するだけなので、一般的な貴族であれば跡取り教育に移るか、お披露目を行いつつ身内から早めに婚約者を探すか。

 まあ私の場合、婚姻は急がないので当分は近代の領地経営を探りつつ、時間ある内に学んでおきたい用事が一つ。

 それは、神聖魔法です。


 そう!神聖魔法とは神の加護を習得した者のみが修得出来る治療系魔法!

 昔で言う法術に当たる秘術です!それも当時は呪いの排除や病の治療やらが精々だったのに、今は骨折は愚か致命傷の治療すら可能という正に神の奇跡と言うべき秘儀!可能性があるなら絶対欲しい魔法ナンバーワンっっっ!!


 問題は、神の加護があるかどうからしいのですが。元々与えられていない場合、教会等で祈り続けるなりして授かるしか無いようですが、詳細は不明との事。

 この辺は教会関係者に聞かないと分からない様ですね。ただ後から授かった場合は必ず分かる、というのは確かなようです。


「お嬢様の場合、迂闊な教会関係者とは接触出来ませんから……。」


 マルガリータ曰く、基本的に宗教関係者にとって幽霊は成仏すべき、忌避される存在として定義されているとか。


「悪霊退治の相談、という形でも難しいのですよねぇ……。」

「お嬢様の生死を問わないなら簡単なんでしょうが……。」


 まあ悪即斬の教会関係者は少ないらしいのですが、問題はその過激派が集まり易いのが悪霊退治を専門とする宗教家達になるそうです。


 この件に置いて、両親は当てになりません。ぶっちゃけ犬猿の仲でしたので。

 勿論敵対はしてませんし、領内には教会もありますよ?怪我の治療も余程の事が無い限り断られません。

 ですが慈悲深さと正しさを美徳とするのが教会と言えば、分かりますよね?


 そう、父が認めるのは俗に云う生臭坊主、金で解決出来る神官以外はお呼びでは無いのです。まあ戦争に協力的なら歓迎しますよ、と。

 お陰で評判は悪い悪い。権力さえ無かったらぐぎぎぎぎ、という距離感。


 ええ、悪霊に憑かれた娘?日頃の行いが悪いからですよ!裁かれなさい!と言い出さない穏健派に、情報が漏れないように探りを入れるのは中々ね?


「しかし半年以上進展が無いとは、一体どうしたものか。」


 入学前に対策はしておきたかったのですが、これは後回しにするしか無いかな。

 来年からは前世知識を交えて本格的な領地改革に乗り出す予定なので、動きの無い教会を待って行動を止める訳には参りません。


 入学すれば魔王対策に奔走されるでしょうし、年齢制限もあります。入学までに出来る事は限られているのです。

 手持ちの本が読み終わったので腰を浮かせ、そこでふと廊下が騒がしくなって来た事に気が付きました。


「おや、何が有ったのでしょうか。」


 今私達は本邸に居るので、両親とも一つ屋根の下で暮らしております。

 普段であれば領主である父を訊ねて来る来客も別段珍しくは無いのですが、今日に限っては有り得ません。両親は今、王都に出向いているので。


 マルガリータと視線を交わし、確認に向かって貰って少々。

 戻って来た彼女は表情を硬くして口を開きました。


「父では無く私への客人、ですか?」


「はい。創世教のダリエル司祭が、火急の様があると。」


 おやおや、貴族である以上面会の約束は基本義務ですのに。

 社交デビューを済ませた相手なら兎も角、そもそも私は未成年。両親の許可無く勝手に面会しようとするのは明らかなマナー違反。

 当然初対面で取るべき態度ではありません。


 火急の用と言えば聞こえは良いですが、堂々と来訪した以上面会したという事は公的な意味を持ちます。私の立場は公的には認知も未だの状態ですから、私という都合の悪い存在を無理矢理に認知させに来た、とも取れる訳です。

 勿論本当に完全な善意で訪れた可能性も零ではありませんが――。


「当たりと外れ、果たしてどちらの御客人でしょうかね?」


  ◆◇ホラーでしょうか?◇◆


 グロリエル辺境伯の長女との面会の許可を得た司祭ダリエルは、侍女達に反感を持たれているのを承知しながら感謝の礼もそこそこに案内を頼んだ。

 ダリエル司祭は創世教の司祭の中でも殊の外信仰心の厚い司祭として教会内では知れ渡っていた。但しこれは評価半分揶揄半分、要は過激派扱いだった。


 身内にすら不満を抱かれる理由はその強引さだと理解していたが、ダリエル司祭に改める気は全く無い。そもそも世俗の者は世間体を気にし過ぎる。

 金銭の不足ならマシな方だ。原因がその者の悪行に有り、散々隠蔽を図って悪霊被害を悪化させる例を、ダリエルは司祭となるまでに幾つも見て来た。


 故にグロリエル辺境伯の娘が悪霊に取り憑かれているとの噂を聞いた時は、これこそまさに典型だと裏取りを急いだものだ。


(だが間違いは無かったようだな。これ程の強い気配を持つ悪霊が今迄隠し遂せていたとは、辺境伯の権力とはなんとまぁ罪深いものか。)


 強欲伯の娘が悪霊に取り憑かれているという噂は最近流れて来たものだ。

 噂によれば治療の目途が立ったから認知されたというが、公的には病気療養の成果が出た故だという。現在はお披露目の準備を進めている段階というが、問題なのは本当に目途が立った段階で公表されたのかという点だ。


(目途の段階で公表などする筈が無い。この気配から見ても実体は漏れた噂を隠蔽するための所業だったのでしょうね。

 であればこの悪霊は一体如何する心算だったか。療養が済んだ後に出てくる娘が本当に療養した伯爵の娘なのか。考えるだに悍ましいというもの。)


 強欲伯の所業は有名だ。金銭と武力に従わぬ教会はグロリエル領から数多の冤罪により全て追放され尽くしたという。あの領地では神の教えより辺境伯の命だ。


 強欲伯の悍ましい所業が全て隠蔽され尽くす前に、事の真相を表舞台に引き摺り出させねばならない。場合によっては被害者かも知れない娘を断罪する形になったとしてもだ。それが正義なのだから。


(流石に警戒されてますね。

 ですが正しく案内はされている様ですし、今は大人しく従うべきでしょう。)


 不信感を顔に浮かべつつも主人の許可を得たと、ダリエル司祭の案内を担当する侍女達は、一方で周りを囲む様に付き従っている。

 エクソシストでもあるダリエルは武装神官だ。一見して分からぬ分厚いコートは密かに金属で補強した戦闘装束でもある。悪霊との戦いは下手な魔獣よりも凶悪な者が存在する。故に武装神官を取り押さえるには侍女数人など物の数では無い。


(ですがふむ。娘の方は慕われているのでしょうかね?

 随分と忠誠心が厚い様だ。加害者か被害者か、慎重に見極めねば。)


 こちらですと扉を開けた侍女に、軽く頷くだけで返すのは本来慎むべきだ。

 だが彼女らに全面的に従い礼を尽くしては、悪霊を退治する際に強引な対応が出来なくなる。ここは自分こそが教会の権威を背負っている事を知らしめる所だ。


「お初にお目にかかります、司祭様。

 グロリエル辺境伯が一子、アザリアと申します。」


 呆然と、そして声を失った。


 それは見惚れる程に美しい少女だった。

 雪の様に白い肌に、窓から入る僅かな風になびく羽根の様な長い白髪。

 左瞼こそ僅かに膨らみを帯びて閉じているものの、右目の大きな薄色の碧眼だけで整った顔立ちの美しさは明白だ。

 唇も上品に小さく、零れ出た声の耳障りの良さは不思議な程に耳に残る心地良さがあった。


 だが。天使の様な容姿では隠しようも無い異形がそこにある。


 羽織る質素な白地装束は、王国内では見かけない不思議な装いだ。

 紅のスカートに見えるのはまさかズボンの類だろうか?袴を知らぬダリエル司祭には上体に合わせた意匠だとは分かるが、淑女にしては不自然。

 しかし似合わぬと口に出せぬ程度には美しく着こなしている。


 しかし、肩の下。両の腕は肩から下が無かった。

 袖はある。分厚めの服であれば、虫の羽根の様な広い袖もむしろ納得だ。肩から下が無くとも目立たないだろう。

 だが布の下に腕が無い事実をダリエルの目からは誤魔化せない。


 袖の先からは手袋に包まれた手がカップを持ち上げ、口元に紅茶を誘う。

 だがあれは間違いなく魔力で形作られた腕。恐らくは肩と手袋が魔導具となっているのだろう。そして闇の気配は、両の腕と左瞼を中心に放たれていた。


(抑え込まれてはいます。確かに、対処は出来ていると言えなくも無い。)


 だがその程度だと、拳を握り締めて呑まれぬ様に己を奮い立たせ。


「作法とは、(すべか)らく意味があるものです。」

「?」


 唐突に何を言い出すのかと、己が緊張していたのかと自覚しつつ密かに姿勢を正しながら警戒心を強める。


「両親不在の折への未成年への面会。事前の申し出の無い来訪。

 面識の無い相手への司祭証のみの身分証明。全て偽りの余地があります。」


「……何が、言いたいので?」


 空気が重い。下調べした年嵩よりは些か目上に見える、しかし間違いなくか弱い筈の幼い少女。大柄なダリエル司祭を前にすれば、見た目だけで怯えても不思議は無いほどの繊細な体躯、容姿。

 にも拘らず、全くの平静且つ、乱れ一つ無い静かな声音。


「教会の司祭が()()()()()()一つ、無いなんて有り得ないでしょう?

 司祭の名を騙る賊盗程度を、辺境伯に討ち取る力が無いとお思いか?」


「っ!?」


 鋭い視線に思わず一歩下がって身構える僅かな時間。

 それだけの間に周囲の侍女達が長柄の刃を構え、一斉にダリエル司祭の首元へと武器を突き付ける。少女の傍らの侍女は、盾の様に双剣を構えて割って入る。


「辺境伯という地位は民の砦、領地の盾。そして国家に任じられた確かなもの。

 まさか本物の司祭が王国を鼻で哂う筈も無し。

 それとも辺境伯の娘に火急な対面が叶うとも思わず。

 ついつい慌てて取り繕い損なわれたので?」


 視線を向けぬまま、語り終えた後は姿勢を正したまま沈黙を保ち。

 状況を理解するにつれ、己の強引さを逆手に取られたのだと自覚する。だが一方で疑問も過る。本当にそうかと、逆手に取られたのかと。

 この者は単に、非礼を咎めただけでは無いのかと。であれば自分は只の。


「……これは失礼を。私は創世教の司祭ダリエルと申します。

 この度は急な面会に御許可を頂き、感謝致します。」


 帽子を取って白髪交じりの銀短髪を晒して簡単な一礼で返す。内心でしくじった事を実感しながらも、ダリエルは恭しく作法に則り振る舞うしかない。


(駄目ですね。賊盗扱いは業腹ですが、今のは作法を守れるなら見逃すと言われた様なもの。後日裁判沙汰に持ち込めば負けるのはこちらでしょう。

 拒否させない理由を作るためとは言え、証明の手順を省き過ぎた様だ。)


 これで伯爵家の事情に配慮せざるを得なくなった。

 けれど未だ。悪霊が彼女を蝕んでいる事だけは確認出来た。

 悪事の確証さえ得れば、悪霊退治を始められない訳では無い。


 着席を促されてお茶を用意され、改めてダリエル司祭はアザリアを名乗った少女と向き合った。


 侍女達は武器こそ仕舞ったものの、未だ武装を解いた訳でも人数が減った訳でもない。加えてどうも、薙刀だけが武器では無い。

 邸内で在りながら、彼女の傍仕えは腰に帯剣が許されている様だ。

 だがしかし非礼は無い。出された茶菓子も見て分かる一級品だ。


「それで火急の用とのお話ですが、こちらとしても成人前。

 自分の身の上とて領主の許可無く話せない立場である事は、先刻御承知の筈。

 何故両親を通せなかったのか、お聞かせ願えますか?」


「っ!……おやそうでしょうか?確かに不躾ではありましたが、あなたは既に十分な判断力を持ち合わせている様に見受けられますが。」


(先手を打たれた?いやまさか、社交界すら出ていない子供に斯様な交渉術が身に付いている筈が……。)


「その判断が許されていないからこその、未成年でしょう?

 これでも未だ勉強の身、領地の不利益を全て把握している訳でも、ましてあなたのご実家やご任地を把握している筈もありません。

 ではご出身から聞くべきでしたか?」


「い、いえ結構。この身はあくまで司祭なれば。

 私が信ずるべきは神、従うべきは教会の法である点に疑いはありません。

 ですが、質問も出来ぬのでは説明のしようもありません。」


「ではそちらの事情から。こちらも明かせる範囲であればお答えしますので。」


「う、む。では、この館に悪霊の気配が満ちているのは御承知ですな?」


 駄目だ。交渉術以前に、非礼な態度を取られている訳では無い。

 何より答えられる範囲なら答えると明言された。そのためどうしても言葉を出し渋らずには交渉に持ち込めなくなっている。

 だが少女は、頷きながらも視線で続きを促す。邪魔をしないという姿勢ではあるのだが、言質は得られていない。ので、続けるしかない。


「私はこの館から類を見ない程に強力な悪霊の気配を感じています。

 放置すれば未曽有の災いをもたらす事は確実な程の。故に私は神に加護を授かるエクソシストとして、人々を救うため原因を把握せねばなりません。」


(駄目、ですね。彼女は冷静過ぎる。踏み込まずには真相にすら近付けない。)

 ダリエル司祭は引き下がる心算は無い。だから賭けに出る事にした。


「お嬢様に、この地の悪霊を払う()()()を頂けませんか。」




 フィッシュ。これは釣れたかな?


「あなたの把握している悪霊とは限りませんが、心当たりの一つはあります。」


 周囲の侍女達がざわと動揺します。彼女達は私の事情を把握していますから、彼の物言いは明らかに敵寄りと判断していた筈です。

 皆私が乗るとは思わなかったのでしょう。


「こちらは最近対処法が見つかり、次の段階に進めると結論が出たため近々公表となる手筈でしたが、実は私の身体には今も怨霊が宿っておりまして。

 この両腕と左目は、死霊そのものと言っても良いのですよ。」


「なッ!何と!げ、原因は?!」


 くすり、と笑顔で返し、落ち着く様に口を噤みます。

 続きを聞きたい彼としては、浮かせた腰を戻して見せるしかありません。


「既に判明しております。どうも私は、先祖返りの様でして。

 かつての私はどこぞの国の領主の娘であったようです。彼ら私の身に宿る死霊達は古の領主によって非業の死を遂げた者達。そして当時の私は彼らの主でした。

 故に彼らは、同じ魂を持つ私の元に救いを求めて集い続けていたのです。」


「そ、それは。確かなので?」


「彼らが言葉を交わせる状態ではありませんが。

 今の私は彼らと意思を通わせている状態です。私は彼らに救いを誓い、彼らは私に協力する形で私の一部として存在している状態です。」


「……では、あなたはその死霊達をどの様になさるお積もりで?」


「無論、安らかなる成仏を。今はその準備を進めている段階です。」


「では早急な対処はなされない、と?」


 ふふふ、気圧されていた気配が剣呑になり始めましたね。駄目ですよ、そうも心の内が伝わってしまっては、相手に主導権を譲った様なものですとも。


「あら?あなたは死者であれば、どの様な目に遭っても構わない、と?

 司祭様は、死者に安らぎなど不要で在り、如何に踏み躙られても当然だと?

 神に冥府の安らぎを祈る、葬式も司る司祭様が?」


「ぬ。そ、それは……。」


 くすくすと口籠るダリエル司祭に分かっていますよと笑いかけます。

 ええ、こちらから都合の良いフォローをさせて頂きますとも。


「悪戯が過ぎましたね。ですが準備無く対処出来る程容易くも無いのです。

 焦って周りを巻き込むようでは領主一族の名折れ、今は鎮静化に成功しているのですから慎重な対応が取れるのですよ。

 ある意味で私は人柱ですから、私に封じられている内は周囲に被害も出ない。

 死霊とて私の領民達ですから、無暗に苦しめて良いものではありません。」



「っ!?」


 目から鱗が落ちた様な心境だった。

 ダリエル司祭は今迄、自分が非道な領主の娘としてしか見ていなかったと驚愕の中で思い知らされた。


()()、領民達?彼女は、怨霊達を、臣下として認めたというのですか?

 その上で、いや。だからこそ、慈悲をかけるべき対象だと?)


 死霊とは。怨念とは。人々の未練と苦悩の塊であり、人々に害をなす存在。

 既に生前の人情は無く、人に見えてもかつてとは違う、魔導に落ちた化け物達。

 それがエクソシストである司祭ダリエルから見た死霊達だった。そも正しき者であれば死霊になどならない。安らかに眠るもの。悪意があるから化けるものの筈。


(そんな馬鹿な。その身に死霊を宿す者が、それを知らないとでも?)


「あなたは、辛くないのですか?

 あなたの両腕や瞳は、悪霊達に()()()()のでしょう?」


「彼らはとても協力的なんですよ?私にも生前の主の様に仕えてくれています。

 それにホラ、この手は一つでは無い分、一度に様々な事が出来ます。

 むしろ私としては、この腕に未練を抱いてしまわないかの方が心配で。」


(な!何と!何と何と何と!まさかこの年端も行かぬ少女は、我が身を食らった死霊相手にそこまで心を砕いているというのですか?!)


 ダリエルは今度こそ絶句し、膝から崩れ落ちた。

 まさか自分が非道と謗られてでも打ち払おうとしていた少女が、斯様に慈悲深く美しい心根の持ち主だったとは夢にも思わなかった。

 それに比べて全てを力に任せ、強引に事を運ぼうとした自分の何と罪深き事か。



(あ、あれれ~~~?何で急に席から崩れ落ちたんでしょうかね、この方は。)


 何か失敗したのでしょうか。いえそんな筈はと冷汗が背筋に。

 落ち着くのですアザリア。動揺は隙を作ります。嘘は付いて無い筈。


「そうだ、折角ですから司祭様。あなたも()()して頂けませんか?」


「協力、ですか……?」


 そう、協力です。彼は恐らく私の噂を聞きつけて訪れた過激派の司祭の筈。

 私が教師役の方々にその内明かすと、口止めの()()()()()事情説明によって水面下で広まった筈の噂に誘われた、言わば正義感に駆られた方々でしょう。


 何故そんな真似をと?それは学園に行く前に過激派に対処したかったからです。

 勿論先に穏健派と繋がり穏便に教会の協力が得られれば一番でした。ですが私にとって最悪なのは、身分の影響力が薄い学園で過激派が暴発する事。


 領内にいる間であれば身内の爵位という強権が振るえます。学園で対処するより遥かに対応の幅が拡がるのです。


 欲を言えば過激派の暴発に付け込み、教会側に一定の妥協を得られれば上々。

 更に言えば過激派に協力を得る段取りを付けられれば最上でしょう。

 ここまでは高望みにしても、一部過激派に協力する形を取るだけでも、教会側の暴発は防げる筈。教会だって面子はありますからね。

 己の顔を潰す様な真似はしない筈ですから。


 よって此処は一個人であっても、教会への配慮という形で彼に譲歩するのは後々確実に効いて来るのです。


「ええ協力です。あなたはエクソシスト様なのですよね?

 実は私、創世教の家庭教師を探しておりまして。学園入学までの間、神聖魔法を習得出来ればと思っているのです。

 両親の賛同は得ているのですが、我が領は教会に疎く中々伝手が無く。」


「ま、待ちなさい!悪霊を身に宿すあなたが神聖魔法を学ぶと?!」


(そ、そんな馬鹿な!悪霊とは生者に焦がれ、生者を羨む者!

 悪霊が生者から離れようとする事など有り得ない!)


「はい、その通りです。だって私自身は悪霊では無く生身なんですよ?

 神の加護に関して詳しい事は存じ上げませんが、神聖魔法は怪我の治療に限らず悪霊の成仏を司る秘術も存在するのでしょう?

 それは彼の者達を成仏させたい私にとって、絶対に必要な御加護ですから。」


「……神の加護とは、生まれ持っている者もおりますが多くの場合は教会に通い続けながら聖句を唱え続ける事で授かるものです。

 信仰心は高ければ高い程好いですが、悪性の者や罪過を重ねる事で加護を失う者もおります。ですが、最終的には神の御心次第でしょう。」


 どれだけ望んでも、加護を授からない者もおりますと語るダリエル司祭の言葉は重々しくも苦渋に満ちたものであり。

 恐らくは加護を得られなかった者達を、幾人も知っているのでしょう。


 聖句というのは詳しく聴いたところ、呪文に相当する文句の様です。全てを暗記していれば使う時に唱えるのは一部で良いとの事。

 授かった聖句は本人には自然と解るとのお話でした。


「確認のためにお布施が必要であれば、私の一存ではお願い出来ませんね。

 それと念の為先にお伝えしますが、家庭教師を引き受けて頂いても領内を自由にとはならないでしょう。そちらはお父様の領分ですので。」



「……いえ。お布施は必須ではありません。

 あった方が宜しいのですが、お布施はお布施ですし、何より我々が確かめたいと申し出る場合に金銭を理由に断られても困りますので。

 ですので、私が破邪の術を無償で行いたいと言ったら、お受け頂けますか?」


(そう、未だ結論は早い。悪霊共には狡猾な者もいる。

 邪悪な悪霊がいたいけな少女を言い包めている恐れだってあるのです。)



「え?良いんですか?ええと、多少条件はありますがそれで良ければ。

 具体的には父に説明するために証文を残して頂きたいのと、術の影響が確認出来ずとも問題にはしない事を約束して頂ければ、なのですが。」


 ちょっと先走りましたが、余りにもこちらに都合が良過ぎたのでつい。

 即座にマルガリータが紙を差し出してくれたので、条件を記載した証文を用意し確認を求めましたが、ダリエル司祭は全く不快を感じた様子はありません。


(っ!や、やはり破邪の術自体を拒む様子は無い!

 この方は本当に、己を苦しめる悪霊達を祝福しようとしているのですか!)


「はい。因みにこの、効果が確認出来ずとも、というのは?」


「ああ。それは私が抱えている怨霊の数が多過ぎるからです。

 この身には大よそ数千人もの死者が、己が誰とも分からぬ状態で溶け合っているのですよ。」


 私は軽く両腕を開き、数多の手の平を影絵の様に拡げて見せます。

 それは部屋一面に拡がる、()()()()()()()掌の数々でした。


  ◆◇ホラー……?◇◆


「こ、この条件で構いません。

 であれば今、加護の確認だけでもさせて頂けませんか?」


 あれ?流石に驚いたかな?咄嗟に天井を軽く見上げたものの、その後は一見して取り乱した風も無く姿勢を但し、我に返る様に証文にサインを頂きました。


「え?ええ、勿論両方とも構いません。」


(あ、あれ?驚いたというより、警戒しただけ?というか大して気にしてない?)


(何という凄まじい怨霊だッ!!こ、これ程の怨霊を一度に排除しようなどと私は何と思い上がっていたのかッッ!!!

 そしてこのお方が()()()()等と評された意味が今分かった!

 あれは比喩でも何でもなく、文字通りの意味だったのだ!この軍勢とも言うべき怨霊達は、細心の注意と準備を以て払わねばならぬぅ!!)


 帽子を軽く被り直した神父様は、精神を統一する様な気合の入った顔で感謝しますと告げ、侍女達にも少し離れて頂きたいと頭を下げます。

 彼の緊張が伝わったか、マルガリータも即座に侍女達を下がらせます。


「感謝を。それでは先ず、加護の方から。

 〔加護解析(プロビデンス)〕!」


 突き出した彼の手から放たれた光が、一応椅子から離れていた私に届くと、まるで共鳴する様に白い輝きとなって膨らみます。



『未来視の加護:予知の巫女。稀に夢や白昼夢の様な形で未来が断片的に見える。自主的には使えないが、基本的に自分が行動しようと思わない未来は見えない。』



「なぁなぁなぁああっっっ!!何ですとォ~~~~ッッッッ!!!!!!!!!」


「え?い、一体何が?!」


「い、いぃぃぃいえッ!!と、取り乱しました。。。。。

 で、ですが、これは容易ならぬお話ですので、人払いをお願いします。」


 腰を抜かさんばかりのダリエル司祭に、もうマルガリータ以外の侍女達を完全に下がらせて事情を伺うと、ああ成る程と納得致しました。

 そういやそうね。ディアドラ様自衛のために『未来視』与えたって言ってたね。

 あれが加護だったんだ。


「御忠告させて頂きますが、これは余人には漏らしてはなりません!

 この加護はあなたの言葉の真偽を問わず、白を黒に出来る!

 特にあなたの御父上は絶ッ対に、いけません!」


 あ、うん。分かるよその危惧。ていうかもう、この方私に対する態度が最初とはかなり違ってません?段々傅きそうなくらい恭しくなってる気が。

 落ち着いた頃を見計らって、改めて退魔魔法は可能か確認しますと。


「え、ええ勿論ですとも!是非挑ませて頂きたい!

 それでは、〔破邪魔法(エクソシズム)〕ォ!!」


 弾ける様な光の柱が地面から立ち上り、私もなるべく受け入れる様な形で肩の力を抜いて受け止めます。

 ……何というか、むず痒いですねコレ。少しだけ瘡蓋(かさぶた)というか、腕の表面から埃が落ちる様な感覚で邪気が失われたのが分かります。


 おぉぉぉ~~~~~~…………。

 これは全体の容量からすれば微々たるものですが、中々に感動モノですね

 出力こそまるで足りませんが、これは確かに効果アリです。見えてきましたね、領民全員の、成仏への道。素晴らしき未来が。

 平常心、平常心ですよ。未だ私はこの方に家庭教師の件を承諾させてません。



(ななな、何という凄まじい手応え!まるで揺らいだ気がしない!

 これ程の強固な怨念、死霊。まさかこの私の()()()破邪が、ここまで通じないのだとは!!成程成程、まさに、まぁさに!並々為らぬ覚悟を持って挑まねば!)


 一方ダリエル司祭は驚嘆の一言、というより思い浮かぶ言葉が無い。

 ダリエル司祭は悪霊退治における最先鋒、本来であれば司教にも成れる家柄と実績があって尚も現場で悪霊退治を続ける信仰の鬼だ。

 その拳は不浄の者を幾度も払い続け、それこそ村を覆い尽くした数百もの悪霊群をも打ち払った事がある。


 そのダリエル司祭を以てしても、まるで小揺るぎもしないのだ。

 その怨念の深さ、強固さ。千年の時を重ねてもここまで頑強な悪霊に育つものかと戦慄するしかない。


(今こそ分かりましたとも!我らが創造主ディアドラ様よ!!

 御身がこの方に御加護を与えられた意味が!その御意志が!

 この方こそ、この未曽有の悪霊達に救いを齎す唯一絶対の巫女なのですね!!)



……滂沱(ぼうだ)。滂沱の涙です。

 司祭様が膝から崩れ落ち、感極まった顔で泣いておられました。

 えと。あれ、そんなに悔しかったんですかね?結構自信あった系?


 私が混乱している間に立ち上がり、失礼と袖でごしごし顔を拭かれます。

 そして取り乱しましたと再び席に戻ります。

 ちょっと気まずいです。原因が分かりませんが、落ち着きましょう。


「失礼を。取り乱しました。」


「いえ。何故拝まれるのでしょう。」


「お気になさらず。この度は非才の身故、色々とご迷惑をおかけしました。

 それで、神聖魔法の修得でしたな。勿論我々教会としても、神の御心に叶う方を導くのは望むところです。御父上の許可を、是非とも宜しくお願いします。」


「あ、はい。こちらこそ。では一旦連絡手段などを。」


 両手で拳を組まれるのは正直どういう心境か理解を超えていましたが、兎にも角にもその後は過激派最先鋒と呼ばれた方とは思えぬ程穏やかに話されました。

 加護の事もお布施抜きに、教会にも仔細を報告しない事を約束して頂けました。


 加護と言っても単なる祝福止まりから特別な力を授かっている場合と、色々な例がある様ですね。私も普段は祝福程度と答える様に助言されました。

 謙遜なら嘘にはならないそうなので。



 ダリエル司祭のご帰宅後、私は嵐が過ぎ去った心境でマルガリータに訊ねます。


「ダリエル司祭、一体どうしたんでしょうね……。」


「お嬢様はお気になさらずともよう御座います。

 あれは単に、お嬢様がお嬢様である事に感銘を受けただけですから。」


「どういう事ぉ?!」

※続きは明日、10/21日投稿です。


 メイド達「「「またお嬢様が訳分かんない理由で味方増やしてる……。」」」

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