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1.前世では人呼んで白髪鬼

※本作はホラー要素があるため、若干グロ表現がいつもより強めですのでご注意下さい。

※本日投稿分、前編です。後編も投稿されているのでご注意を。

 焼けるようなスープが顔にかかり、左目が焼けるような痛みを思い出す。

 世話係の侍女が大袈裟だねと鼻で笑いながら焼け爛れた両腕を蹴り飛ばし、ふと何で未だこの腕は付いているのだろうかと疑問が過ぎる。

 そんな筈はない。私はこの失われた両腕でこの侍女を殺すのだからと、有り得ない未来が脳裏を過ぎる。


 視界が暗転する。目が燃える。煌々と、揺ら揺らと。

 生贄にされた筈の記憶が過ぎる。

 視界が暗転する。


 はて。私は何故アザリア・グロリエル等と言う珍妙な名前なのだろうか?



――炎が映る。畳に燃え広がる赤い輝き。

 重なるように映る。油で煮え滾った炎の祭壇。


 ああそうだ。私、桜花姫は大飢饉を静めるための生贄、人柱なのだ。


 全く以って笑ってしまう。何が生贄か、何が大飢饉か。

 田畑を焼き払い、重税で民を殺し続けたのは一体誰なのか。

 耕す民を玩んで、一体何処に食べ物を生み出す大地が残るのか。


 思い出す。我が両親は国を亡ぼす程のサディストなのだ。

 その毒牙は税の未払いを理由に民を捕らえて責め苦の日々を繰り返し、堪らず皆の直訴を届けた実の娘の両腕を切り落とした。

 これは減税の対価なのだと。


 許しを与えたのは更なる絶望のため。

 十日と待たずに税の未払いを理由に村々を焼き払わせた。許しを与えたのは直訴に来た村々だけと。役立たずの娘に前と同じ価値など無いと笑いながら。


 それでも民が堪えたのは、父が千の首印で一国一城を授かった、三国無双の大武将だったから。けれどそれも、もうおしまい。


 実の娘を生贄に捧げる様に、もはや一片の慈悲も人の心も在りはしない。

 百鬼夜行の類ならば、せめて子や孫のために戦うべし。


 ああ、なんと憐れだろう。なんと残酷だろう。

 天は何故あの様な悪鬼に、民を皆殺しにするほどの力を与えたのか。


 父が憎い。母が憎い。これほどの悲劇を前に嗤う化生が。

 何故に私を庇った者達を奪い続けるのか。

 いっそ私に化生の力があれば。



 皆の無念が晴らせるのだろうか?



 それは一つの国が滅んだ物語。

 悪行に始まり飢饉に押され、全ての恨みと希望が一人に集まった時。


 血族全てを皆殺し。

 国を滅ぼす怪物を生み出した物語。

 血の涙を流しながら、英雄の鬼退治の礎となった前日譚。



――左目と両腕が溶けて、懐かしの感覚が戻る。

 悲鳴を上げて腰を抜かす侍女の声が妙に遠く聞こえる。

 軽くなった上体を起こすと、両腕は肘の手前から紙の様に薄く垂れ下がる。

 持ち上げた両腕は今までとは比べ物にならないほど力強く、何よりも真っ黒でいて頼りない。


 は。と笑ってしまう。懐かしの私の両手。

 閉じた左目に二本指を押し込めば、やはり瞼の下は完全な空洞。けれど私の知るどんな火よりも熱く燃えている。


 それは焼け爛れた大地の熱さ。ひび割れた地面。枯れ果てた田畑の末路。

 呪われろ、口惜しやと人々を謗る声。人ならざる怨敵。私に捧げられた生贄。

 決して許さぬとの叫びが宿った亡骸。封じ込まれた克ての災害。


 聞こえてきたのは化け狐の声だ。飢饉の叫び、呪いの声で出来た、我が友我が分身たる呪いの塊の化け狐。


「こ、この!化け物め!やっぱり変だと思ったのよ!」


 今まではあれほど憎かった侍女が、まるで小鳥が囀るよう。

 くすり、と笑って『左目』で侍女の足を一睨み。


「え? ひ、ひぃぃぃいいいっ!!!!」


 侍女の右足は、まるで骨の様に乾涸びていた。


 ゆらり、と両腕を床に就いたまま立ち上がる。この腕は文字通り影そのもの。

 伸縮自在でとても力強い。女子供の体くらい、木の葉の様に持ち上げられる。


「私の左目は国を滅ぼした飢饉が宿っているの。」


「い、いったい何を言っているんだい!」


「あなたが言った通りよ?私の体には化け物が宿っている。

 そして今。あなたが起こしたの。あなたが目覚めさせたの。

 知らないだなんて言っても無駄よ?あなたの行いは全て、私の化け物達が知っているのだから。」


「ひ、ひぃぃぃいいいい!!!!や、やめ!助けてぇっ!!」


 枝の様に別れた無数の腕が、侍女の手足を、首を、頭を抑え込む。

 私は一歩も動いていない。

 けれど今の私は、彼女を天井に張り付けるのも、とても簡単で容易い事。


 ごめんなさいと繰り返し泣き叫ぶ侍女を抑えながら、私。

――そう、私。白髪鬼、国崩しの桜花姫ではない私の名前。

 アザリア・グロリエルはグロリエル辺境伯の前妻の娘の筈だった。


 幼い頃の記憶は思い出せる。

 自分の過去と振り返って思い出すのはやはり、アザリアの方であり。

 朧気なのは間違いなく、桜花姫の方。

 何より桜花姫と違い、私は何れ死ぬのであって、未だ死んだ事が無いからこそ、死を恐れていたのだと断言出来る。


「……一体私の身に、何が起きているのでしょうね?」


 ここは桜花姫の知る近隣諸国、国々では有り得ない。その程度は未だに屋敷から出た事のないアザリアの記憶だけでもはっきりと断言出来る。

 正直普段着にこの胸元は、すこし破廉恥過ぎませんかね?


 ぶっちゃけ脱いだらエッチ過ぎると言われた桜花姫と同じぐらい育った、豊満な四肢とくびれ、あとごにょごにょの輪郭が、はっきり分かってしまうので。

 一旦自覚するとこれは中々、恥ずかしいものがあります。

 こんなふしだら極まりない服装で質素とか貧相とか言うのですから、この国は間違いなく他国ですともええ間違いなく。


 こんな視点で分かりとうなかったけど仕方ありません。桜花姫の方は別段世間知らずでは無かったので。ええ、寧ろ貴族らしいご縁はとんと無くて。

 当時は行き遅れとして未婚のまま果てたので御座います。


 というか当時の記憶を振り返ってみれば、本当にこの侍女の扱いなんて大した事有りませんね。食事は何だかんだと言って何と三食ありますし。

 精々教育に見せかけた体罰くらいじゃないですかね。後雑な掃除。


 その程度殆ど箱の中で、雨乞いと称して数日閉じ込められた前世の両親に比べてしまえば、アレ?もしかして最低限予備の血族として扱う気はあるんじゃないですかね?今代の両親達は。


(あれれ?そう考えると今直ぐ暴れるのは大分早計な気がしてきましたね。

 何で此処まで即行動に出たか疑問に思うくらいですが、まあ当然アザリアの記憶しか無かったからですね。

 アザリアって何だかんだ言ってもまだまだ少女……いや。桜花時代も大差無い筈なんだよな。一応社交デビューだっけ?そっちは前世済ませてたけど。


(うぅん、これは状況確認の方が先ですね。折角二人分の人生経験が一つに混ざっている様ですし、有効活用していきましょうか。)


 何よりアザリアの抱えていた問題は、桜花の力があれば多分全部どうにかなるのです。となれば彼女は重要な情報源。それもある程度粗末に、強硬な態度を取っても心が痛まない相手。殺してしまうのは流石にね?


 という訳で、そろそろ天井で気を失いかけている侍女、ちょっと名前が出て来ない彼女を足元に降ろして顔をこちらに向けます。

 どうも放心して状況が分かっていない様ですね。頬を軽くぺちぺち。


「さて。あなたには色々償いをして貰うとしましょうか。

 因みに逃げても良いわよ?一日で何処まで逃げられるか知らないけど。」


「え?」


「この国の何処にいようと私の手は届くから。」


 上から覗き込み、表情が隠れるように見下ろすのがポイントで。


「ちゃんと、あなたの家族共々連れ戻してあげる。」


 壁の影に、無数の手を這わせるのも演出です。


(ま、実際に連れ戻す気になるかは分からないけど。)


 兎にも角にも、せめて外の事が分かるまでは自棄になんてさせません。


「ま、待って!家族は、家族は関係無いわ!」


「あら?あなた家族に情があるの?

 私の家族には無いと思ってたんでしょう?」


「あ。」

(え?)


 何か露骨に慌て出した。でもこの表情からするに、慌てるやらかしが多過ぎて、どれに慌てて良いか分からないのかな?

 だとしたら想像以上にうっかりなんだけどこの人。


 でもまあ。今の私は辺境伯というそこそこの身分の長女という以外は、自分の事ながら今一把握出来て無かったりするので。

 先ずは私室に戻って色々と聞かせて貰おうかしら?


 ……ドドド、ドドドドドド。


 ん?何この物音。

 まるで誰かが廊下を全力で走り抜いている様な……。

「お嬢様ご無事ですかぁあん?貴様ぁぁぁああああ!!!!」


「え?」


 勢い良く開かれた食堂の扉へと揃って振り向いたところを突風が薙ぎ。

 突き抜けた人影は抉る様にかち上げるボディブロー。

 跪いて許しを乞うていた筈の侍女は、有無を言わさずつの字に足を浮かせて。

 流れるような肘打ちに回し蹴りで壁に弾き飛ばして背中を叩き付けて。


「貴様貴様キサマキサマキサマ!お嬢様に何をしやがったぁぁあぁんッッッ!!」


「ぼぼろぉぼばばばばばばばばぼぼぉごぼぼぼぼぼぼぼぼぼげごおッっ!」


 手が分裂したかの様な高速の往復ビンタとフック、壁打ちボディの乱打です。

 一分とかからずに彼女の顔は腫れ上がり、勿論口を開くどころか事情を把握出来ているかも怪しいでしょう。


「え?」


 というか私も把握出来てません。何あの白鳥の様な拳の残像。


 殆ど動いてない背中から見た後ろ姿すらブレてはっきり見えないという怪現象。

 いや、侍女服ですね。目が慣れてきましたが、多分あれ見慣れたいつもの。


「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!どうしたどうした反論すら出来ねぇのか貴様お嬢様に一生モノの怪我をさせたんだろうがぁああん?!」


「ごぼぼぼぼぼぉぼばばばばばごぼぼぼぼぼぼ!」


 あ、うん。泣いている事だけは分かった。喋れる訳無いよね口腫れてるし。

 それ以上に呼吸出来てるかも怪しいや。


(あれ?これ私が止めないといけないんですかね?)


「ええと……。マルガリータ?」


 ピタ!


 あ、良かった。合ってた。


「少々お待ち下さいお嬢様。今からこの無礼者を挽肉にして差し上げますので。」


「あ、うん。落ち着いて。そこまでは望んでないから絶対に。」


 何そのグロイの。ていうかこんな人じゃ無かったよねアナタ。


「いいえ。よりにもよって主家、それも正妻の第一子を嫁に行けぬ体にする等文字通り万死に値します。例えお父様の意が何であれもう許されません。

 という訳で、少々お待ちを。」


 いや全く冷静じゃねぇな。ドン引きだよ。

※本日投稿分、前編です。後編も投稿されているのでご注意を。


※本作のグロ表現は今回と同程度か少し強め程度を想定しております。

 筆者がグロ好きでは無いので、その辺が好きな方の需要は満たせないと思われますのでご容赦を。少なくとも18Gにする必要は無いと思う程度ですw

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