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宝石人形師のちょっと不思議な日常譚 ープラシオライト宝石人形とギムナジウム少女ー

十番街 石端通り


ここは世界に打ち捨てられた屑石どもの街

人通りが少なく入り組んだ通りを抜け、どん詰まりに辿り着く


蔦や植物によって隠され、ひっそりと佇む煙突付きの一軒家が見えてくる


さっぱりとした装飾扉を開けるとドアベルのカラリとした音が響く、そこには希少な人形の修復を行う人形師がひっそりと店を構えていた




さて、今日のお客様は…………


「人形師さん、メンテナンスお願いしますわ」


ストロベリーブロンドの髪をティーンらしくツインテールにした少女は応接用のソファに座るや否やターコイズのように青緑の瞳を瞬かせながら、積み木のように金貨を積み上げる。


人形師は際限のなく積み上がっていく金貨に僅かばかり睫毛を揺らすが、上流階級の令息令嬢しか入学を許されないギムナジウムの制服を視界に留めひとり納得する。

人形師は客人の手を止めさせるため、口を開く。


「お代は後払いで結構です」


「これは前金のつもりなのだけど」


少女は困ったように小首を傾げる。


「まずは人形を」


人形師は少女を一瞥し、人形をみせるように促す。


「この子よ」


少女は小さなスクールバッグから人形を取り出す。

サイズの小さなバックから出てくるには。余りに物理法則を無視した少女の背丈ほどあるサイズの大きな人形が出現した。

魔女との共存により上流階級を中心に普及している魔法鞄だが、世俗に疎い人形師は年端のいかぬ少女が魔法鞄を持っていることに少々面食らっているようだ。


人形師の助手ドールによる来客用の給仕が終わるまで、謎の空気が工房を包む。

唯一救われた点は、少女は人形師の人となりを知らず偏屈な職人として許容されていたことである。


マスカットのような爽やかで優雅なあ香りの紅茶に気を取り直し、人形師は人形の頬を白手袋越しに触る。

すると、つるりとした質感と通常の人形では考えられない質量を感じた。


「なるほど」


クラシカルなメイド服を着せられ肌色の染料を付けられた人形を抱え上げ、人形師はゆっくりと割れないようにベットに寝かせる。

人形を包み込むシーツには細かな模様が刺繡されており、人形を彩る装飾用のように思える。しかし、実際は人形の修理補助を行うものであり、錬金刺繍師である父から譲り受けた実用性に優れる逸品である。


「宝石人形専門の変わった人形師さんがいるってパパから聞いたの。それって貴方でしょう」





宝石人形とは、稀代の人形師が生涯をかけて創り上げたドールシリーズである。


全身が宝石で出来ており、表面に特殊な染料を塗ることで人形の形を保っている。

子どもの玩具というよりは美術品として扱われアンティークドールの位置付けで取引されている。



「他の人形師や鍛冶職人にも直し方がわからない、無理だって言われたの。ねえ、お願いこの子を直して」


宝石以外の特色として、自立駆動が挙げられる。

昨今珍しくもなくなった自立駆動が可能な人型ロボットと似てはいるが、決定的に違う点として自立稼働のための内部プログラムが存在しない。

ただ核とされる宝石を引き抜くと稼働を止める、人形の存在自体がオーパーツとされている。


しかし、この人形の核は引き抜かれていないにもかかわらず、一切の行動をみせていない。


「動いてはいないが確かに宝石人形だ」


人形師は宝石人形における核であり自立駆動の源とされる宝石を収めている。

その場所には通常では見ることができない隠された紋様が刻まれており、専用のライトを当て凹凸を確かめながら探り当てる。


「この人形の名前は」


「マリアよ」


「手を」


人形師は右腿の部分に手の甲を翳すよう導き唱える。



『マリアよマリア。かわいいマリア。主の御手の中しばしお眠り』


人形師がそう唱えると、全身の塗装がみるみる剥がれ落ち剝き出しの宝石人形が現れた。

少女は驚いて思わず手を引っ込めようとするが、人形師の「決して手を離すな」と言われ踏みとどまる。


次第に眩く光るプリンセスカットの宝石が浮かび上がり、少女の手のひらにふわりと落ちた。

人形師は少女から核となる宝石を受け取り状態を軽く確認したあと、素早く丁寧に保管用クッションに納め、紫外線を避けるケースに入れられ暗所に安置する。


「びっくりした。本当に全身緑色の宝石なのね」


「核を解除したことがないので?」


「メンテナンスは、いつもパパがやるって」


「人形の管理は主人の責任だ。ドールマスターなら覚えておけ」


「…………ごめんなさい」



人形師が厳しい口調で注意したためにシュンとしてしまった年若い少女に少しばかりバツが悪くなり、宝石人形の宝石について確認を取る。


「この子は緑色だけどアメジストの宝石人形なの。グリーンアメジスト」


「……プラシオライトですか。希少な石だ」


「この子はわたくしが生まれたときにパパとママが買ってくれたんだって。わたくしと同じ淡い緑の瞳をもつ美しいドールでずっと一緒なの。時々口ずさむように歌う讃美歌は天使の福音のように清らかでね……大好きな自慢のドールなの」


人形師は少女の話を静かに聞く。

今は何もかも剝き出しの状態だが、宝石を護る役割でもある肌色の染料だけでなく頭部用の無色の染料も隙間なく塗られており、ピンと糊の効いたお仕着せを着せられていたことから手入れの行き届いた美しいドールであることがわかる。


「でも次第に美しい瞳を見せなくなってしまって」


少女は瞳を確認しようと、まぶたに手を置き持ち上げようとするが、ピクりとも動かない。


「だから、人形師さんに原因を調べて直してほしいの」


「心当たりは」


「ない、ないわ。いつもどこに行くにも一緒だったもの、何かあればわかるわ」


「いつも連れ歩いていたので?学園でも?外でも?」


「う、うん。そうよ、宝石人形は珍しいから特注のオートマタってことにして隠してはいたけれど」


「……なるほど大体わかりました」


「ほんとうに!?」


「修理にお時間を頂きますので、そうですね……次の十二夜月にお越しください」



人形師は助手に少女の見送りを任せている間、預かったプラシオライトの元へ

少女の力では叶わなかった人形の瞼を開きわずかに口角をあげた。



さて、メンテナンスを始めよう


人形師は先程の様子とはがらりと変わりワクワクと瞳を輝かせながらメンテナンスの準備を開始しようとする。しかし、少女の見送りが終わった人形師の助手であるダイヤモンドの宝石人形が物言いたげな視線とともに調合棚までの道をふさいでいた。


「……生憎と会話は得意じゃない」


「あの少女とこの人形のように、私の人生は君と共にあったのだから口がうまく回らないのは知っているだろう」


なおも動く様子のないダイヤモンドの宝石人形に人形師は折れるように言葉を重ねる。


「……わかった。次の十二夜は善処する」


ダイヤモンドの宝石人形は七色の煌めきを瞳に称えて、静かに肯定するように一小節歌った。



――


さて、メンテナンスを始めよう。


まずは暖炉へ白百合の球根を刻み乾燥させ新月の夜にすり鉢で粉末状にしたものを薪と一緒にくべて火を灯す。

室温をあげることで宝石の修復を行いやすくなり、神性の高い素材を炊き上げ空間に満たすことで神の御業とされる宝石人形に手を加えることをお許しいただく、簡略化した儀式のようなものだ。

近くの丘で放牧している子羊の鳴き声が聞こえれば間違いないのだが、ここの分量はおよそで構わない。


メンテナンス素材の取引先の魔女によると、百合の球根は不死の象徴だとかで宝石人形のメンテナンス性が高く。魔女が嫌う神性を持つものの中では比較的扱い安いらしい。

特に今回のこのプラシオライトの宝石人形は、女の名かつマリアという何ともおあつらえ向きな名前を少女に名付けらているから白百合との相性は抜群だろう。


本質として宝石人形は無機物だが、人形の造形から女として扱われることが多いため実際にメンテナンスをしていて、宝石人形ごとあつらえた他の素材と遜色ないほど宝石人形と白百合との相性は良い。専門性がない場合で素材や媒体に困ったらとりあえず白百合を選べば間違いがないというのが現状の見解だ。

今後も世話になるだろうし、そろそろ追加の発注をしなければ。


ただひとつ困ったことに、白百合の焦げた香りに寄り付くのか、花の妖精が窓の外で怒ったように飛ぶのだけは勘弁願いたい。

ただでさえ神の一端に触れる精密な作業なのに余計な気が散るのは避けたい。

まあ対処は簡単で、明星に採取し濃縮した花の蜜を小さな平皿に数滴垂らし窓辺へ置いてやれば小皿周辺で光の山ができたあと静かになる。要は蜜で酔わせて黙らせる賄賂なのだが……今回は放っておいてもよいだろう。





十分に室温が上がり神気も整ったことを卓上の測量計で確認する。

神魔性の比率がいつもより神性に触れすぎているがこの程度なら経験上問題ないだろうと思い、遮光性の高いカーテンをぴっちりと閉める。

花の妖精を放っておいてよいとしたのはこれが理由だ。花の妖精は総じて闇を避けるため、窓越しでうるさく飛び回っていた妖精たちは雲の子を散らしたように飛び去った。


いくら白百合が便利とはいえ毎回こうだと面倒くさい。

今回は陽光を避けるメンテナンスのため不要だった花の蜜は、メンテナンス素材の一部でもあるのだが花の妖精にやっている蜜の量の方が多いのではないか?

思わずため息をつきながら、ほかに合わせやすい代替素材がないか次の発注で聞いておこうと心にメモをして窓や扉から妖精が入り込んでいないことを確認する。妖精自身が淡く光り鱗粉を落とすため素材集めの際も見つけやすく御しやすい類だが、どうにもいたずら癖があり困る。

特にメンテナンス中や預かった宝石人形にいたずらされては取り返しのつかない事態になりかねない。


助手であるダイヤモンドの宝石人形と妖精がいないことを隅々まで確認した後、室内の光源を月光に変更する。月光は淡い光だがこういう時にダイヤモンドの反射光が役に立つのだ。主に役立つのは鼻ではなく頭部であり、月夜によって引き起こされた七色のファイアを採取できれば宝石人形の万能中和剤となるかもしれないと踏んでいるのだが、未だその機会は訪れていない。


ダイヤモンドの七色のファイアを素材化する野望を胸に、月光と反射光を頼りに暗い地下室の保管庫へ直通する梯子を伝って降りる。

地下室は先ほど以上に薄暗いが、それ以上に暗さを放つ目当ての瓶はすぐに見つかった。

その瓶は漆黒で通常では茶色のコルクまでも黒く染まっている。また、瓶の内部から染み出したかのようにコルクの根元部分ほど漆黒に近づいている。


これは月の影を閉じ込めたもので、満月に採取した影は最上品質とされる。

専用の瓶があれば素人にも採取できるので、昔からひっそりと共存を図ってきた山村部に暮らす魔女たちは村人に小金を持たせて採取の依頼をするらしい。満月と新月それと三日月は魔女の繫盛期だからか、そこまで貴重ではない素材採取までなかなか手が回らないため小遣い稼ぎと素材回収の良い関係を築けているとか。

私も幼いころは裏山の魔女から小金の代わりに宝石人形の素材を交換で貰ったものだ。


しかし、ここまでコルクが黒くなりすぎているとは……瓶の先まで染まってしまえば月影は霧散してしまい保存限界となる。

今回の使用分が余れば処分してまた新たに採取しなくてはならないだろう。


一瞬魔女たちのように街の人間に依頼でも出そうかと思うが、私は魔女たちとは違い融通の利かない技術職である。

いつ食い扶持がなくなるかわかったものではない宝石人形専門の人形師未満という自覚を胸に、月影の採取を心のメモ帳に書き込んでおこう。宝石を主に扱う商売で、修理とはいえ使う素材は高いのだ……


といった具合になるべくなら自分で確保できるものは確保しようとした結果が植物塗れの庭の惨状である。反省はしているが採取以外の管理は面倒、その暇があれば宝石人形の研究を進めたい。

助手であるダイヤモンドの宝石人形もガーデニングに興味はないしそもそも宝石人形の水濡れは基本的に避けるべきだ。

かといって……としばらく放置していたら、置物のガーデンノームがいつのまにか自我を持ち、勝手に庭造りを始めてしまった。

勝手に植え変わっていることもあるが、聞けばジェスチャーで植え替えた場所を応えるし管理指示を出せば最低限は守るので正直助かる。

住み着いた妖精たちとの喧嘩しながらも役に立ってくれてありがとう。これが共存ということか、採取と妖精たちの鱗粉も種類別に採取してくれてたら助かりますがガーデンノームの性質上無理だそうです。

締め出されて気が立った妖精に悪戯にちょっかいをかけられているであろうガーデンノームに祈りを



閑話休題



地下室を出て調合棚からユーカリの茎から搾った露と夜摘みオリーブの葉、月影を吊るし釜に入れ、暖炉の火にかける。

適宜分量と測量系で神魔性をみながら、月影のドロドロがサラサラになるまで混ぜ合わせる。

よく混ざったらオリーブの葉を取り除き、釜を火から降ろし釜が温かいうちに緑色の宝石用中和剤を入れさらに混ぜる。

人肌程度に冷めたあとアメジストセージの花の蜜を入れ、プラシオライトの色になればおそらく完成だが……


液体は紫色。うーん失敗か



何がダメだったのだろうか。

手順は過去と同じで問題ないはずだし、月影もユーカリの蜜も問題ない。


……アメジストセージの花の蜜か?

アメジストの客が同じような症状で依頼したときに、試しに入れて調和がとれたから使ったのだが……



そうか確か、アメジストセージは紫の花をつける。

だから紫の要素が強く出すぎてプラシオライトに適していないのかもしれない。


それならばアメジストセージの葉を摩り下ろしたものを入れてみるのはどうだろうか?



調合棚から取り出して入れるとみるみるうちにプラシオライトの緑色に変わった。予想通りの出来栄えに胸が躍る。

これなら、臨床実験に挑めそうだ。


マホガニー材でできた巨大な宝石箱から臨床用のとても小さな宝石を取り出す。

プラシオライトとアメジストの屑石を、透明な容器に分けておいた液体に浸し様子を見る。


しばらくすると、変化が現れた。

アメジストには変わった様子がないが、プラシオライトはみるみるうちに色が濃くなっていく


臨床実験は成功だ。

念のため最初から手順を繰り返し、アメジストセージの蜜を除外するとプラシオライトは割れてしまったため蜜と葉の両方ともに必要であることが分かった。

三度目の調合を終え、問題がないことを確認し初めてプラシオライトの人形に触れる。


プラシオライトの宝石人形を囲っていたレースの天蓋を取り除き、白手袋をはめて人形の瞼を開ける。

そこには無色透明のガラス玉となってしまった一対の眼球が収まっていた。




これは褪色といって、宝石の日焼けによって色が抜けることで引き起こされるメンテナンス不良だ。

肌色の染料は塗り忘れがないが、頭部や眼球などの褪色を防ぐ目的のみの無色の染料を塗り忘れるドールマスターは多い。


宝石人形の元となる宝石によっては不要なメンテナンス項目であるため、宝石人形を複数体所有するドールマスターですらメンテナンス不良を引き起こしてしまうこともある。

アメジスト、プラシオライトの場合は比較的緩やかに褪色が進行するためそもそも瞳にも無色の染料が必要であることを知らなかったのだろう。


瞼部分の薄い宝石を割らないように球体を取り出し、液体に浸す。

すると、無色透明から透き通った本来のプラシオライトがもつ明るい緑色に変わった。


表面の液のみを過不足なく吸い取る錬金刺繍が施されたシルク布で表面を傷つけないように拭き取り眼球へと戻す。



一度褪色してしまった宝石は二度と本来の色を取り戻すことができないとされていたが、あまりに宝石人形の褪色絡みのメンテナンス不良が多く、なんとか修理できないかと裏山の魔女に助言を貰いながら研究を重ね色を蘇らせる方法を発見した。

おかげで魔女が作る魔法薬のような解決方法となってしまったが、そのあたりはどうでもいい。


私は完全な宝石人形師になるのだから


――


十二夜月


約束の日、少女と共に紳士が人形師の元に訪れた。

人形師が問うと、少女の父親だと答えた。


「眼球部分による褪色、色あせを修復しました。宝石人形の内部構造は不明な点が多いため稼働しない原因が他にもあるかもしれません。まずはお嬢様立ち合いのもと起動し確認いたしましょう。よろしいですか」


「構わない。オリヴィエ」


「はいお父様。人形師さんお願いしますわ」


人形師はプラシオライトの宝石人形の核であるプリンセスカットの宝石を宝石人形の右腿の上に置き、覆いかぶせるように手を置くよう少女に指示し唱える。


『マリアよマリア。かしこきマリア。主の御手を取る目覚めの刻だ』


すると、右腿の紋章を中心に全身が眩く輝き始める。

核の起動が問題なく成功し、人形師はひとまず安心する。


しかしながら、宝石人形の瞼が一瞬僅かに揺れはしたが、頑なに開こうとはしない。

メンテナンスは未完成であると少女はガッカリとうなだれるが、宝石人形を知り尽くした人形師は自信をもって少女を励ます。


「瞼が動いたので狸寝入りのはずですよ。よく話しかけてください」


「マリア、起きてよ……わたしマリアがいないと……」




「宝石人形が狸寝入りするのか」


「ええ、まあ。うちの助手ドールも都合が悪いとしますので」


ベットに寝かされた宝石人形へ懸命に話しかける少女の後ろで暢気に会話している少女の父親と人形師。


「最初に持ち込まれたときから、こちらで核を抜き取るまでずっと」


「やはり色抜けを誤魔化すためか」


「お嬢様は瞳の色を気に入ってらしたから、失望されたくなかったのでしょう。愛情を沢山注がれたドールが主人を想ってたまに起こすのですよ。あぁそうだ、眼球部分への褪色対策は何かされていますか」


「していない。年々少しずつ色が薄くなっていたのはわかってはいたのだが、どうすればよいかわからず……娘の乳母代わりだったものだから迂闊にできずそのまま放置しこの有様だ」


「頭部は美しい緑色を保っていましたが、もしかして宝石人形用の無色透明染料を使っていらっしゃいますか?」


「あぁ首都の人形屋で勧められたものを使っているが」


「それを眼球部分にも塗っていただければ問題ありません。恐らくですが、人形屋が殆ど褪色しないペリドットと勘違いして伝え忘れたのでしょう。なにしろプラシオライトはただの宝石ですら珍しいものですから、来夜月のメンテナンスから塗っていただければ修復した色を保てます」


「感謝する。それでは報酬の話だが……その前に我が家の専属人形師に興味はないかい」


「せっかくのお心遣いですが申し訳ございません。私は真の宝石人形師になりたいのです」


「君は宝石人形を新たに創るつもりか」


「はい。宝石人形は神性と魔性の狭間で生み出された神の御業なのです。恐れ多くも神髄に触れようとする私などのような愚か者を御家に迎え入れて神罰が下ってはなりません」


「成程ますます面白い。報酬は一律だと聞いていたが宝石もつけよう。宝石人形が完成した暁には最大限の敬意を払おう」


「十分なご厚志をありがとうございます」


なんとも穏やかなやり取りのさなか、宝石人形を口説き落とし瞼を開けさせた少女の一声が空気を切り裂く。


「……色がちがう」


「色がちがうの。この子の瞳はもっと薄くて儚い色だったの。なんで、いまは鮮やかみどりなの!」


「あ、えっと」


人形師の服を掴み悲しみ縋る少女へ父親が話し始める。


「オリヴィエ、この写真をよおくごらん」


少女の父親は、袂から手帳を取り出し最初のページを開き少女にみせる。

ページの反対側、カバーのフィルムには一枚の写真が挟まっていた。


「これは、わたくしの小さいころの写真?ママもいるわ」


「ママの瞳と、マリアの瞳。それからオリヴィエの瞳を見比べてごらん」


「ママのライムグリーン……マリア同じ。いまのマリアとも」


「オリヴィエ。ママと一緒の色のマリアは嫌かい?」


表現のみで感情表現を行う宝石人形の変わらることのない表情で僅かに下を向いていたプラシオライトの宝石人形を、少女は抱き着いてその瞳を見つめる。


「ううん、マリアだもの。いやなわけないじゃないの」


プラシオライトの宝石人形はおっかなびっくりと少女の腰に手をまわし、そして少女と宝石人形は抱き合った。

しばらくすると、少女は恥ずかしそうに顔だけをこちらに向けながら人形師に話しかける。


「…………人形師さんもごめんなさい」


「宝石人形はドールマスターのものですから。もし元の色に戻したい、色を薄めたい場合は日光に晒せば褪色が進み色が褪せて戻ります。ちょうどよい色合いになったらこちらの無色透明の染料を定期的に瞳へ塗ってください。以前お話ししましたが、人形の管理は主人の責任です。色を戻すも戻さないもプラシオライトの宝石人形の主人であるオリヴィエ様自身です」


そういって、人形師は無色透明な染料が入った丸く平べったい缶を少女の手のひらに置く。

父親の所有する宝石人形のメンテナンスで見たその缶を、少女は黙って受け取り見つめる。


「わかってる、あれからパパ……お父様にメンテナンスのやり方を教わったの」


「ありがとうございます。宝石人形師として感謝いたします」


「……色についてはもう少し考えるわ。また何かあったら相談させてね」


「勿論です。いつでもこちらへご相談にいらっしゃってください」


少女は宝石人形をマジックボックスに収納し、父親と連れ立って人形屋を後にした。


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