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ブラックスワン  作者: 木山碧人
第一章 復讐のリーチェ

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第7話 任務外の戯れ

挿絵(By みてみん)




 ナイトクラブ『ディーノ』地下四階。


 その最奥にあるVIPルームは激しく揺れていた。


「うひゃああああああ! じ、地震!?」


 悲鳴を上げるのは、ベッドの枕に顔を埋める娼婦。


 ぶるぶると尻を震わせ、小動物のように怯え切っている。


「くっ、何をやっとるんだ、あいつらは」


 一方、ソファに腰かけるカモラはルガーP08を強く握り、呟く。


 想定外の事態だった。使える見張りを用意したはずだが、この始末。


 勝ったと信じてやりたいが、この地響きは悪い方に転がったとしか思えん。


「……な、何が起きてるんです、ご主人様」


 震えながら後ろを振り向き、娼婦は尋ねてくる。


 こうなったら、腹をくくった方がいいかもしれんな。


「襲撃だ。絶対に外には出るな」


 最悪、ここで命を落とすだろうが、こいつは別。


 ただの娼婦ではないが、抗争に巻き込まれた被害者だ。


 相手が何者かは知らんが、さすがに命までは取られんだろう。


「……なーんだ、襲撃か。外の様子見てきますね!」


 と考えていると、娼婦は止める暇もなく外に向かう。


 思いもよらぬ行動にあっけにとられていると、姿はない。


 扉がバタンと閉じた音だけ聞こえ、あの馬鹿は外に出ていた。


「ちっ! あの馬鹿娘が! どういう耳をしたら、そう聞こえる!」


 カタギを巻き込むのは、マフィアの恥だ。


 ルガーP08を握りながら、勢いよく走り出す。


 一歩、二歩、三歩と床を踏み、扉へと向かった。


「……っ」


 しかし、足が止まる。ぴたりと動かなくなってしまう。


 嫌な気配を感じた。動けば殺されるような、鋭い殺気だ。


(後ろに、誰かいる……)


 何の根拠もないが、長年の勘がそう告げている。


 動きたいのは山々だが、一歩も動くことはできなかった。


「これに懲りたら、二度とシマに近付かないことね」


 すると、背後から聞こえてきたのは、娼婦とは別の女の声。


 その言葉を聞き届けたが、最後。急に視界は暗転し、意識は遠のいた。


 ◇◇◇


 床に倒れ込むのは、標的の姿。


 その背後に立つのは、漆黒の鎧だった。

 

『終わったな。とっとと、ずらかろうぜ』


「……いいえ。まだやるべきことが残ってる」


 頭にはフェンリルの声が響き、リーチェは前の扉に視線を向ける。


 すると、扉は開かれ、入れ違いになった人物。金髪の幼い娼婦が現れた。


「た、大変ですよ、ご主人様! ……って、ひぃぃ!? なにこの鎧!?」


 娼婦は入ってきた瞬間、驚きの声を上げる。


 わざとらしい反応。三文芝居にもほどがある。


『はっはぁ、不在の取引相手に、警備を潜り抜けた娼婦。嫌疑十分ってワケだ』


 どうやら、フェンリルも気付いたみたい。


 返事をする代わりに、娼婦に近付くことにした。


「ひゃあああ動いたっ!? 呪い? お化け? とにかく、こないでぇぇえっ!」


 娼婦は分かりやすい尻餅をつき、後ずさっていた。

 

 それでも構わず近くまで寄り、右手を掴み、見つめる。


 その爪先には黒い汚れがあり、予想は確信に変わっていく。


「あなたが白教の武器商人ね」


 すぐに結論を告げると、娼婦は目を細めている。


 詳細を語るまでもなく、その理由を悟ったみたい。


 素直に白状するか、抵抗しようと画策しているのか。


 どちらにせよ、こっちが有利な状況なのは変わりない。


(これで相手が、馬鹿か利口か分かる。利口には見えないけど)


 高みの見物といった気分で、相手の反応を静かに待った。


「……はぁ、言い逃れできそうもないか。そーだよ、白教の武器商人はわたし」


 そんな予想に反し、娼婦は諦めたように事実を認めていく。


 それも、爪を覗き込みながら「原因はガンパウダーかぁ」と語る。


(原因を理解して、事実を認める。思ったより馬鹿ではなさそうね)


 すぐに手を放してあげ、状況を冷静に受け止める。


 これなら面倒なやり取りは省略して、本題を切り出せそう。


「だったら、白銀の鎧について、知ってることを教えて」


「あーそれなら、千年祭に、白銀降臨の儀式するっぽいよ」


 さらっと明かされたのは重要そうな情報。


 儀式。路線は違うけど、掘り下げて損はなさそうね。


「……詳細は?」


「大司教に聞いてみて。今、ブルックリンにいるはずだから」


 ただ、そう簡単に踏み込んだ内容は知れないみたい。


 嘘はついてないだろうし、武器商人ならここが限界かもね。


「……そう。質問は以上よ。最後に何か言い残したいことはある?」


 早速、リーチェは白銃ビアンカの引き金に手をかけて、尋ねる。


「え、もしかして、わたし、ここで死ぬの」


 娼婦はきょとんした顔で、銃口を見つめている。


 胸がチクリと痛むのを感じる。それでもやらないといけない。


「……素顔を見られた以上、生かしてはおけない」


 それは組織に入る上で、定められたルール。


 遵守しなければ、こちらの命がかえって危うくなる。


 嫌でもやらないといけなかった。こんな利口な子だとしても。


「そっか。じゃあ、わたしの代わりに兄の面倒を見てほしい」


 渡されたのは、一枚の名刺。そこに詳細が書いてあった。


 もう聞き届けることはない。後は、組織のルールを守るだけ。


「そう。――あなたの願い、確かに聞き届けたわ」


 リーチェは一言添え、白銃ビアンカの引き金を愛でるように引いた。

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