第42話 世界を統べる能力①
12月22日。死刑囚襲撃事件の翌日夜。
リーチェは、黒い教会に呼び出されていた。
信徒の姿はなく、教壇の前には見知った男が立つ。
「ジェノ・アンダーソンは死んだ。廃墟ビルで起きた爆発事故に巻き込まれてな」
神父の口から告げられたのは、突然の訃報だった。
教壇には、事件を調査したと思われる報告書が並んでいる。
今朝のニュースでやっていたものより、詳細なデータが揃っている。
「……ふざけないで。こんな紙切れを信じるわけないでしょ」
しかし、リーチェは、報告書を手で強く払いのけた。
レストラン近辺のビルで爆発事故があったのは、確か。
実際に、ジェノが巻き込まれた可能性も十分考えられる。
でも、目る価値はない。報告書はいくらでも偽装ができる。
ソースのない不確かな情報に踊らされるほど間抜けじゃない。
「そう言うと思って、物的証拠を用意してある」
すると、神父が次に取り出したのは、真紅の右手と拳銃。
ジェノに渡した〝悪魔の右手〟とグロッグ17カスタムだった。
両方とも一点ものの武器。贋作にしては、あまりにも精巧すぎる。
「……だから、なに? あの子が死んだ証拠にはならないでしょ」
それでも、鵜呑みにはしたくなかった。
あの赤い発煙は間違いなく、ジェノのものだった。
生きているに決まってる。少なくとも、あの時点では生きていた。
「思想は自由だ。だが、仕事に影響を出すな。標的の顔は焼くなと言っただろ」
神父は、早急に話を終わらせ、別の話題を切り出した。
不意打ちだった。心臓がきゅっと締め付けられようだった。
「分かってる。次は、気をつけるから……」
耳が痛い。聞きたくなかった。
死を偽装するために起きた、不備。
命令に背く、あまりにもずさんな仕事。
プロ失格だった。それを、指摘されている。
「次か……。あるといいな、そんな恵まれた機会が」
もう一度失敗すれば、お前に次の機会はない。
裏の意味を理解しながら、リーチェは教会をあとにした。
◇◇◇
背中が遠い。小さな体なのに、歩みが早くて、追いつけない。
手を必死に伸ばしても、足を必死で動かしても、差は広がる一方。
もがいても、あがいても、抜け出せない、底なし沼に体は沈んでいく。
「…………リーチェさんっ!」
手を伸ばし、自分の声が頭に響いて、目が覚める。
そこは、黒一面の部屋。風変わりな黒い天井が広がる。
(点滴……。三日も眠ってたのか……)
辺りを見ると、腕に点滴針が刺さっているのが見える。
壁掛けの時計には、12月24日20時57分と表示されていた。
どうやら、誰かに運ばれ、治療を受けていたみたいだった。
「目が覚めたか」
すると、目の前には、タンクトップを着た褐色肌の男性が現れた。
部屋の隅にいたんだろう。その手には、黒いアタッシュケースを持っていた。
「あなたは、あの時の……。何が狙い、なんですか……」
今でも鮮明に蘇る、圧倒的な力とたくましい後ろ姿。
まごうことなき、『強い人』。今の状態じゃ、敵わない。
だけど、理由次第では、戦わないといけない可能性もあった。
「安心しろ。危害を加えるつもりはない。……横の女と達者にな」
ただ、強い人は顎をしゃくり、立ち去ろうとしている。
その先にあるのは、もう一つの黒いベッドと、そこで眠る人。
(……? あ、そういうことか)
よく目を凝らしてみると、そこにはラウラの姿があった。
胸がかすかに上下しているところを見ると、無事みたいだ。
このまま何事もなく終わるなら、それでもいいかもしれない。
「――待ってください」
ただ、彼をこのまま行かせたくない。
リーチェの命を狙っているのは、死刑囚だ。
彼もその一人だし、見過ごせば殺し合いが始まる。
少なくとも、この後どうするかだけ聞いておきたかった。
「一度だけ聞いてやる。なんの縁があって、俺を引き止めた」
不愛想ながらも、強い人は足を止める。
しかも、答えられるのは、たったの一度だけ。
気を引くような言葉をなんとか用意しないといけない。
(……困ったな。なんて言えばいいんだろう)
相手の聞き方的に『縁』が重要らしい。
敵だから。これは論外だ。繋がりは、薄い。
助けてくれたから。これも違う。ただの恩人だ。
偶然出会ったから。これも駄目。ただの知り合いだ。
(この人と、僕との縁……。そうか、これなら……)
考えを巡らせると、ふと頭の中で閃いたものがあった。
これしかないと思える縁。ちゃんとした繋がりがあるもの。
「決まってます。僕とあなたは、リーチェさんの弟子繋がりじゃないですか!」
ジェノは、威勢よく言い放ち、相手の顔色をうかがう。
表情は無。不愛想で強面で、何を考えているか分からない。
だけど、不思議と親近感を覚える人だ。弟子繋がりだからかな。
「…………だったら、お前にも背負ってもらうぞ。同じ弟子としてな」
すると、強い人は真顔で、快い反応を見せた。
どうやら、相手の気を引ける回答だったみたいだ。
問題はここからだけど、まずは一歩前進って感じかな。




