第22話 買い物①
12月20日。昼下がりの黒い教会。
礼拝に来る教徒は相変わらずいなかった。
そこに訪れたのは、黒いロングコートを着た少女。
「用件はなんだ?」
神父は黒い本を閉じ、教壇越しにリーチェを出迎える。
「黒貨を多めに引き出してくれる?」
ここで不要な会話はしたくない。
リーチェは早速、本題を切り出した。
「――足りなければ、言ってくれ」
神父は黒い本を隅に置き、教壇に手をかざす。
すると、パネルが現れ、数字を入力していった。
ピロンと音が鳴り、中から現れたのは黒色の硬貨。
「これで、十分よ」
リーチェは黒いアタッシュケースを取り出すと、黒貨を収納していく。
「他に用はないか?」
黙々と作業を続けていると、神父は尋ねてくる。
ジェノを成り行きで拾ってから、一週間ほどが経つ。
そろそろ、組織に話を通しても、いい時期かもしれない。
「今度、適性試験を受けさせたい子がいるんだけど、いい?」
リーチェはジェノを拾った経緯を軽く話し、教会をあとにした。
◇◇◇
アメリカ。マンハッタン某所。
リーチェはアパート群の路地を歩いてる。
右手には紙袋。左手には黒のアタッシュケースがある。
(面倒を見るとは言ったけど、また弟子を取ることになるなんてね……)
この一週間、白銀探しは正直、難航していた。
聖遺物絡みの事件がこないし、儀式の件もさっぱり。
だから、ひとまずはジェノの育成に専念していた形だった。
(三週間後には組織の試験。それで合否に関係なく、サヨナラだけど……)
ジェノの目的は自分を守るための力。復讐じゃない。
だから、組織の庇護下に置くのが現状一番だと考えた。
そのための適性試験。合格すれば、組織がバックにつく。
すぐに受けさせないのは、今の実力だと合格できないから。
ずっと一緒にはいられない。あくまで復讐が第一優先だった。
「……」
そんな思考を重ねていると、倒壊したアパートにたどり着く。
そこで考えを切り上げ、奥にあるエレベーターに乗り込んでいった。
◇◇◇
「ただいま」
声が反響する。そこは、黒一面の四角い空間。
倒壊したアパートの地下深くに位置するアジトだった。
以前とは違い、整理整頓され、衣服は鎖の上に干されている。
ずさんな生活面を世話するために、弟子がやってくれたことだった。
「あ、リーチェさんおかえりなさい」
上下黒のトレーニングスーツを着たジェノは、額に汗を浮かべながら出迎える。
「どう終わった?」
紙袋をテーブルの上に置き、リーチェは尋ねる。
袋の中身は、プロテインとトマトジュースだった。
トレーニング終わりに、いつも大量摂取させている。
「はい。朝の分の筋トレは、きっちり終わりました!」
リーチェがまず、ジェノに課していたのは、基礎トレーニングだった。
実戦は、すごく疲れる。戦いの最中、息を切らすのは、死に等しい行為だ。
だから、戦い方を教えるのではなく、まず、体力をつけさせることを重視した。
「そう。じゃあ休憩も兼ねて、出かける準備をしてくれる?」
なんでもない会話をしつつ、ジェノは身支度を整える。
そこで、束の間の沈黙が流れると、テレビの音が耳に入る。
『次のニュースです。任期満了が迫るレオナルド大統領ですが、今朝、カリフォルニア州アルカトラズ島に訪れ、誤審により、不当な死刑判決を受けたとされる死刑囚四名を、恩赦により釈放しました。それを受けて世論は反発しており――』
流れてきたのは、敵の動向を伝えるニュース。
今まで動きはなかったけど、ようやく動き出したみたい。
「リーチェさんこれって……」
黒いロングコートに袖を通したジェノは、顔を青ざめている。
下手な慰めの台詞か、励ますような言葉をかけてあげようか、考えた。
「安心して、ディナーの予約をしてある」
だけど、彼の不安を和らげるには、これ以上の言葉は思い当たらなかった。




